Another ⑫

 翌日、道行は寝過ごした。

 瑞穂に告白しOKされた事実が、彼に “己が否定されなかった” という強い安堵感を与えたのだろう。

 安堵感はリラックスにつながり、リラックスは蓄積された疲労を噴出させた。

 道行は “迷宮街” に辿り着いて以来もっとも深い眠りに落ち、少女たちが起き出したあとも目を覚まさず、瑞穂がそんな彼の寝顔を見て優しい微笑を浮かべたことも知らない。

 結局、空腹に耐えかねた空高に肩を揺すられて起されるまで、昏々と眠り続けたのだった。


(……ノンレム睡眠のときに起すなよ)


 ボーッとする頭で、道行は双子の弟を呪った。

 洗顔し、歯を磨いても、まだ頭がスッキリしない。

 そして霞がかった頭で道行は思った。


(……どういう顔で会ったらいいか)


 にこやかに……は無理だ。自分的に。

 凄みのある気色の悪い顔になるに違いない。


 さりげなく視線を送る……そして彼女も、さりげなく視線を返す。

 自分たちだけにしかわからない、意思の疎通アイコンタクト

 だ。絵になる。痺れる。憧れる。これでいきたい。

 いきたいが……。


 道行の中で目を覚ますグレートデンの老犬……。

 ……さりげなくの加減がわからない。

 さりげなく過ぎて気づかれない可能性もあるし、意識しすぎたら睨み付けるのと同じになってしまうかもしれない。


 そもそも、いつ “公表” すればいいんだ?

 空高とリンダには話さなければならないだろう。

 秘密にしておいてあとでバレて “水臭い” と責められるのも馬鹿な話だし、そもそも秘密にするような不貞な関係ではない。

 高一の男と女が知り合って、で付き合い始めただけの話だ。

 当人たちにしてみれば “一生に一度” かもしれない大事件だが、世間一般では毎日どこかしらで目にされる日常の一コマに過ぎない。

 なにより、ここはちゃんと報告するのが命を預け合うパーティの仁義だ。


(……取りあえずどこかでふたりきりになって、その辺りの打ち合わせというか、口裏合わせを……)


 道行がそんなことを考えながら、一階に下りていったときだった。

 なにやら階下の――酒場の様子が不穏だった。

 朝っぱらからケンカか?

 ケンカと娼婦は酒保の華ではあるが、どちらも酒が入る夜からの話だ。

 この時間は両者ともまだ寝ているはず……。

 シバシバする目でフロアを見渡す道行……。


 そこには冒険者風の衣装に身を包んだ “女性陣” がずらりと立ち並び、なぜかこっちを睨んでいた。

 道行は後ろを振り返った。

 自分の背後にいる誰かが、女性陣の不興を買ったのだと思ったのだ。

 しかし、彼の後ろには誰もいなかった。


 そこで少年は双子の弟を見やった。

 兄と違って弟は女の子に人気がある。モテモテといっていい。

 顔は爽やかなイケメン系であるし(一卵性双生児なのに……である)、性格も兄と違って真面目で気さくで誠実だ。

 おそらく弟――空高の八方美人的な気の遣いようが、女性陣の中で火種となったのだろう。

 空高自身の気づかないところで、いわゆる “勘違い彼女” が複数誕生していたに違いない。

 これまでにも何度かこういうことはあった。

 道行は納得して、我関せずを決め込むことにした。

 決め込む以外にない。

 彼にこの手の事態の収拾など、出来るはずもないのだ。

 双子の兄は弟に目配せし、


(……自分の尻は自分で拭いてくれ)


 とアイコンタクトで伝えた。

 しかし……。

 なぜか空高は、目をパチクリさせて道行を見返していた。

 いや道行が目配せをする前から、ずっと兄をパチクリと見ていた。

 まるでこの事態の原因が道行にあり、そのことに驚いているような表情だ。

 道行は訳がわからず、


「…………あ?」


 と言った顔で、もう一度フロアに並んぶ女性陣きれいどころたちを見渡した。

 その直後、


「ちょっと、道行! あんたセコいわよ!」


 リンダの容赦のない怒声が飛んだ。


「…………あ?」


 ポカンとする道行。

 いや、セコいかセコくないかと言えば、確かに自分はセコい部類だろうが……。

 なぜ今それを糾弾される……?


「あんた、瑞穂に言ったんだって!? “ここから出たら、付き合わないか?” って!」


(……うっ!)


