第13話 愚かな道

「…………」

「いらっしゃいませ、ラリア様。お席にどうぞ」



眉間の皺が深く刻まれている、本当に嫌そうな態度を隠さない腹芸はできそうにもない姿に今は少しだけ安心した

目の前にいるのはラリア・ミライル様

彼だけを今回呼び出したのだ、場所は変わらず庭園内のテーブル

今日も私は椅子に座り相手を出迎え今はお茶を傾けている

…傾け半分ほど顔を隠さなければ睨む顔に恐怖を覚えていると察してしまわれるだろう

何せ凄く怖い顔で睨んでいるのだ。イケメンが睨んでくる顔強い

アイラ嬢の柔らかな笑顔が恋しかった



「そう睨まないで下さいな。貴方にも貴方の婚約者にも害意はありませんよ」

「………………すみません、でした」

「え?」



無言で睨まれること数分

コップの中のお茶がそろそろなくなりかけ限界だと思ったとき小さな声が目の前の相手から聞こえた

思ってもみなかった言葉に驚きを隠せずコップを下してしまった。きっと今の私の顔は間抜けな顔をしているだろう



「…アイラから聞き、ました。貴方様に貶める意図も敵意もないのだからあの態度はよくなかったと。…なので、もし何か罰を、と思い呼ばれたのならどうか自分だけにして下さい」

「そんなことしませんけど!?」



驚きのあまりサティアの口調が出た状態で机を叩き立ち上がる

私のその態度に驚いたラリア様は目を見開き瞬きを数回…同じ驚いた顔でも絵になるんだからイケメンってずるい

案外幼く見えるな…と思いつつもこほん、と咳払いをして席に座り直した

仕切り直したらさっきの態度見逃してくれ…頼む



「……失礼。ただ、罰の為に呼んだのではありません。貴方の姉君が領地を継ぐに当たってどういうことをしていたのか教えていただきたく思いましてお呼びしました」

「…姉さんのことですか」

「えぇ、そうです。教えを乞うためにお呼びしたのです。罰を与えようと思ったわけではありません。それに教えていただくのですから口調も崩していただいて構いませんよ」



ミライル家は貴族社会で唯一といってもいい女性が領地を治めている場所だ

ラリア様の兄であるティート様は体が強くないらしく、指揮系統などを実施できる体力がない。そのため、嫁であるルーベ様が家の指揮系統をすべて担っているというのは貴族社会では名の知れた公然の秘密だ

だがそれは領地の狭い力の弱い家だからこそ許されていること

もし、私が公爵家を継ぐとなれば公然の秘密どころでは済まないだろう。それでも、道の一つとして思いついたことを聞いておきたかった


僅かながらの違和感だが敬語を使い慣れていない口調を感じる相手に口調を和らげるように提案しながらも早速本題に入る

公の場以外で必要のないものを態々教育するつもりも強いるつもりもない

小さく息をのみこちらを伺う視線をしていたラリア様は最後に息を吐いて肩の力を抜いたようだった



「すまない、ではそうさせていただこう。やはり、貴方は領地を継ぐ心持ちがあるのだな」

「やはり、ですか?」

「あぁ。お前の動作は主としての動きだ。あのお茶会の日、婚約者も同行すると聞いていた、それならば一番上の席をお前が座るのは違うだろう」



何がやはりなのかと不思議に思い問いかけた私の気持ちに不思議そうにしながらも帰ってきた婚約者が同行するはずだったのに居なかった、その事に対して胸が痛んだのは一瞬だけ

その後続いた言葉に思わず息をのむ


目から鱗が落ちるとはこのことだろうか


確かにそうだ。それこそサティアだった時はそうしていた。夫を立てるために上座を譲れと言われて婚約者が来たときはそうしていた

なのに、サティアの意識が戻ってもなお何故今まで上座に座り続けていたのか



レデアナがそう教育されたからだ



上座が貴方の座るところだと、マナー教育のお茶会の席ですらお義母様は私に上座を譲っていた

だから、ホストをしているお茶会は全て自分が上座に座った

例外は第二王子に会いに城に行っていた時だが、その時はホストは上座に座るものとばかり思っていたから何も疑問に思わなかったのだ

疑問に思わせてもくれなかった

マナーの講師として完璧だと思っているお義母様の教えが間違っているはずがないと何も疑わずに信じていたのだ



「……そう、ですね」

「………だから、俺は公然の秘密になっているとはいえ俺の家のことをからかっているのかと思い態度が悪くなってしまった。すまなかった」

「いえ、そう思われても仕方ありません。許します」



片手でメイドを呼びお代わりを入れさせながらも思わず寄った眉間を解すように指で押さえる

公然の秘密とは言え、秘密にしている嫁が家の実権を握っているという行為を目の前でこれ見よがしにされたらからかわれていると判断するのは仕方のないことだろう

態度だって悪くなる

だから、これはラリア様の問題ではないのだ

私の家の問題だ

まるで私を公爵家の跡取りにするようなマナーを教えていたお義母様が何を考えているのか、それを知らなくてはいけない

考えなければいけない

私はあまりにも自分の持っているもの以外を知らな過ぎている



もし、サティアの記憶を思い出さないままこのまま知らないままでいたらと思いつきぞっとした

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