Another ⑩

 “真剣白刃取り” か。

 あるいは “蚊を叩きつぶす” それか。

 とにかく瑞穂はリンダと道行の間に割って入り、彼女のウィンクを


 曰く、“リンダのウィンクは年頃の男の子には魅力的すぎる。故に危険”

 曰く、“なにしろ道行は弱くて死にやすい魔術師なのだ。故に危険”

 曰く、“自分には道行を守る義務がある。故にこれは当然の行為”

  etc、etc……。


「~あたしは “夢魔サッキュバス” かなんかかい」


 真っ赤な顔をして、しどろもどろで支離滅裂一歩手前な言い訳をする瑞穂に、リンダがゲッソリしてみせた。


「珍しく気が利くな」


 そんなふたりの少女を尻目に、空高が道行に言った。

 どこか皮肉を感じさせる声色だった。


「……貴理子がいないからな」


「自分で動かなきゃならないってわけか。普段いかにあいつにおんぶに抱っこかわかるな、おまえが」


 空高の口調が、ハッキリ皮肉とわかるものになる。


「? 誰よ、貴理子って?」


「俺たちの幼馴染みさ。道行にぞっこんの」


 話に食いついてきたリンダを巻き込み利用して、空高が道行を追及する。


「ええーーっ!?! 道行くん、彼女いたの!?!」


「……なにいってやがる。貴理子が気があるのはおまえだろうが」


 当然道行にも空高の意図が読めるので、弟のを正してやるしかない。

 空高は空高で、自分と貴理子が両思いだと思っているのだ。


「ちょっと、どういうことよ、どういうことよ。怒らないからお姉さんに言ってみなさい」


「……眠いんだよ、俺は」


 興味津々で自白を迫るリンダから、ゲンナリと顔を背ける道行。

 もちろんリンダは食いついて離れない。


「なに倦怠期の旦那みたいなことをいってるのよ。だめ、今夜は寝かせない」


「……おまえこそ、排卵期の嫁みたいなこといってるぞ」


「んで、どういう関係なの、その貴理子ちゃんとは?」


「……どうもこうも、俺ぁ不精者だから、結果的にあいつに迷惑かけてるだけだ」


「――自覚はあるんだな、迷惑をかけてるって」


 道行の言葉に罪悪感があるのを聞き、空高の声がさらに一段低くなる。


「ちょ、なに今の。少し斬られた感じがしたけど。あんたたち、ガチで “トライアングラー” してるわけ?」


「……そんなんじゃねえよ。いいから俺はもう寝るぞ。不寝番頼んだからな」


 自分と弟が抜き差しならない状況に陥りかけているのを嗅ぎ取った道行は、ベッドに潜り込んで毛布を被り、無理やり話題を切り上げた。


「いつもこれだ」


「なかなか複雑な兄弟関係みたいね――ま、“幼馴染み三人組” なんてどこもそんなもんか」


 毛布を被って背中を向けてしまった双子に吐き捨てる空高を見て、リンダが嘆息した。


「枝葉さん、君も眠って精神力マジックポイントを回復させておいてくれ」


 空高は苛立ちを鎮めるように、瑞穂に向き直りうながした。

 瑞穂は呆けたような、強ばったような、青ざめたような、紅潮したような、そんな表現しがたい顔で固まっていた。


「枝葉さん?」


 二度声を掛けられて、瑞穂はようやく “ビクッ” と我にかえった。

 裏返った声で返事をすると、道行の持ってきた湯で顔と手を拭う。

 湯は少し冷めてしまっていたが、瑞穂の疲れや眠気が吹き飛んだのはそのせいではなかった。



「……どうだった?」


 暗い迷宮の回廊を足音を立てずに駈け戻ってきたリンダに、空高が小声で訊ねた。


「……うん、いた。“みすぼらしい男” が五人。こっちには気づいていない。下への階段もあった」


 同様に小声でリンダが偵察してきた内容を報告する。


「……どう思う?」


「……五人のうちわけは?」


 空高が道行に意見を求め、道行がリンダに確認する。


「……革鎧レザーアーマー×4。鎖帷子チェインメイル×1」


「……鎖帷子が首領だろう。“ハイウェイマン追いはぎ” だ。“首刎ね” がある。眠らせ損なうとやっかいだ」


 道行たちがこの迷宮アトラクションに取り込まれて、二週間が経っていた。

 その間彼らは件の “迷宮街” を拠点に、ゴールを求めて地下迷宮の探索を進めてきた。

 先に迷宮に取り込まれた客のうち先に進めた人間から聞いた話では、この先の玄室に下層への階段があるとのことだったが、その情報に間違いはなかったようだ。

 この階層フロアで、道行たちがまだ行っていない唯一の区域エリア。そこにはやはり、さらに下へと続く階段があったのだ。

