Another ④

(どうやら俺は、枝葉さんに嫌われちまったらしい……)


 最寄り駅の『舞浜』で降りた道行は、目的地のテーマパークへの道すがら思った。

 せっかく天気も良いのだからと、一行はデゼニー・リゾートラインモノレールを使わずに徒歩で入場口に向かっていた。

 目の前には楽しげに会話のキャッチボールを交わしている空高と鈴がいる。

 そして隣には、どこかプンスカした様子の枝葉瑞穂。


 ハッキリ言って、道行はコミュ障である。

 幼少期に不健全な形で対人関係を築いていた反動で、他人に合せるという現代社会において必須の対人スキルのが酷く億劫になってしまった。

 その結果として、誰にでも素の自分を晒す裏表のない真正直な人間になったのだが、それが好かれるかどうかはまた別問題である。

 実際、小学校・中学校と道行は学校では浮いた存在だったし、両親にもどこか気味悪がられているふしがあった。

 空高と貴理子がいなければ、道行は後天的な自閉症になっていただろう。

 今回も、瑞穂に “眠そうだ” と訊かれたので、


『…………ああ、眠い』


 と答え、


“昨夜、よく眠れなかったのか?”


 と訊かれたので、


『…………よくは眠れた……でも眠い』


 と答えた。

 その後、会話が途切れしまったので仕方なく、


『…………まぁ、付き添いだからな』


 と、昨日貴理子に連れ回されている間にの話をした。

 今回道行は、“知り合ったばかりの女の子といきなりふたりで出かけるのは警戒されるから” と空高に説き伏せられて、Wデートに行くことをしぶしぶ了承したらしい。

 今現在判明しているのは、だった。

 それから、


『…………あんたもそうだろ?』


 と瑞穂に言った。

 瑞穂は目を丸くして驚き、さらに慌てたようになんでそう思うのか訊ね返した。

 なんでと言われても、


『見るからに休みの日は、朝寝して、二度寝して、読書して、親父さんと父娘の語らいをしてるタイプだから』


 見たまんまの印象を伝えるとさらにビックリ仰天し、“なんでわかるのか!?” とさらにさらに訊ね返してきた。

 エスパーかニュータイプでも見ている表情だった。


『なんでって……あんた自分が “初めて会う男たちと喜び勇んで遊びに出かけるような珠” に見えると思ってるのか?』


 道行は小首を傾げて答えた。

 息を吸うように分析をしてしまう道行にとって、自己分析ほど身近な習慣はない。

 この枝葉瑞穂という少女は、自分で自分がわかっていないのだろうか?

 道行は疑問に思った。嫌われるのも当然だろう。


 ここまで言われては、瑞穂も立つ瀬がない。

 いくら温厚な性格といっても、喜怒哀楽がないわけではない。

 むしろ瑞穂は、感情表現の豊かな娘だ。

 さすがにプンスカして、


“見かけによらず鋭いのですね”


 精一杯(彼女にしては)嫌味っぽく切り返した。


(どうやら俺は、枝葉さんに嫌われちまったらしい……)


 道行が思ったのは、この時である。

 毎度のことなのでそれほど傷つかなかったが、それでもやはり少しは傷ついた。

 少年はくたびれ果てたグレートデンの老犬ような風貌の下に、年相応の傷つきやすい繊細な素顔を隠していた。

 かといって、今さらナイト然とエスコートをしたところでうさん臭さ爆発だろう。

 結局、今日はこのまま行くしかない。

 まったく……やるせない。


 しかし昨日の貴理子の場合と同じく、道行の分析はここでも間違っていた。

 実は瑞穂は、自分を守るように接してくる人間が苦手で、対等な存在として扱ってくれる相手をずっと求めていた。

 加えて貴理子以上に “聖女” 属性が強く、守るよりも守ってあげたい願望が強い。

 要するに、道行は “聖女” でもなければとても付き合いきれず、瑞穂は “老いたグレートデン” ぐらい怠惰な相手でなければ息が詰まる上にになってしまう。

 要するに、ふたりの相性は抜群だった。


 そんなふたりが、お互いの相性の良さに気づかないまま居心地の悪い移動時間の末に辿り着いたのが……。



 “Dungeon of Death”


 ようこそ! 死の迷宮へ!