 思わず道行は絶句した。


(……しまった、失念していた!)


 瑞穂がこの宿屋 “アイノス” を拠点にしている他の冒険者――すなわち、自分たちと同じようにこの迷宮アトラクションに取り込まれた客たち――とりわけそのから、とても可愛がられているということを。

 当然、自分のような “得体の知れない輩” と付き合うことが知られれば、“お局様” からこういった反応が出るのは必定すぎるほど必定だ。

 事前に瑞穂と打ち合わせをしておかなかった、自分の痛恨のミスだった。

 道行は後悔の臍を噛んだ。

 そう、これは明らかに自分のミスだ。

 それは理解している。

 充分すぎるほど理解している。

 そしてその上でなお、


(……なんで話しちまうんだよ)


 道行は恨めしげな目で、自分の彼女を見ずにはいられなかった。


“…… S, Sorry “


 瑞穂が今にも泣き出しそうな表情で、自分の彼氏を見つめ返す。


「なんだ、道行。おまえ、そんなこと枝葉さんに言ったのか?」


「……い、言ったような……言わないような……」


 思わず地の優柔不断さが出てしまう道行。

 もちろんそんな誤魔化しが通じるほど状況は甘くはない。


「はぁ!? なによ、その煮え切らない態度は!」


 たちまちリンダから激烈な突っ込みを入れられて、道行は訂正せざるを得ない。


「……い、言った……確かに」


「「「「「「「「「「「サイテー」」」」」」」」」」」


 言ったと認めたら認めたで、今度は “サイテー” の集中砲火。

 道行は淡泊で自虐的だが、自己憐憫に浸るタイプではない。乾いた根暗だ。

 それでもこの時は、


(……俺って可哀想)


 と心の底から思った。

 瑞穂がそんな道行を見て間に割って入ろうとしたが、それよりも早く、


「道行、それは女の子たちが怒るのももっともだぞ」


 空高が “やれやれ” と言った表情で道行をたしなめた。

 途端に周囲の女性陣からポワポワと溢れ出る♥マーク。


(……まぁ、いつものことだ)


 道行は女性陣――いや、もはや女性の間だから醸し出されるピンク色の空気を感じて、どんよりと嘆息した。

 いつだって空高は、女の好感度が高い。

 ひとり瑞穂だけが、納得のいかない顔で憤然としている。


「付き合ってほしいなら、付き合ってほしいってハッキリ言えよ。不誠実だろう、そんなの」


「「「「「「「「「「「キャーーッ!」」」」」」」」」」」


 ピンクの♥の次は、黄色い声だ。

 まったく、神は不公平である。


「……ふ、不誠実って……こんな状況でそんなこと言う方が……不誠実だろう……」


“ Yeーーーーーーーーーーーーーーー sッ!!! "


 道行の言葉に、瑞穂が両手を天に突き上げて同意の意を示した。道行以外、誰も見ていなかったが……。

 それでも道行は、涙が出るほど嬉しかった。

 心の底から、しみじみと思った。

 このを彼女にできて本当によかった。


(……フラれなくてよかった)


 そもそも道行は、瑞穂に “今ここから付き合ってくれ” と言ったつもりだし、瑞穂もそのつもりで受け取っていた。

 “ここから出たら” というのはあくまでに過ぎない。

 しかし他の人間からすると、それが……。


「それが不誠実だって言ってんだ。俺たちは今、明日をも知れない身なんだぞ。もしもの時、後悔しないよう生きなきゃ駄目だろうが」


「「「「「「「「「「「キャーーッ!」」」」」」」」」」」


 再び湧き起こる、黄色い大歓声。

 道行としては、今から時間を巻き戻してもあれ以上の “告白” ができたとは思えないし、もしかしたら二度とできないかもしれない。

 不確定性の量子のゆらぎが現出させた、まさに奇跡だったのかも。


 瑞穂が形の良い小さな鼻を心なしかピスピスさせて、道行に目力を送ってくる。


I am friendわたしは味方 ! “


「――瑞穂」


 道行を睨んでいたリンダが、突然瑞穂に向き直った。


“ Y, Yes ! “


「あんたはどうなの? 外に出られてから道行と付き合いたいの? それとも今すぐ、ここで付き合いたいの? どっち?」


 いきなり女性軍の視線矛先が、道行からその彼女に向いた。



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