Another ⑭
「……おまえ、幸せ薄いよ……俺みたいな奴に告られたぐらいでそんな」
ローブの袖でゴシゴシ擦った真っ赤な目ではにかむ少女に、少年は言った。
胸の内に溢れている愛おしい想いとは裏腹に、なんと “ざっかけない” 言葉だろうか。
根暗でもあると同時に、相反する蛮カラな気質も併せ持っている少年は、自分の語彙力のなさに呆れるしかなかった。
だが少女は、そんな少年が大好きだった。
そんな少年だから、大好きだった。
少年は複雑で変わり者だった。
少女は単純で変わり者だった。
割れた鍋には綴じた蓋が、綴じた蓋には割れた鍋が似合うのだ。
もっとも、少年――道行にしてみれば、
(……俺は確かに割れ鍋の類いだが、瑞穂はその気になれば彼氏のなり手なんて引く手数多だろうなぁ)
という思いだった。
綴じ蓋なんて表現はとんでもない。
台所の隅で埃を被っていた割れ鍋を拾い上げてくれた、“聖女” に対して。
だから少年は、ギコチなくも精一杯の誠意と勇気を持って、少女を初めてのデートに誘った。
もちろん、少女はOKする。
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“迷宮街” は狭い街だ。
地下迷宮の一
当然、渋谷や原宿(道行の貧弱・貧困なイメージでは、デートと言えばそんな場所だと思っている)にあるような、小洒落た店などない。
この街での恋人たちのデートといえば、食べ物や飲み物(もちろん
なので、先ほどのドタバタ劇のせいで朝食を摂っていない道行のために、取りあえず朝飯を買いに行くことにした。
瑞穂が可愛らしく “野良犬さんのお店” と呼ぶ、食料品店 “自由な野良犬の店” で、道行はいつもの、固くて巨大な黒パンに干し肉とチーズを “これでもか” と挟んだサンドイッチを買った。
四人が初めてこの街に辿り着いた際に買って食べた物だ。
本人は『物臭なだけだ』と思っているが、道行にはかなり偏食のきらいがあり、口に馴染んだ物以外はよほど飢えているときでないと口にしない。
「おまえはいいのか?」
訊ねた道行に、瑞穂はすでに酒場で済ませてきたと答えた。
正直に言えば軽めの物なら食べられないこともないのだが、彼氏の前で大食らいなところは見せたくないのが乙女心というものだ。
なにより、“今は幸せいっぱい夢いっぱいで、お腹がいっぱい” なのだ。
道行と瑞穂は店の前に置かれているベンチに座った。
メインストリートを往来する住人たちを見ながら、道行は遅めの朝食に取りかかった。
瑞穂は食べ慣れた物しか口にしない道行の偏食ぶりを、『石橋を叩いて渡る堅実な性格』だと頼もしげに褒めた。
道行もさすがにこそばゆくなって、それは “クレーターもえくぼってもんだ” と答えた。
それに対する瑞穂の返答がまたイカしていて、なんでも『道行はすでに自分の彼氏なのだから、自分には全面的に支持してよい権利があるのだ』と胸を張った。
それから瑞穂は、自分が “重い女” だと思われるのが嫌だったのか、『そんなに束縛はしない。そんなにヤキモチ焼きではない。自分の嫉妬の限界値がどこら辺にあるかはわからないが、多分そんなには低くないはずだ』、と道行を安心させた。
道行が巨大なサンドイッチを食べ終わると、ふたりは “野良犬さんのお店”を離れた。
とはいっても、前述のとおりティーンエイジャーのカップルが遊べる場所などここにはない。
瑞穂は道行に『次はどこに連れて行ってくれるのか?』と訊ね、
道行は瑞穂に『どこに行きたい?』と訊ね返した。
結局ふたりは、消耗した
迷宮街の “ファストフード店” に “小洒落た小物屋” というわけだ。
そこで道行と瑞穂は、“イラニスタンの油” や “黒竜の牙” といった迷宮探索では必需品となっている品を購入した。
濃霧を発生させる “霧の玉” も勧められたが、パーティプレイには不向きなので断った。
その後ふたりは薬屋である “雨の妹の店” にも寄り、体力を回復させる
単に消耗品を補充しているだけなのだが、瑞穂は心の底から楽しそうだった。
そんな瑞穂を見て、道行も心の底から楽しかった。
ふたりはそれから武器屋ある “三本の抜き身の店” に行って、道行の
“迷宮街” の大通りを西から東に、店という店を冷やかして歩く。
事件は通りの端で起こった。
大通りの一番東まで来たとき、半裸のジプシーの若い娘が腰をクネクネさせる妖艶な踊りを披露していて、道行に向かって蠱惑的な流し目を送ってきた。
思わず見惚れる道行。
道行とて年頃の少年だ。
むしろここで見惚れない方が、メンタル的にもフィジカル的にも問題だ。
でも頭の一部はやはり冷静で、
(……ジプシー……ロマだな。レイ・ハリーハウゼンの映画を思い出す……)
そんなオタクなことを考えていたとき、
Fuck! と、いきなり横腹をつねられた。
「ててて!」
自分の彼女のあまりの限界値の低さに、不満顔を浮かべる道行。
今のはどう見ても不可抗力だろう。
あれで浮気うんぬん言われたら自分の誠意に立つ瀬がない。
機嫌だって悪くなる。
だが瑞穂にしてみれば、初デートでいきなり他の女に目移りされたのだから、こっちこそ立つ瀬がない。
機嫌だって悪くなる。
“……むぅ!”
