第12話 サティア

正直部屋を退室したからと言っていく場所はなかった

自室に戻ればメイドたちがいるものの、今の私の顔を見ればきっと心配をかけてしまうであろうことは予測できる

それ程までに顔色が悪い自覚はあった



今まで浮気しろだの、妻を複数持てだのロイ様に言ってきた自覚はある

この世界のモテる男はみんなそうだし実質我が家はその条件を満たしていながらうまくやっている

母たちはいがみ合うほど仲が悪いわけではなく各自の得意な方面から家を支えている

それこそが貴族として素晴らしい在り方だというのがこの世界のやり方だと頭ではわかっているのだ

ただ、どうしても嫌だという心がある

レデアナの一部となったサティアが浮気されることの苦しさを、過去の痛みを痛いと嘆いている



サティアは自身の婚約者のことが好きだったのだ

信頼していたし、信用していた

彼となら一緒にこの先もいられると思っていたし、彼とこの先も歩んでいきたいと思っていた

彼だけを愛していたのだ

それはもしかしたら幼い頃から言われていた降り積もった責任感からくる誤認だったかもしれない。真実の愛とはいえないものだったかもしれない

それでも、彼女にとっては恋だったし愛だった

家族には何食わぬ顔をして平気な振りをして筋肉に没頭してきたが

純白の雪道を足で踏み荒らされたかのようにもう戻らない痛みを抱えて生きてきた

そして、死んだ


サティアが嘆いている、もうあの痛みは嫌だと怖がっている。

レデアナはサティアではない。彼女はもう過去の人であり今を生きるのはレデアナ自身だ

だが、サティアはレデアナであり最も身近な隣人だった。切り離せるものでもないし切り離す気もない

出来ることなら痛いと嘆いている彼女の隣で肩を寄せ合い抱きしめていたかった。もう、そんな恩知らずのことを思って泣かなくていいのだと慰めていたかった

でもそれはできない。彼女はもう死んでいるから


だからこそ、私ができることはこの子を抱えて生きていくことだけだ

抱き寄せ温もりを分かち合うことは叶わなくても

この子の未来ともいえる今の人生を悲しいままで終わらさない





息を吸って吐いて呼吸を整える

考えはまとまった

自分のできることをしよう

いつだって私は自分の中で正しいと思うことをやってきた

それが例えどうしようもないほどの間違いだと気づく時が来るとしても…ロイ様に浮気しろとさんざん言っていたあの時だってそれこそが正解だと信じて実行していたのだ


浮気がなんだ

まだ決まったわけじゃない

悲しむのは後でもできる、怒るのだって今じゃない

私の名前はレデアナ・ユークリフ

公爵家の長女であり第二王子の婚約者

いつだって私は正しいと思う道を選んできた

今日だって正しいと思う道を選ぶ



道を決めたら後は簡単だ

必要な情報と人材に声をかけるだけ

この状況を打開する、または今後に向けての情報を持つもの…


現状は浮気をされていると決まったわけではない、だが正直浮気が本当だったとしたらサティアを思い出した今の私にとってはロイ様と歩む道はなくなる

しかし、この世界は一夫多妻性

それだけを理由にして婚約破棄などできるはずがない


第一、妹がロイ様に嫁ぐとなると公爵家を継ぐために婿養子を入れる計画自体がなくなる為跡取りが居なくなる

ならば、私と婚約者挿げ替えが行われる可能性のほうが高くなる


つまり…

そこまで考えれば方向転換をして自室に向かう

手紙を書く先は決まっていた





本当は本人に聞くべきなのに

私はまだ直接向き合う勇気は出ない

ロイ様に心変わりしたのかは、聞けなかった

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