ダーティー・インザ・トーキョー

@Kijiro443

ダーティー・インザ・トーキョー

_____2056年 トーキョー市




「あい、ラーメン大盛り」



『...』




一人。


黒髪の短髪女がカウンター席に座っている。





ずるずる





『ちっ...』





ジャラジャラ





「お客さん。まだ一口しか食ってないじゃない。もう出んのかい?」



『...』





シャッ




女は店を出た。





『...』




そして決して新鮮では無い空気を肺に溜め込んだ。


乱雑した灰色の街並みを眺め14ミリのキャメル口にくわえる。


ここは没落国家日本。


2030年3月2日、少子化という大きな問題を抱えていたこの国はとうとう出生率が10%を切り経済が回らなくなった。


かつてトップ3に並んだGDPは下位に落ちぶれ、危機を感じた政府は外国人労働者、また移民を大量に受け入れる。


やがて日本人の数は見るうちに減少し、2056年現在では確認されなくなった。


この国では日本語も英語に変わり、円もドルに変わってしまった。


今では何色もの電光掲示板が乱雑する敗北国家として世界では認識されている。



そんな錆び付いた風景を眺めながらその女、中路霧(きり)はタバコをふかしていた。



そんなことを思い返しながら、右からとたとたと走ってくるまたロングの黒髪の女の子がいた。


黒のPコートを揺らしながら景色にそぐわず元気だ。




「姉さん!」



『...麻里』



「姉さん、どこいってたのかと思えばラーメン食べてたの?いいなぁ」


「私にも奢ってよ」



『...いくらでもやる、あんなもの』




_________________




『...』





ネオンの路地を妹の麻里と歩く。


その路地は青色やら黄色やら赤色やらの電光掲示板でごった返していた。


"電脳SiM販売中!"とか"簡易食料箱買いおすすめ!"とか"タバコはハロー・シルバー"だとか。


あまりにもその掲示板が明るすぎて顔が何色にもてらされる。


どうやら新先進国によるネオ生産革命によって流入した技術だけは進歩しているらしい。


脳内に入れるだけで通話できたり、音楽が聞ける。


レプリカントはまだできていないようだが。



薄暗い曇り空から灰色の酸性雨が降り出してきた。


もう2040年辺りから温室効果ガスの影響で降りっぱなしらしい。




『走るぞっ』



「うんっ!」




_________________




その建物に入ると、目の前に警備管理装置が私達を赤いレーザーで縦から下までスキャンする。




キーーン



チッ、カチョカチョッ





[部屋番号B-2863ナカミチ様、ロックを解除します。どうもおかえりなさい]



『...』




ギュインッという音とともに汚れたアルミの扉が開いた。


暗くなったこの部屋に帰るのはもう19年目だろうか。


生まれた時から妹とはこの部屋で過ごしている。


幼い時に親は死んだ。



___普段は部屋を暗くしたまま着替える。


あのガチャガチャとした路地や街に比べてとても落ち着くから。



部屋に入ると妹はパタパタと小走りで洗面所へとタオルを探しに行った。


妹は純粋で、現代人には珍しい暖かい心を持ち合わせていた。


そしてつかの間、妹はリビングへと戻ってきた。






「姉さん、タオル」




ボサっ




『あぁ、ありがと』



「はぁ、早く着替えよ」



そういうと、麻里は後ろを向いてリビングで着替え始めた。



『...ちょっと待て、その背中どうした』



「...え、嫌なんでもないよ」



『...っ』






ガバッ






『酷い痣だ...誰にやられた』



「...」



『黙ってないで言え』



「...」



『あのクソどもか』



「...靴磨きを頼まれたから10ドル貰ってやったら、後ろからぼっこで...」



『ボッコなわけあるか。鉄パイプだろ』


『あのクソチンピラ共が...今度こそ殺してやる』



「待って!次誰かを傷つけたら姉さんは刑務所入っちゃうんだよ!?」



『...』



「姉さん、私は大丈夫だから」



『...っ』



『...そうだな、麻里。私からお前に負担も掛けたくない』


『ただ明日以降靴磨きする時は私が着いてく。それでいいか?』



「...っ!」


「ありがとう姉さん!」




ギュッ




『あのな、濡れてんのにくっつくんじゃない。服が引っ付いて気持ち悪いぞ』



「いいんだよ、姉さんだから」



『...』




麻里は優しかった。


対話が不可能な相手に対しても話し合いで解決しようとする性格だった。


私はそれを踏みにじる気はなかったし、その考えを共有することで自分自身もどこか平穏が保たれているような気がした。


だから今夜は静かに眠ることに決めた。


黄色のキャメル吸いながら。



__________________




カチャカチャッ ジジっ....




