Another ⑬

「――瑞穂」


 道行を睨んでいたリンダが、突然瑞穂に向き直った。


“ Y, Yes!”


「あんたはどうなの? 外に出られてから道行と付き合いたいの? それとも今すぐ、ここで付き合いたいの? どっち?」


 いきなり女性軍の視線矛先が、道行からその彼女に向いた。


(……ちょっ、待て! おまえらの相手?は俺だろうが!)


 俺の彼女を虐めるんじゃねえ!

 道行の頭に血が上る。

 だが彼は、自他共に認める沈着ダウナーな少年である。

 ここで自分が出しゃばると、火の着いた天ぷら油に水をぶっかけるのと同じになり、事態の収拾がますます遠のくことを理解していた。

 この場は “彼女” に任せるしかない。


(それでも一瞬、頭に “焔爆フレイム・ボム” の呪文が浮かんだのは紛れもない事実だった)


「「「「「「「「「「「どっち?」」」」」」」」」」」


 女性の視線の槍衾に晒された瑞穂が、縮こまって答える。


「W, Well……」


 人差し指の先と先を合わせて、モニョモニョ……する瑞穂。

 怯えている――というよりも、顔を赤らめてモジモジ……つまりはモニョモニョしている。


「「「「「「「「「「「モニョモニョなのは、どっち?」」」」」」」」」」」


「…… Here …… now ……」


 言った瞬間、ただでさえ赤らんでいた瑞穂の顔が、ボンッ! ボボンッ! と爆発した。


「「「「「「「「「「「み~ち~ゆ~き~」」」」」」」」」」」


 女性視線矛先が、再び道行に向く。


「……だ、だから、なんだよ……」


「瑞穂にここまで言わせておいてこのままで済むと思ってるの? きっちり納得する答えを聞かせてもらいましょうか」


 お局様、怖えぇぇ!

 道行は心底震えあがった。


「……わ、わかった。付き合う。枝葉とはここで付き合う」


 ボンッ! ボンッ! ボボンッ! ボボボンッボンッ!


 道行の言葉に、二度目の爆発――クラスター爆弾の爆撃を受けたような――をする瑞穂。

 

「はぁ? なにそれ? 意味わかんな~い」


「「「「「「「「「「「意味わかんな~い」」」」」」」」」」」


 ボシュウウゥゥッ! と白煙を上げる幼馴染みを尻目に、リンダがわざとらしく肩を竦め、さらにお局様のご一行が唱和する。


 い、意味がわからないのは俺たちの方だ!


「主語がないわよ、主語が。あんたは瑞穂と付き合いたいわけ?」


 な、なんだよ、主語って!

 俺が言ってるんだから、俺に決まってるだろうが!


「だ、だから、俺はこの迷宮街で枝葉と付き合う」


「だから主語がないって言ってるでしょ!」


「だから “俺” は付き合うと言っとるだろうが!」


 ……クイクイッ、


 そのときいつの間にか復活していた瑞穂が、いたたまれない顔で道行のローブの袖を引っ張った。

 そして道行の耳元で、何事か囁く。


 ゴ~ニョゴニョゴニョ……魚の子。


「――なっ!!?」


 絶句する道行。

 そしてまたも、真っ赤な顔でモジモジっとうつむいてしまう瑞穂。


「はい、主語。主語」


「「「「「「「「「「「主~語。主~語」」」」」」」」」」」


(テ、テメエら、そりゃ主語じゃなくて述語だ!)


 瑞穂が囁くところによると、リンダは素なのかそれともわざとなのか、主語と述語を取り違えているらしい。


 つまり……。

 つまり……。

 つまり……。


(くっ……なに、この羞恥プレイ)


「お、俺は枝葉が好きだ。だからここで付き合う……付き合って欲しい」


 ボンッ! ボンッ! ボボンッ! ボボボンッボンッ!


 瑞穂の顔が三度爆発したとき、いきなり酒場の隅で今の今まで埃を被っていたオルガンが、あまりにも有名なを奏で始めた。

 メンデルスゾーン……結婚行進曲。

 弾いているのは女性の冒険者アトラクション参加者の一人だ。


 ――パパパパ~ン♪ パパパパ~ン♪


 そして


 パパパパン、パパパパン♪ パパパパン、パパパパン♪


「「「「「「「「「「「And I love You so~♪ forever♪」」」」」」」」」」」


 なにやら、合唱まで始まる始末……って、おい。あの曲って歌詞なんてあったのか? それとも即興?

 ど、どちらにしても……女性軍、怖えぇ…… “高位悪魔グレーターデーモン” より、もっとずっと、はるかに怖えぇ……。


「今日の探索は休みだな。ほら、これ軍資金だ。ふたりでハネムーンデートしてきなよ」


 苦笑していた空高が、そういってにパーティ共用の財布を差し出した。


「「……パクパクパク」」


 もはや道行と瑞穂は、声も出ない。

 口が水中の鑑賞魚のように “結んで開いて” を繰り返すだけだ。


「「「「「「「「「「「お幸せに~~~~!!!」」」」」」」」」」」


 道行と瑞穂は、国際線ターミナルから見送られるような声援を受けて、酒場からてしまった。


「「……」」


 唖然。呆然。愕然。慄然。


(な、なにか言わねぇと! 気の利いたこと、何か、なにか――!)


 道行が無表情でパニクっていると、こちらは豊かすぎるほど豊かな表情でパニクっていた瑞穂が、


“ I, I'm OK! A-OK! wait OK! C, Coming soon Very much! Don't Kooi!”


 先に何かを言った。必死に言った。

 道行には瑞穂が何を言っているのかよくわからなかったが、何を言いたいのかはよくわかった。

 だから、道行は少しだけ落ち着くことができた。

 少しだけ落ち着いて、頭をボリボリ掻きながら、頭を下げた。


「その……不精者で迷惑掛けちまうかもだけど、これからよろしく頼む」


 瑞穂がそうだったように、必死で言葉を紡ぐ道行。


「女の子と付き合うの初めてだし……どうすれば枝葉が喜んでくれるかとかよくわかんねえし」


 言葉を飾る素振りも、飾る技術も、飾る意思もない。

 ただ、心にある想いを、伝えたい気持ちを、必死に言葉に乗せる。


「でも……不真面目じゃねえから。俺、ちゃんと枝葉のこと好きだから……だから……その……」


 ポロポロポロ……。

 いきなり泣き出してしまった瑞穂を見て、道行は慌てた。


「――! お、おい、そんなに嫌なら突っ返してもいいんだぞ! 俺は別に無理にとか――こういうのはきっと相性とかタイミングとか、そういうのがあるもんだろうし!」


 ポロポロポロ……と、オロオロオロ!

 いや、オロオロどころじゃなかった。

 道行はこの時、ハッキリと絶望していた。

 自分は嫌われてしまった。

 せっかくできた彼女に――枝葉瑞穂に嫌われてしまった。

 地面の底が抜けて、奈落の底に延々と落下していく気分だった。

 道行は自分の人生が終わったことを確信した。

 しかしそんな道行に、瑞穂はローブの袖でゴシゴシと涙を拭っていうのだった。


「I' m……Happy」


 ……と。



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