閑話休題 ロイの見える世界

真っ赤な髪の毛は燃えるようで、怒りに燃える瞳と相まってとても綺麗だった

女神さまがこの世にいるのであればきっとこんな姿をしているんじゃないかと思うくらいの麗しい姿


「汚らわしいわね、きちんとしなさい」

汚いものを見るかのようにそう言った君の瞳に僕は確かに存在していた




他国ではどうかわからないが、わが国ムーデアナ国は家督相続制だったのが運の尽きだったのだろう。兄の容姿が優れていないこともその原因の一つかもしれない


生まれた時から長男のスペアであった僕は兄よりも劣っていなければならなかった

太りにくい体質の兄よりも太らないようにと兄が痩せれば痩せるほど僕の食事の量は減っていき最終的には一日一切れパンがあればいい方だった

勉学が嫌だと逃げ回る兄よりも劣っていなければいけないと、文字の書き方以上の学問を教えてもらうことはなくなり、本を読むのも禁止された

そこまで来ると自分の仕える主は役立たずだと見放すものも出てきて広い離宮の中、誰一人僕と会話するものも世話するものもいなかった。

服は誰も洗濯してくれなかったからたまに水道で見様見真似で洗っていたがどんどん臭いがきつくなっていった

それでも誰も視界に入れてさえくれなかった



第一王子が公爵家の長女を振ったとメイドがよく話す食堂の陰で聞いた。誰も自分に注意を払わないからこそ人の話を盗み聞くことで常識を学び、情勢を学ぶことができた。10歳のころにはきっと自分は優秀とされる方なのだと自覚はあった、盗み聞いていた情報を使えば今の立場を変えることすらできる法案を何個か思いついてはいたほどだったが特に意欲はなかった。この立場を変えたところで兄のスペアであることに変わりはないのだ

どうやらその振られた少女は体つきが貧相な方らしく、父上の好みを受け継いでいる兄のお眼鏡には叶わなかったらしい。その話を聞いてからその少女が僕の婚約者になって目の前に現れるまでに数日も立たなかった

どうやら政治的な観点や身分の問題で国にとどめておきたいという裏事情があるのは何となく察しており、兄の我儘に振り回されている少女ということで自分と一緒だという仲間意識を通り越して哀れみすら感じていたのかもしれない

蝶よ花よと育てられたのに外れを掴まされた可哀そうな娘

公爵家であれば自分の置かれている現状くらいは知っているだろうから無視してくれて構わないが最低限の義務は果たしてくれたらいいな。もしかしたら嫌すぎて泣いているのかもしれないな…それなら少しだけめんどくさい。そんなこと思う僕とは裏腹に彼女は堂々とした面持ちで顔合わせの場に現れた

そして、上記の発言に繋がるのだ



彼女は僕にそんなことを言って、その後衣装室に案内しろと言ってきた。メイドたちが案内しようと動き出すがそれでもその場を動かずに僕だけを見ていた

彼女が言外に屋敷の主である僕の言葉を待ち尊重していることがわかる。メイドたちはその様子に困ったように見ると、数分後初めて僕を視界に入れた

今まで変えなかった世界が彼女によって変わった。しかも、手に入れた情報を使用することや脅すこともなくただの視線一つ、態度一つで彼女は変えてしまったのだ


衣装室を見た彼女はボロ雑巾だから捨てろと言って部屋の数枚しかない服をメイドたちに捨てさせた。勿論、その行動も全て僕に許可を求めて僕が命じた。今まで頑張って自分なりの洗濯をしてやりくりしてきた服だったけど彼女の前ではそんなものただの布に思えた。明日の着るものを心配する気持ちはなかったといえばうそになるけど結果としてはその心配すら杞憂だった。次の日彼女の家から大量に服が届いたからだ、そのお金は彼女の小遣いから出していたことを服が届いた数日後のメイドたちの陰口で聞いた


その日から

服も、食事も、学問も

今まで与えられなかったもの全てを彼女が与えてくれた



婚約者との月一回の面会だって本当は来る義務なんてないのに彼女は毎回足を運び、僕のことを見て侮辱していく

服の着方が悪い、鶏がらみたいで気持ち悪い、こんな簡単な問題もわからないなんて馬鹿だ

その面会が増えるにつれて段々とメイドたちの憐れむような視線が僕に注がれるようになっていったが、僕はその面会の日が楽しみだった


服のセンスが変わり見た目がよくなると彼女は少しだけ満足そうに顎を引く

肉のついてきた手足を見れば安心したように息を吐く

本を読んだ冊数を見せれば驚いたようにわずかに目を見開く

兄に振られたことにも、僕を押し付けられたことにも怒りを覚えていた僕と出会った彼女のわかりやすい態度とは裏腹な小さくてわかりにくい彼女の反応が愛らしく思えた

どれだけ侮辱してきても、何を貶しても、彼女はこの離宮内部で行うこと全てを僕に最終許可するように求めてくる

僕の立場をわかっているだろうに、それでも僕の立場を重んじて考えてくれる彼女の尊重は心地よく、それと同時に素の彼女をもっと見たいと願った

彼女の求める僕で居続けることがその近道とさえ思っていた


だけど、あの日

彼女が僕の肉がついた体を見てほんの少し顔を赤らめていたからつい、彼女の手を握ってしまった

そのことで怒った彼女が出ていくのに時間はかからず、反省しながらも次回はもっとうまくならなくてはと考えていた頃

頭を打って意識不明との連絡が入った




彼女は変わったと人は言うだろう

見舞いにいき目覚めた彼女は僕の握った手を見て頬を染める。その姿を見てなんとなく今までの彼女と違うことを感じた

彼女が変わったわけではないことは僕も、彼女の両親もわかっている。それでも、きっとこれから虫が増えてしまうだろう


この愛おしさが増してしまった彼女を閉じ込めるためにはどうしようかと彼女の求める自分を離れて頭を動かしていく

だって、こうなってしまったら仕方がない。女神さまは僕のものだ



女神さまに手を差し伸べられたあの日

僕は初めて必要とされる人間になったのだから、もう手放せない

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