M2092/SR
10時30分、始まりの鬨 1
『────………警察庁の発表によりますと、先月二十五日に相模湾海岸跡公園由比ガ浜海岸地区にて発生した事件以降、同様の事件発生率が、例年に比べて増加の傾向を示しているということです。また、その煽りを受ける形で疑似近代戦闘に対する疑問の声が上がっており、本日午前七時頃から、都内でデモが行われています。これに対し、日本疑似近代戦闘連盟は────』
授業を抜け出し、屋上で紙パックのイチゴオレを飲んでいた愛乃が、隣でニュース番組を見ている恵漣の顔を覗き込む。
「ニュース見てんじゃん。知的レベル上がってんね?」
「っしょー。これからはここの時代よ、やっぱ」
自分の頭を人差し指でとんとんと叩きながら、恵漣が答える。
「眼鏡掛けとく?」
それに愛乃が茶化す様に答え、恵漣も追従する様に話に乗る。
「ありあり。つーか今度買いにいかん?」
「伊達メ購入の旅始める?」
キャスターが話す内容など耳に入らず、二人は談笑を続ける。
週末の予定を立てた二人は、一頻り笑い合った後に珍しく静かになり、これまた珍しいことに、ニュース番組へと意識を移した。
『────………自衛用火器の再免許制化に対しては、この様な事件が起きている以上自衛手段を制限すべきではない、という意見がある一方で、そもそも免許制であれば同様の事件は防げた筈だ、という主張も強まっています。
これらの意見、主張を深く知る為、本日は自衛用火器制度に詳しい、高見堂大学の内田教授にお越しいただいています。内田教授、よろしくお願いします────』
小難しい話が続く中、二人は同時に、空を見上げる。初夏の空には、白い絵の具を水に溶かしてスポイトで垂らし、筆で刷いた様な雲が風に押されて飛んでいた。
相模湾からの潮風を髪で受け止めた愛乃が、隣に座る恵漣に、ぽつりと言う。
「────………この前さー、ひばおが言ってたじゃん」
「この前?」
「由比ガ浜行った時」
「あーね」
今正に、画面の向こうで取り上げられていた事件が起こった場所。二人も雲雀達と共にあの場に居合わせたが、その時のことを言っているらしい。
「ひばおさ、多分何千年も前から、皆生き辛いって思ってるーみたいなこと、言ってたじゃん?」
「言ってた。ひばすけマジ達観少女」
思い出した二人が、可愛い見た目からあんな言葉が出てくるとは、と笑う。しかしそれも束の間で、再び少し燻んだ青空に視線を移して、平坦な声を出す。
「なんかさー。………やっぱ、退屈じゃね?」
「………それなー」
特に不満のある人生を送っている訳ではない。今のままでも充実していると言えるし、日常というのは刺激が少ないからこそである、とも考えている。
しかし、想像する数年後の自分の姿が、酷く退屈に思えてしまう。それが普通だし、今の自分達の小さな不満が子供故のものだ、とも理解しているのだが………
それでも、と愛乃と恵漣は、ベンチの背凭れに体を預けて、流れていく雲の行く末を想う。
「うちらさー………」
「ん-?」
「………十年後も、こんな感じなんかね」
「………そーなんじゃね。知らんけど」
「だよねー………」
皆が通る、若さという名でコーティングされた、未熟故の思想だ。子供でなくなるにつれて過去へと流されていく、十代特有の小さな焦燥感。自分が特別な何かになれるという、現実から目を背けた空虚な希望だ。
だが、つまらない子供の戯言だ、と理解していても、早々にそれを放棄することが出来る程、二人の精神は成熟していない。
「もーすぐ夏じゃんね」
恵漣が旧逗子海水浴場の方向へと視線を移して、つまらなさそうに、夏の到来で心を落ち着かせようと試みる。しかしそれではまだ足りない、と大きく溜め息を吐くと、二人同時に、退屈だと平坦な人生への物足りなさを吐露した。
「なーんか、ないかなー」
「なんかって?」
「こう、弾ける感じ」
「あーしらがやんなさそうなコトやる、とか?」
自分達とは縁遠い何か、と言われても、そんなものが即座に浮かぶのであれば、それは縁遠いとは言えない。そもそも、何を以てすれば弾けていると言える状態になるのか。それすらも分からない。
多少の特技はあっても、それで人生を変えることができる人間は一握りだ。そしてその中にはまず間違いなく、この二人の席は無い。
それを分かっているからこそ、こうして授業を抜け出して、屋上で二人、黄昏れているのだ。
「あー。────………超、退屈」
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