「キリ、仕事には慣れたか」



『はい。アメリさん』



狭い作業場のドアから上司のアメリが顔を出す。


ライト付きのメガネをかけていて、この時代にそぐわない白シャツに黒いぴちっとしたズボンをいつも履いているのだ。



「故障した古い家電を直すのは大変だ。失われた過去の技術を持っているのは君一人だけだし」


「しかも1900年代のビンテージも直せるんだから、もっと給料を上げてあげたいんだが...」



『もう充分貰ってますよ。月に2000ドルも』


『アメリさん、無理してません?』



「...」


「はは、君には敵わないなぁ」


「正直いうと少しね。でもその技術で大企業に就職できると思うとさ」



『...確かに。いいこと教えてくれましたね』



「え?」



『ははっ、嘘ですよ嘘。どっちみち妹を一人にさせる訳にはいかないのでここを辞める気はありません』



「まったく...」


「罰として給料1000ドル引いとくから」



『本当にすいませんでした』




『...』


『そういえば』



「ん?」



『ラーメン屋って知ってますか?』



「ラーメン屋?そこらにあるだろ?」



『いえその...美味いやつ』



「美味いラーメンか...私ラーメン好きじゃないんだ。あの油と鶏がらスープ混ぜただけの」



『...』





__________________




「今日はどうだったの?」



『いつも通り。何時間も機械いじくって、金髪の上司と会話する』



「ふーん」




仕事も終わり、午後2時には昨日と同じ路地を通って麻里と帰宅していた。


オフィスから出ると麻里が道具を持ちながら立っていたので恐らく迎えに来てくれたのだろう。


またも曇ったネオンを歩く。




「ねぇ姉さん。昨日のラーメン、やっぱ食べに行かない?」



『だめだ』



「なんで」



『小さい頃屋台で食ったラーメンとかけ離れてるからだ。あんなもの鶏がらスープに麺突っ込んだだけ』



「仕方ないよ、もうラーメン作る日本人が居なくなっちゃったんだから」



『...はぁ』



「そんな落ち込まないでよ。私も探してあげるから」



『...ありがとな』



「おーい、靴磨いてくれよ」



「あ、はい!」



『...』




いつも通りの明るいテンションで麻里は靴を磨きに行く。


自分なりの小遣い稼ぎらしい。


それでシブヤでよく分からないブーツを買うらしい。


それならドクターマーチンを買ってやると言ったら、どうやらドクターマーチンは時代遅れとのことだ。



『(私なんかフランスのタンカースジャケットに黒ジーンズだぞ)』



『...』


麻里は隣家のおじいさんの靴を丁寧に磨き始めた。


しばらく観察していると、その背後の裏路地から数人の男が麻里を睨んで立っている。




『(あいつら...昨日麻里をやったチンピラ共...)』





コツコツコツコツ





「よぉ、何の用だよ女」



『お前らこそ何の用だ。カマ掘られたみてぇな顔でガン垂れてんじゃねぇぞチンピラ』



「おいおいお姉さん、何怒ってんだよ。俺らはあのガキに用があんだぜ?」



『あれは私の妹だ。てめぇら昨日はよくもやってくれたなタコこら。ぶち殺してやるから並べや』



「おぉ〜ほんとにお姉さんって訳か。姉妹丼でちょうどいいや」


「いいぜ来なよ。まわしてやる」



「ちょっと姉さん...!」



『麻里ッ!』



「麻里?てめぇら日本人かよ、もう絶滅したかと思ってたぜ」


「俺達外国人に国乗っ取られて可哀想になぁほんと」



『んだとッ』



「姉さん!」




ぐいっ





『てめぇら覚えとけよ!いつかゴキブリ駆除してやっからなぁ!』



「逃げんのか腰抜け!そんなんだから国が崩壊すんだ、カス野郎!」



__________________



なんだかんだ麻里に手を引かれ部屋に戻ってきた。


私はコートを投げ捨てソファーに座り白いタオルで顔を覆った。




「...落ち着いた?」



そこには黒いTシャツ一枚で立っている麻里の姿が隙間から見えた。


顔は困り顔である。



『...全然』



「はぁ...」


「あのね姉さん。喧嘩売っちゃダメ」



『あいつらが売ってきた。証拠にお前が殴られてる』



「...」


「別に私は気にしてない」



『あのな麻里。舐められてんだぞ、私ら』


『このままだと一生舐められ続けて、またお前が殴られるかもしれない』


『それをわかってるのか?』



「...姉さん。確かに舐められて悔しいけど、そいつらより私達に親切にしてくれた人の方が多いよ。殴られるのを忘れるくらい」


「いつも靴磨きを頼んでくれるお隣のおじいさんとかアメリさん。他にもいっぱいいる」