 そして “門番” とも言える魔物たちの姿も。


「……ここまで来て犠牲者を出すのは論外だぞ。ここを出るなら四人全員でだ」


 リーダーの空高が、小さいが力強い口調で断言する。


「……単純に倒すだけなら “ガンガンいこうぜ” で問題ないが……」


 パーティの作戦参謀である道行が、そこまで言って口をつぐんだ。

 “ガンガンいこうぜ” とは後先を考えない全力戦闘のことだ。

 由来はもちろん、某有名コンピューターRPGから。

 魔法もアイテムも、言葉どおりガンガン後先を考えず使いまくって、とにかく敵を倒すことだけを考える作戦なので、この先がゴールならそれもいいのだが……。

 “先に進めている人間” の話では、階段の先にもまだ迷宮が拡がっているようなのだ。

 つまりここで全力を出し切ってしまうと、これ以上は進めなくなってしまうわけであり……。


 “昏睡ディープ・スリープ” の呪文で魔物をすべて眠らせることが出来れば、最小限の資源リソースでの突破が可能なのだが、こればかりは道行と魔物のレベル差や対象の抵抗値などの様々な要素が絡んでくるので、やってみなければ分からないというのが本当のところだった。


「……確実とは言いがたいが」


「……どうやら良い “悪巧み” が浮かんだみたいだな」


 面白くもなさそうに呟いた道行に、空高がニヤリと口元をほころばせた。

 その様子を見て、リンダと瑞穂が目配せをしあう。

 今まで双子がこういったやり取りを見せたときは、一〇〇パーセントよい結果が出ているのだ。


「……ここは枝葉の親父さんに乗っかるとしよう」


 道行の言葉に、瑞穂がキョトンとする。



「――こっのおおおおっっっ!!!」


 回廊の角を駈け曲がるなり、リンダが絶叫して跳躍した。

 不自然な助走からの不自然な跳躍だったが、それでも元バスケ部のリンダは見事にを飛び越えてみせた。


 しかし、彼女を追ってきた五人の “みすぼらしい男” は飛び越えるどころか、気づくことも出来なかった。

 全員が回廊の床にまかれたに足を取られ足を滑らせ転倒する。


Good Luckあばよ


 道行が無慈悲に言い放ち、―― “イラニスタンの油” に向かって “火弓サラマンデル・ミサイル” の呪文を放つ。


 轟音と閃光。


 ガソリンの燃えやすさとグリースの滑りやすさを合わせ持った魔法の油が、瞬間的に燃え上がった。

 石畳の上で油まみれになっていた五人の無頼漢が、断末魔の絶叫を上げながらのたうち回る。


 瑞穂がその声と音と光景が少しでも頭の中に入ってこないように、両手で耳を塞ぎ、目をギュッとつぶった。


 一秒……二秒……。


 ポンッと、道行が瑞穂の肩を叩く。


「……もういいぞ」


 瑞穂が返事をして目を開ける。

 道行の視線は彼女ではなく、その肩越しに燃え続ける回廊に向けられていた。

 すでに炎の中に動くものはない。


「……臭いだけはどうしようもないけどな」


 少年の言葉に同意を示す少女。

 辺りには生き物の焼ける、あの嫌な臭いが立ち込めている。

 炎に照らし出される道行の横顔は、とても不機嫌そうだ。

 自分の考えた作戦が上手く行ったのに、少しも嬉しそうではない。

 当然だろう。

 魔物とは言え、残酷に、そして効率的に命を奪っているのだ。

 少年は冷静ではあったが冷酷ではなく、無表情ではあっても無情ではないのだから。


「……炎が治まったら、金目の物を漁ってくる。溶けちまっても金は金だ。少しは油代の足しにはなるだろう」


 瑞穂がうなずく。

 こうして油一瓶と呪文をひとつ消費しただけで、道行たちは地下二階へ下りることができた。

 現実ゴールにたどり着くまで何度となく繰り返すことになるだろう、最初の一回を終えたのだ。



「――ジ~ッ」


「……な、なに?」


「道行くんてさぁ、もしかして案外 “掘り出し物” ?」


 数日後の “迷宮街” の大通り。

 往来の真ん中で不意に立ち止まると、リンダが鼻と鼻が接触するくらいまで顔を近づけて、道行に言った。


「……あ?」


「いやさぁ、やっぱり男の子って、いざって時に頼りになってじゃない?」


「…………なのか?」


なのよ。女ってそういうところ現金なのよね。どんなに見てくれが良くても “雄” として価値がないんじゃ価値がないというか。ほら、男って “田んぼの力” って書くじゃないの」


「……酷え言い草なのはわかるが、何を言いたいのかサッパリわからん」


 雄は雌に餌を運んでくるからこそ、価値があるのか?

