閑話休題 私の姉

産まれた時から私に課せられていたのは公爵家を継ぐ旦那様を迎え入れるという重荷だった


歩き始めた頃には公爵家がなにかを教えられ

自分でご飯を食べる頃には嫁の基礎を叩きこまれた

何て言ったら大げさに聞こえるかもしれないがそれと遜色ない教育が施されていた


甘やかされなかったわけではない

甘えることを許されなかったわけでもない

ただ、それに伴う厳しい教育は受けた

それは私の3歳年上である姉も同じで、なんなら姉の教育内容の方が厳しいものだと知っていたからこそ耐えられたこともある

私の記憶に残る姉の姿はいつも本を抱えて忙しそうに走る姿だったからだ

絵本の中の姉妹はいつも仲がよさそうにお茶を飲んだり遊んだりしていたけれど、私と姉はそうではなかった

それでも姉が私のことを嫌っていないことは唯一顔を見合わせる食事の席で充分に理解出来ていた

私が嫌っていないこともその時に姉に知らせられているならそれでいいと思ってすらいた

無理に話すことはしないが嫌いあう中でもない

私には母が三人いて、姉もいて、優しい父もいる

それが家族で、私はこのまま母たちが選んだ旦那様を娶り公爵家を支えていく

それでいいと思っていた


一つだけ強いて不満を言うなら周囲のみんながいう太った姿というものが魅力的に感じられず筋肉質な体の人に好感を抱いていたものだったがそれも公爵家の婿を見つけるにあたり小さなことだった

自分の婚約者がガリガリで嫌だとたまに不満を漏らす姉の姿を見ていたからか自分だけ特別に不幸と思ったりもしなかったからだ

姉がたまに漏らす普段勝ち気で強気な姉の婚約者への愚痴は少しだけ姉の弱いところを見られるようでむしろ好きなまであったのだ




そんなある日

今から5年前、私が7歳。姉が10歳の頃だった

あの日から全てが始まる


いつも通りマナーを勉強しに母の部屋に向かえばそこで告げられた一言は驚くべきものだった


「あなたが王家に嫁いだほうがいいと思うのよ。だってお姫様好きでしょう?」


柔らかく優しい声色でそういわれた

最初は意味が解らずうなずいていた

そして、私が姉と同じ10歳になるころには理解した

つまり、義母は婚約者が嫌だと漏らす姉がかわいそうだから私に婚約者を相手させることによって姉に好きなタイプの婿を取らせようというのだ

どうしようと思ったけれどもうそのころには遅かった


その日からだろうか、姉の動きが変わっていくのを感じた

昔から教えられてきた内容だから姉の動きが私が教えられていた動きだと何となく理解できた

婿をとって支えるといっても血筋的には私のほうが上だからと自分の屋敷のようにお茶会を開くマナー

姉は年齢が上だということも、性格的に向いていたのもあるのだろう

私よりもはるかに上手に動けていた

そのことを満足そうに見るもう一人母の姿を見たとき、私は姉よりも愛されていないことを自覚した

最後の母には聞けなかった、父にも

私より姉のことを愛しているかなどと聞けるわけがなかった




どうしたらいいのかわからないまま母の言う通りに動いた

姉が厳しく相手に接しているうちにと気遣う手紙を送ったりもした

だが返事は一度も来なかった


母が言うにはロイ様を口説き落とせれば婚約者は挿げ替えることができるらしい

幸いといってもいいのかどうかわからないが姉が頭を打ってから罰を周囲に与えだした影響で太らせていたロイ様の体つきは引き締まるようになってきており

私的にも太っている人物に嫁ぐよりはまだ夢を見られるようになってきたのと同時にロイ様が家に通うようになっていた

母と協力しながらロイ様が姉と会えないようにしながらも偶然を装ってお相手を務めたりもした

柔らかい笑顔で毎回話し相手になってくれるロイ様を見て少しは好意を持っていただけているのかと思ってもいたのだが





あの日それが全て幻想だということに気がついた



「そろそろ茶番に付き合うのはもういいかい?」

「え?」



姉の婿探しがはかどっているのだろうか、姉が一人でラリア・ミライル様に会いに行ったという噂を聞いたその日

いつも通り姉の代わりに相手しますと向かった私を見据えて優しい笑顔を浮かべたままロイ様はそう切り出した



「レデアナが貴方のことを大事な妹だと言っていたんだ」

「……」

「僕にとって君の価値はそれだけだ」



ガーベラのカップをもとに戻して彼はそういう

元に戻したといっても口につけた振りをしただけだ

彼は一度だって私のお茶を飲んだことはない



「正直うんざりしているんだよ。優しいだけの手紙も、愛しい人との時間を邪魔されることにも。君が何を考えどう動かされているのかは大体把握しているよ。でも、僕はそれに興味がない」

「興味が、ない」

「あぁ、そうだよ。君のために何かを成し遂げようと。君を手伝おうとするほどの矯味がまったくもって君には沸かない。いや、そもそも僕は彼女以外心底どうでもいい」



優しい笑顔で、優しい口調は変わらないまま彼は言葉を継げる



「だから、もしこれ以上邪魔をし続けるつもりならば君の価値はもうないよ」



それだけだ、と言って立ち去る相手を止める気にはなれなかった





母にそのことを告げるべきか私は心底迷っていた。失望されるのが嫌だった

だからこそ、私が本格的に邪魔を始めたときに申し訳なくなって一方的に避けていた姉のつかむ手を振りほどくことはできずにそのまま思っていたことを吐露してしまった

姉は私を抱きしめる

抱きしめられたことなんて姉だって数えるほどしかないだろうにそんな姉は私の頭をなでる



私は泣いた、涙をこらえることもできなかった

気が強くて、我がままで、誰からも愛されている

少しだけ私の嫌いな姉


でも、そんな姉が私は心底

大好きなのだ

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