「私はその人たちといる時間がとても楽しいし幸せと感じるんだ。だからその人たちの期待を裏切るような人間にはなれないよ」



『...』



「私は姉さんをそんな人間にしたくない。だって姉さんほんとはすごく優しいんだもん」



『...違う』



「ね、姉さん」





ギュッ






突如、暖かく柔らかいものが私の顔を覆った。




「麻里のお願い、聞いてくれる?」



『...苦しい』



「ねぇ...おねがい」



『...』




まずい。



私はこれにめっぽう弱い。



試しに大きく息を吸うと、麻里の花のようなほわっとした暖かい匂いが私の気を弛めた。




『...はい』



「やった!姉さん大好き!」




そういうと麻里は私の唇にキスをした。




『...ん』


『お前...どこでこんなの覚えた?』



「ぷはっ...さぁ、どこでしょう」



『このっ、バカにしやがって...!』





こちょこちょっ






「く、あっはははは...っ!」


「姉さんっ、やめ...くははっ!」



『だめだ』



「ごめん!ゆるして...はひひひっ!」




『...ふふっ』





思わず笑ってしまった。


そんな夜だった。




__________________








翌日、麻里が死んだ。




昨日のチンピラ共に鉄パイプで袋叩きにされ、絶命したらしい。




『...』





ザーザーと大粒の酸性雨が私を濡らす。



そう、ただ濡らす。



麻里の墓と共に。




『...』




そこには花の匂いも



________________




「____私は姉さんをそんな人間にしたくない。だって姉さんほんとはすごく優しいんだもん」



________________




『...』




麻里の暖かさも



_________________





『あのな、濡れてんのにくっつくんじゃない。服が引っ付いて気持ち悪いぞ』



「____いいんだよ、姉さんだから」




__________________





『...』




優しさも



__________________




「____私はその人たちといる時間がとても楽しいし幸せ。だからその人たちの期待を裏切るような人間にはなれないよ」




__________________







なにも、ない。




『...』





放心。



それは放ってかれた心のこと。



空洞の心には、なにも




『...』




ただ自動再生型お経ロボットが暗唱を続ける。


雨の音とこだましているようだ。



そこへ、ちゃくちゃくという音とともに誰かが来た。


アメリだ。




「......麻里ちゃんをやった容疑者達は警察に捕まって、裁判が明後日あるらしい」


「少年法を適用される可能性があるから...いいとこ禁錮30年って弁護士が...」



『...』



『30?』



「...ああ...」



『...』




ちゃくっ ちゃくっ ちゃくっ ちゃくっ




「霧...まだ葬儀は...」




ちゃくっ、ちゃくっ...




「霧......」




_________________




ここはどこだろう。



随分と人気のいないゴミ捨て場まで来たようだ。




『...』





ちゃくっ ちゃくっ




『...』


『麻里』





ちゃくっ ちゃくっ






『麻里』





ちゃくっ ちゃくっ





『...麻里』






ちゃくっ ちゃ....





『...』



『まりぃ...っ』





目に熱いものが浮かび上がった



これは涙だ



泣いても妹は戻ってこないのに。




『あ...あぁ...ぁ....』




膝を着いて遠くを眺める



見えるのは曇雲とゴミ山だけなのに




『ごおぉぇえ...』




びちゃちゃっ







ドサッ






『ぅ...』


『まり...』



『...ま...り...』





そして、暗闇に眠る。




__________________




...暗い



心地よい気分ではなかった



なぜ麻里といた暗闇はあんなに居心地が良かったのだろう



...寒い







「_______!」







...



誰だ



こんなに眠いのに






「____起きて!」








...




聞こえない



もっとはっきり、はっきり聞かせてくれ







「_____姉さん起きて!」







...



だめだ。もう寝てたいんだ。






「姉さん起きて!今日仕事だよ!」






...