 リンダらしいといえばリンダらしいが、なんだか泣きたくなるような真理(心理?)である……。

 しかし直後のリンダの言葉は彼女らしくはあったが、道行の意表を衝きすぎた。


「ねぇ、ここを無事に出たらあたしと付き合わない?」


「…………あ?」


「道行くんってあの空高くんと一卵性双生児なわけでしょ? 磨けばきっとイケメンになるわよ。あたしがあなたをプロデュースしてあげる。格好良くなるわよぉ――どう?」


「……ど、どうって言われても」


 ど、どうって言われても。

 正直、道行の心拍数は跳ね上がっていた。

 ドギマギしていた。

 ハッキリ言って、リンダはかなりの美少女である。

 快活で、フランクで、適度に隙や欠点もあり、懐に入っていきやすい。

 そしてリンダ自身も、時折こうやって道行の懐深く入り込んでくる。

 その度に道行はドギマギさせられるわけだが、それが決して不快でないところがリンダの――林田 鈴という少女の魅力であり長所であった。

 要するに道行は、リンダが嫌いではない。


「お、少し動揺してますな、ダ・ン・ナ。これは脈ありですかな?」


 リンダが実に蠱惑的な笑顔でウィンクした。

 しかし、リンダが道行にウィンクすると必ず……。


 ズンズンズンズンズンズンズンッ、ズンッ!!!!


 地響きが近づいてくる……。

 そして懐かしの “ちょっと待ったコール”

 ほんと、歳いくつだよ。


「おや、これは誰かと思えば枝葉瑞穂さんじゃありませんか? プシュー! と鼻息も荒く、に何かご用でありんすか?」


 プシューッ!


 と鼻から勢いよく蒸気を噴き出すに、リンダが涼しげに訊ねた。

 赤鬼、曰く――。


“ありんすもありんす、大ありんす!”

“さっきから黙って聞いていればなんなのか!”

“リンダ、YOUは今わたしたちが置かれている状況がわかっているのか!”

“いーや、わかってない!(反語) 絶対にわかっていない!(断言)”

“この “切った張った” の大変なときに “惚れた腫れた” の話なんてもってのほか!”


「“切った張った” のときだから “惚れた腫れた” の話をしてるんじゃない。愛はね、危機的な状況であるほど激しく燃え上がるのよ」


 赤鬼、曰く。


“そんな愛なんて、愛・ドント・No!”

“リンダ、今のあなたにこの言葉を贈る! 謹んで聞け――ズバリそれは “吊り橋効果” というものだ!”


 ビッ! とリンダの顔に人差し指を突き付けて、赤鬼は断言する。

 断々々断言する……。

 赤鬼、曰く……。


“リンダは今、危機的状況に置かれている! 故に道行のような人間でも素敵な人に見えてしまうのだ!”


「……道行くん、あなたなんか酷いこと言われてるわよ」


「……」


 赤鬼……。


“ヒソヒソ話禁止!”


「「……」」


 赤……。


“だいたい不謹慎だ!”

“不道徳だ!”

“ふしだらだ!”

“集中力の無駄遣いだ!”

“故に命取りだ!”


 機銃掃射のように駄目出しをしまくる赤鬼……瑞穂。

 そう、普段は温厚で誠実で篤実な瑞穂なのだが、リンダが道行にモーションをかけると即座にシステムが、


 ”メインシステム、戦闘モード起動します”


 ……になってしまう。


「ああ、もう、わかった、わかったわよ。ひとまずこの人のことはあんたに任せるから、これでこの話はお終い」


 そう言うなり、リンダはいきなり道行を瑞穂の方にドンっと押した。

 そして自身は軽やかに身をひるがえしてどこかに行ってしまう。


「……うおっ」「きゃっ!」


 思わず “ひしっ” と抱き合ってしまう、道行と瑞穂。


「「……」」


 しばしの硬直のあと……。


 バッ!


「す、すまん!」


 “無問題モーマンタイ! 無問題モーマンタイ!”


「「……」」


 そして “戦闘モード” からさにシステムが “暴走”してしまう瑞穂。

 往来の真ん中だというのに道行に座るように命じ、“お説教タイム” が始まってしまう。


 曰く、


“だいたい道行は隙がありすぎる!”

“脇が甘すぎると言わざるを得ない!”

““女” という字を分解すると “くノ一” になるのだ! “くノ一” だ、“くノ一”!”


 人差し指をビッ! ビッ! 突き指して猛烈な駄目出しを続ける瑞穂を見た道行の中に、不意に、痛ましさと、いじましさと、愛おしさのない交ぜになった、熱い感情の渦が湧き起こった。


“わたしの言いたいことがわかるか?”

“つまり道行のような人間に “女” というものは――”


「……なぁ」


“とてもとても危険だと言わざるを得ない――”


「……なぁ」


“―― Yes ? “


「……俺らなんだが」


“―― Yes ?? “


「……ここから出られたら、付き合わないか」


“………………………… Yes “



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