 一生遊んでても飽きないおもしろさ!(簡単には帰しませんよ!)



 同時に引きつる、道行と瑞穂。


 ……二人の相性は抜群だった。



(……ええーーっ?)


 道行はウンザリした。

 そのウンザリする道行の目の前で、


「これ知ってる! 今SNSでめっちゃ話題になってるやつでしょ! アトラクションに入ったまま、行方不明 ロストしちゃう人が続出してるって!」


「そう! 最先端のVR技術を使った、迷宮探索型の “ハクスラ” アトラクション!」


 リンダ(鈴のニックネーム)と空高が、テンション爆上げの会話をしている。

 逆にドン引きして “ハクスラ?” と疑問符付きで呟いた瑞穂に、仕方なく道行は説明してやった。


「……ハック&スラッシュの略だ。強襲しての強奪。要するに殺して奪い取るゲームのことだ」


 説明を聞いて、気が遠くなったような瑞穂。


「……俺、その辺で寝てるから、おまえらだけで行ってこいや」


 さすがに気の毒になった道行は辞退を申し出た。

 空高とリンダをふたりきりにするのは貴理子に申し訳なかったが、アトラクションの中で瑞穂に卒倒されるのもまた困る。

 渡りに船とばかりに、瑞穂も追従する。

 青い顔をしているので、この手のアトラクションは本当に苦手なようだ。


「はぁ? 着いた早々いきなりそれはないでしょ!」


 そんな瑞穂にリンダが詰め寄り、何かを耳打ちする。

 空高も同じように道行に近づき、


(――おい、いきなりそれはないだろ!)


(……あ?)


(まだバラけるのは早いって言ってるんだ。女の子が怖がるだろ。だいたい、おまえもう枝葉さんに決めたのかよ。そんなの林田さんに失礼だろうが)


(……決めるも何も、どうせふたりともおまえが目当てだよ。決めるのは俺じゃなくておまえだ)


(おまえな、道行。いくら貴理子がいるからって、余裕持ちすぎだぞ)


(……なんであいつの名前が出てくるんだ?)


(おまえがいつまでも態度をハッキリさせないからだろう。お前が彼女を作らない限り、あいつはおまえの世話を焼き続けるぞ。それじゃ可哀想だろうが)


(……俺のじゃなくて俺たちのだろう。俺だけの幼馴染みじゃないぞ、あいつは)


(いいから、おまえも来るんだよ)


(……)


 抵抗を試みるが、空高が正しいことはすでに道行の中で結論が出ている。

 道行も可能なら彼女を作って、可能なら貴理子を安心させ、可能なら空高と付き合えるようにしてやりたい。

 ただそれが林田 鈴や、まして枝葉瑞穂だとは思えないだけだ。

 道行のゲンナリした顔を応諾と解釈したのか、空高が晴れやかな顔でリンダと瑞穂に向き直った。


「おまたせ。やっぱりこいつも入るってさ――な?」


「……(……帰りてぇ)」


 弟や幼馴染みへの責任感や義務感、または罪悪感とは別の、もっと本能的な部分で道行は思った。

 これはラブコメよりもまだ酷い……。


「よかった。瑞穂も気が変わったって――ねー?」


 親友ににこやかに強要され、ぎこちなく微笑む瑞穂。

 そんな瑞穂を見て、道行は複雑な思いを抱いた。

 この娘は自分と正反対。

 人に合せることしかできない。

 いや、むしろ幼少期の自分に近いのかもしれない……。


(……キメエ)