そうだ。今日も仕事で...機械を直さなきゃ


























_______目を開ける。




















「もう、姉さん!お仕事!」




『...ぁ』





霞む目をなんとか焦点を合わせ、目の前の物体を確認する。


そこには_______





「_____おはよ。姉さん」





『まり...?』




黒いTシャツを着た麻里が私の顔を覗いていた。





「なに?姉さん」






『麻里ッ!』







ガバッ







私は思わず飛び起き、抱きしめた。







「え!ちょっと姉さん!?」




『良かった...ほんとに良かった...』


『...ちゃんと...存在してる...』




「姉さん...?どうしたの...?」




『怖い夢を見たんだ...恐ろしい夢だ』


『お前が死ぬ夢だ...袋叩きにされて...』



「...」


「そっか...怖かったね、姉さん」




麻里が私の頭を撫でる。





「じゃあ今日は一緒にお仕事行こっか。姉さんのお仕事見てみたいな」



『あぁ...一緒にいよう』




「さ、行こ!朝から姉さんと居れるの嬉しいなぁ!」



『...』



___________________



カチャカチャ...




今日は麻里と作業場に来た。


麻里は床に座って私の作業を不思議そうに見ている。




「姉さん、これは何?」



『あぁ、私が直してる途中の扇風機。ここから古くなったケーブルを取り替える』



「大変そう...」



『あぁ、大変だよ。でも私なら直せる』


『この技術を知ってるのは私だけなんだ』



「え、姉さんだけ!?」






「...おい、霧...」







何かが聞こえる。


でも私はそれを振り切って麻里と話を続けた。





『あぁ、知らなかったか?』



「元から手先が器用なのは知ってたけど...世界で1人だけなんだ...」



『どうだ』



「うん...ほんとに凄い」


「ふふっ、さすが姉さん」








麻里は体育座りで私の顔をのぞき込みながら微笑んだ。


顔を少し赤らめながら__________






















「____霧...君は一体誰と話してるんだ...?」



















『...』


『...アメリさん』




麻里が消える。


アメリのその不安なそうな一言によって。


明るかったその作業場は一瞬にして薄暗い部屋に戻っていた。




「...今日は休みのはずだ。やはり精神状態が良くない...」


「病院まで連れてってやる。それか私の家にでも...」






『____屠蜀』





「...」


「...は?」




『...』





コツ コツ コツ コツ







「おい、おい待て霧!」


「霧!」





コツ コツ コツ コツ...







「なんて...顔して...」




___________________




「では、全員起立」






______翌日、裁判が始まる。



私は遺族が座る席に座っていた。







ガタガタガタ...





「おい、あの眼帯してるやつ遺族か...?よく裁判これたな...目キマってるよ...」



「う...遺族の方。裁判官としてひとつお聞きしたいのですが、その右目はどうなされたのですか?」



『...』



『自分で...やった』





ピラッ





黒い眼帯をめくる。


その中には眼球などとうになく、歪に何十ものミミズのような切り傷がついていた。






ざわっ....






「なんだありゃ...」



「静粛に!こ、これより開廷する!」





「まずは原告代理人」




「はい。2056年5月6日午前15時23分、被害者は________」





『...』





ニヤっ






「...ッ!」




試しに向かいの椅子に座っているチンピラ共に笑って見せた。



奴らの不快そうな顔が見える。




『...』




「遺族の方...どうかしました...か...っ」





ガタッ





勢いよく席を立ち、私は______






パァンッ パァンッ パァンッ パァンッ






____チンピラ5人に向けて弾丸を発射した。








「うぉおッ、あいつ銃持ってるぞッ!」



「被告人たちが撃たれた...!」


「警備員!警備員ッ!」




背後からけたたましい足音が聞こえる。


警備員だ。




「君、銃を捨てなさい...ッ!」





くるっ





「なっ...」



バシュッ バシュッ





その男の警備員は目を丸くさせ床に倒れ込む。





「あいつ警備員も撃ったぞ...!」



「ここを開けてくれぇ!」






『...』




ドスッ




壁際まで歩き、血まみれのまま力なく床に座り込んだ。





『ふぅ...』





ぐったりとして壁に寄りかかってると、麻里もまた私の隣で座っていた。


薄暗い室内が陽を浴びたように私たちを照らしあげる。





「...ねぇ、姉さん」




『...麻里』


『...疲れた』




「うん...いいよ、そこに居て...?」







ギュッ






『...』






もう一度、麻里の胸元に抱き寄せられる。






『すぅ...はぁ...』




「...落ち着いた?」




『...うん』




「もう、これじゃ私がお姉さんみたいじゃん」



『ばか、姉は私だ』


『そして麻里は...私の妹』



「うん...そうだね。やっぱりそれがいい」



『あれ...してくれるか、そろそろ』



「...あれ、して欲しいの?」



『...うん』



「ふふっ、いいよ。ほんとにお姉ちゃんなのかなぁ」






そして、麻里は私に________








バァンッ















最後のキスをした










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