睨み合うことしばし!
“――ぷっ!”
ユニゾンで噴き出すふたり。
「戻るぞ」
道行の言葉に、キョトンとする瑞穂。
「デートする場所がここしかないんだ。歩き疲れるまでいったり来たりするんだよ」
ニッと笑って道行が言った。
「昔、なんかのマンガであったんだ。貧乏な新婚カップルがハネムーンに握り飯もって山手線を何周もする話」
瑞穂は胸の前で手を握って感動した。
なんてロマンチックな話なんだろう!
それからふたりは、何度も何度も迷宮街の大通りを行ったり来たりした。
ただ一緒に歩いてるだけなのに楽しかった。とても楽しかった。
ふたりとも最後は妙なテンションになってしまった。
結局足が棒になるまで往復を繰り返して、クタクタになって宿屋に戻った。
二階の大部屋に戻って、さて風呂に行くか――と思ったら、道行の荷物がない。
道行の荷物どころか瑞穂の物もなかった。
すわっ! 泥棒に入られたか! と思った直後、背後から音もなく現われたリンダが道行たちにどこかの鍵を差し出して、
「お帰り、新婚さん。あんたたちは今夜から二人部屋よ。今夜はお楽しみね」
といった。
当然、二人はユニゾンで驚愕する。
・
・
・
ふたりが手渡されたのは、四階のスィートルームの鍵だった。
部屋番号は402……実に不吉な番号だ。
道行と瑞穂は必死に抗弁――抵抗したが、質と量の双方で上回る女性軍に抗し得るはずもなく……。
担ぎ上げられた挙げ句、扇子を広げられて “ワッショイ、ワッショイ” みたいなノリで(もちろん比喩だが、多分にそれに近かった)部屋に放り込まれてしまった。
道行は焦った。狼狽した。
当然だろう。
不器用極まりながらも、どうにか告白し、どうにかOKをもらい、どうにか初デートまでこぎ着けて、それを成功させた直後にこれだ。
本来なら大いに満足してゆったりと湯船に浸かり、幸せな気分でベッドに入ってさぞかし良い夢を見られただろう。
ウブで奥手で不器用で、恋愛面ではまるで要領を得ない道行にしては大成功の大戦果だった。
それなのに……である。
(……これはいったい何の罰ゲームだ?)
道行は途方に暮れた。
彼はウブで奥手で不器用で、恋愛面ではまるで要領を得ない人間が多分にそうであるように、その方面に関してはロマンチストであった。
付き合い始めたその日に×××なんて考えられないし、またあってはならない。
そもそも初めてのキスだって三回目のデートの別れ際にと、本気で考えていたのだ。
それなのに……である。
マジで泣きそうになった。
いや、いやいやいや。
泣きそうなのは自分ではない。自分の彼女の方だ。
道行は気持ちを切替えた。
男の俺よりも、女の瑞穂の方がよっぽど怖いはずだ。
心の準備だって男の何倍もいるだろう。
ここは一発安心させてやらなければならない。
それこそが、この部屋で自分がやるべきことだ。
すったもんだで、ようやく付き合いだしたのだ。
吸った揉んだは、まだまだ後でいい。
「な、なぁ、枝葉……」
道行は出来るだけ平静な声で、間違っても血走ったような声色にならないように細心の注意を払って隣で固まっている瑞穂に声を掛けた。
そして彼女を見た。
そしてギョッとした。
瑞穂は例の油の切れたロボットのような動きで、ギギギギギッ……と道行に顔を向けると、今にも泣き出しそうな、今にもひっくり返りそうな、今にもネジが飛んでバラバラになりそうな引きつりまくった顔に、それでも精一杯の笑顔を浮かべて、道行に親指を立ててみせた。
“…… I, I'm OK …… A-OK ……Don't worry …… Don't Koi …… “
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本編はこちら
『迷宮保険』
https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742
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迷宮保険、初のスピンオフ
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
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迷宮無頼漢たちの生命保険
プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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