閑話休題 恋心

正直自分は心の機微や察しはいい方だと思っている

幼馴染のマリーに対して同情を向けられたくないと思う自分の気持ちだって奥底の気持ちを見てみれば好きな女の子にプライドを傷つけられたという感情の裏返しだと理解している

婚約者でもない相手に手紙を出して二人きりで会うのは公爵家の令嬢らしからぬ行動だということも何となくわかっていた

それでも出したのは彼女にとってそれが重要だと感じたから


あの日のお茶会を見ていれば彼女の公爵家の令嬢らしからぬ行動を見て眉を潜めた彼

いい意味でも、悪い意味でも

この屋敷にいて彼女の優しさに触れた人間は彼女に指摘することを忘れてしまう

それは自分も同じことで何か違うことを感じながらも彼女に指摘することができていなかった

だからこそ

愛情で包まれた箱庭の中で唯一眉を潜めた彼と会うことは大事だと思った

それと同時に別の場所へと手紙を書いたのは彼女を思ってのこと

変な方向であの一途な恋心が暴走すると彼女の害になると思ってのことだった

本当に絆されたことを自覚しながらもあの日手紙を書いたこと自体は間違っているとは思わない




「考え事をすることは悪くないよ、命を伸ばせる」

「いやぁ…本当に勘弁してくださいよ」



公爵家の裏手で

簡潔に書かれた返事に従って現れた自分を待っていたのはにこりと笑う一人の青年

我が国の第二王子は肉付きの悪いイケメン度が損なわれるような体つきでその場に立っていたがどちらかといえばお嬢様の頑張りが上手くいった体つきともいえる

お嬢様と会っていない間も運動をしっかりとしていたのだろう自分と比べると明らかに肉付きはいいままだが大分肉は落ちて筋肉質になっている

にこりと笑うその顔は自分からすれば醜悪な顔ではあるもののそれは自分自身も同じ条件

だが、醜悪さとは別の悪寒がするのは目の前の青年が笑顔を浮かべながらも怒っているからだろう

正直に言えば屋敷に戻って部屋に閉じこもりたくなるほどだった



「むしろお嬢様の様子を見ることもできていないロイ様にお伝えしたんですから感謝して欲しいところですけどね」

「それは感謝しているよ。しかし、君も彼女の危うさは分かっているだろう?これで醜聞でも立てられようものなら…」



困ったようにしながらも続けてそう呟いた彼の表情からはお嬢様への深い愛情がまだ残っているように思える

昨今会えなくなってもしかしたら自分に飽きたのか等と見当違いの方向に思考を飛ばしている彼女には悪いがこの執着心も見える感情が飽きるにはもう遅すぎると感じる

飽きる、飽きないの次元などとっくに超えている

むしろ過度に謙遜して王子の使い道を間違えれば害が及ぶ類の執着にも思えて仕方がなかった


しかし、そんな感情の機微を我らがお嬢様が理解できるはずもない

近くにいて分かったのは彼女は極めて男性的だということだ

勿論マナーが男性的だとか容姿が、等というつもりはない

思考回路に男性的な考え方が根付いている

先天的から男性的な考えをするのではなくあれは後天的


女性らしい考えをする彼女の思考を塗りつぶすかのように後から教育されているあれこれが女性的な視点から見た彼女の隙を作っている

例えば、お茶会に当主として向かい入れる動きをしたり

例えば、領地の設営においての判断要素だったり

例えば、自分にとってのいい行いを優先するあまりの迂闊さだったり

将来嫁に出されるとき、いや第二王子の婚約者であり続けるためですらその迂闊さはあまりにも危うい

噂に頓着しない、周囲への評価を気にも留めない

公爵家としてのあり様や噂は気にするが自分自身のものは一切考えない

本来であれば親から教えられる周囲からの評価への理解力が著しく低い

むしろそう教育されている



「……はぁ、どうやら彼女の妹だからと言って色々甘く見て動いた結果が良くなかったようだね。最悪彼女を閉じ込めることも検討はしているけど、あまり嫌われたくないからな」

「……あのー。あまり物騒なこと目の前でいうのはやめてもらってもいいですか?反応に困っちゃーう」

「反応に困っても対応できるのが数少ない君のいいところだろう?」

「いやぁ、そんなに過剰評価されちゃうと俺もガンバレチャウナ」

「過剰評価ではないよ。だから、一先ず君にやってもらいたいことがあるんだ」

「……あはは、それって保証出ます?」

「出来高制でよければ」



自分の中で考えがまとまったのか呟いていた言葉を止めて物騒なことを言いながらもにこりと微笑む第二王子に思わず頬が引きつった

正直自分は心の機微や察しはいい方だと思っている

だからこそ、今この瞬間だけはあの時手紙を書いたことを心底後悔した


それでも、お嬢様がこの目の前の男にとじ込められる前に手を打てたことに対して何処か誇らしく思える自分を少しだけ好きになれた

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