 またも分析していることに気づき、道行は自己嫌悪に陥った。

 しかも今度は “自分に近い” などと結論付けている。

 この枝葉瑞穂という娘がどんな人生を歩んできて、これからどんな人生を歩んでいこうとも、それは自分には関係のない話だ。

 心療内科医でもない自分が、なにわかった風なことを言っているのか。

 他人に対して無頓着でいるなら、とことん無頓着でいろ――。


 すったもんだの末に入場することを決めた四人は、アトラクションの入口で係員から簡単なレクチャーを受け、VR用のゴーグルを受け取った。

 それはスポーツ用のサングラスのような形をしていた。


「へぇ、すごい。最新のはこんなに薄いんだ」


 感嘆する親友に、瑞穂が思わず相づちを打ってしまう。


 “お父さんのPS用のはもっとゴッツい感じなのに” ――と。


「出た、瑞穂の “お父さん”」


 そして、リンダにたちまち食いつかれる。


「……本当にお父さん子なんだな」


 ポカッ!


「……痛て」


 思わずボソリと呟いてしまい、顔を真っ赤にしてあわあわする瑞穂に二の腕を叩かれる道行。

 瑞穂は子供っぽく見られることが密かなコンプレックスなのだ。

 そんなふたりを見て、空高とリンダが眼を丸くする。

 それから、コホンッと空高が咳払いをして、


「最初はまず “職業” を決めるんだったな。みんな何にする?」


 と訊ねた。


「なにがあるの?」


「 戦士、盗賊、僧侶、魔術師――の四種類だね」


「わたしはやっぱり剣を振るって戦いたいな! えいっ! やあっ!」


「重い武器を持って戦うなら戦士。軽い武器で身軽に立ち回るなら盗賊だけど、どっちがいい?」


「うーん、盗賊かな、やっぱり――バスケで鍛えたバックロールターンで後ろをとって、ブスリ! みたいな」


「恐いなぁ」


「恐いよぉ」


 まるで十年来の知己のような空高とリンダを見て、こっちのペアとは大違いだと道行は思った。


「道行、おまえはどうする?」


「……あんまり動かなくていいやつ」


「そんじゃおまえは魔術師な」


「……うっす」


「なにそれ、ひどい決め方」


 リンダがクスクスと笑って空高と道行を見比べる。


「いいんだよ。道行は “首から下は無用な人間” だから」


「えーっ、もしかして道行くん、頭いいの?」


「……いや、学校の成績もスポーツも空高の方が全然すごい」


「? それじゃなんで?」


「悪知恵、悪巧み、転んでもただでは起きない抜け目のなさじゃ、俺は道行には逆立ちしても敵わないんだよ」


「魔法使いは魔法使いでも、“悪” の魔法使いってわけね」


 リンダが邪鬼なく笑ったとき、それは起こった。

 それまでおっかなびっくりだった瑞穂が、


“それは言い過ぎで、礼を失している”


 と憤然とリンダを注意したのだ。

 突然の出来事に、当の道行までもが呆気に取られて瑞穂の顔を見つめてしまった。


「ご、ごめん」


 親友の真剣な表情に圧されて、抗弁するよりも素直に謝ってしまうリンダ。

 それから瑞穂は道行に向き直り、友人の非礼を詫びた。


「……いや、別に気にしてねえし」


 としか道行には言いようがない。

 実際まったく気にしていないのだが、リンダの何気ない軽口が温厚を絵に描いたような瑞穂の琴線に触れてしまったらしい。

 そしてもう一度道行に頭を下げる瑞穂。


(……この娘がこんな顔をするなんてな)


 道行にしても戸惑うばかりである。

 他人に流されるだけの八方美人な女の子だとばかり思っていたが、自分の底の浅い分析で見極められるような娘ではないらしい……。

 結局残った瑞穂が回復役ヒーラーである僧侶になり、アトラクションがスタートした。


「よーし、行くわよー!」


 リンダが気合いを入れた直後視界が切り替わり、全員が暗い地下迷宮に立っていた。

 その余りの現実感に、誰もが言葉を失う。

 闇に漂うカビと湿った埃の臭い。

 それに混じる腐敗臭。

 微かな排泄物の臭いまでもが感じられる。

 あまりのリアルさに、道行は驚くよりも先に恐怖を覚えた。


(……こいつは本当にVRなのか?)



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