オペレーション:ポッシビリティ 18

 弘海学園では、毎月第一木曜日の職員会議後に部費が支払われる。この時代の部費は顧問の"カフ"から部長の"カフ"に直接送信される上、記録ログも残る為に不正使用や横領が少ない。

 部費の金額は基本的に、部活動に掛かる費用に部員数を考慮したものとなる。中でも疑似近代戦闘は金の掛かる競技である為、国から一定の補助金が出る程だ。

「やったー!部費が増えたー!」

「増えたー」

 第三部室棟二階の角部屋。六人で使うにはあまりにも手狭が過ぎる部室の中央で、流と有が万歳をしている。

 六月五日、木曜日。

 夏季大会地区予選の前日、午後四時七分。

「ちょっと、狭いんだからはしゃがないでよ」

「つ、潰れ、潰れる………」

「織芽、魅明が危険な状態」

「わ、ごめん!」

 ただでさえ狭い室内だが、他の競技と比べても備品となる銃器類や弾薬などが嵩張る為、それを保管する棚で圧迫されている。そこに机やらソファやらが入れば、整理が行き届いていたとしても、足の踏み場にすら困るというものだ。

 故に、中央に二人が大きく陣取って万歳などしていては、他の四人が壁際に追いやられるのは当然のことである。

「別の部室に移れないの?」

 雲雀が押し潰されない様に、と身を盾にしている碧羽が、織芽に問う。確かに、基本的に屋外での活動とはいえ、このままでは作戦会議すらままならない。試合を勝ち抜くことを考えれば部員の勧誘も必須だが、今の時点でこの狭さだ。あと一人でも増えれば、机の上が定位置になる者も出てくるかもしれない。

「難しいわね。部員数的には許可が下りてもおかしくはないけど、第三部室棟はサッカー部とか陸上部も使うから」

 一応、隣の部室は現在空き部屋となっている。物を片付ければ使わせてもらえないこともないだろうが、手続きには多少の時間が掛かるだろう。

「生徒会、に………相談した方が、いいかも、ねっ」

 流を押し退けて、碧羽が雲雀と共にソファに腰を下ろす。

 流、織芽、有、魅明の四人は、この部を復活させる際に一度、生徒会長と副会長、会計の三人に会っている。昔のアニメなどに見られる様な横暴などある筈もなく、話の分かる人物達ではあったものの、期末テスト前に仕事を増やすのは少々気が引けた。

「ん-、先にマリリンに聞いた方がいいかなぁ。どうせ最終的には、先生達の許可が要るんだし」

 それは正論だが、と椅子に座る流に視線が集まる。流は部長という権限を使って、この狭い部室内で最低限の空間を保っていた。その横行に、五人の表情が消える。

「え、何?なんか怖いんだけど」

 椅子に座ったまま後退る流の肩を織芽と有が押さえ、雲雀と碧羽が無表情のままにその脇腹をくすぐる。

「ひ、ぁは、ちょま、あひっゃあはははっ!ま、待って、ノグっちゃんヘルプ!」

「独裁者に制裁を!人民に自由を」

「なんかノグっちゃんが怖いんですけど!」

 "カフ"でその様子を撮影している魅明が、いひひひと魔女の様な笑い声を漏らす。

 一頻り流でストレス発散をした一同は、さてこの後どうするかと顔を見合わせる。

 練習すべき場面ではあるのだが、狭い練習場での射撃訓練だけではどうしようもない。いっそのこと、雲雀を主体とした行動訓練にすべきか、と唸るが、それも運動場を広く使わなければならないし、校外での練習ならば顧問の許可が必要だ。

「じゃあ、私はマリリンのとこに行ってくるよ。会長の方は………」

「わたしが行くわ。皆は適当に、体を温めておいて」

 はいはーい、と二人を見送り、四人が動き易い服装へと着替える。

 翌日に試合を控えている為、今日は最低限のトレーニングメニューが望ましい。雲雀は多少射撃訓練を行うかもしれないが、疲労を持ち越しては本末転倒だ。

 いつもの様に第三部室棟裏へと移動した四人が、二人ずつ組になってストレッチを行う。

「やっぱ柔らかいね、雲雀。うん、柔らかいっていうか、軟体」

「私はタコじゃない」

「いや言ってないし。………あ、たこ焼き食べたい」

「たこ焼きー。マヨネーズたっぷりのたこ焼きー」

「この辺には無いですよ、たこ焼きのお店」

 あれだけ飛んで跳ねてをしているのだから当然だが、雲雀は非常に体が柔らかい。しかし意外にも、魅明もかなりの角度の開脚を見せている。

 碧羽も有も風呂上りにストレッチをしている為、決して硬いという訳では無いのだが、二人とは比べ物にならない。

「どこを走りましょう?」

 体を解し終えた魅明が、ランニングルートをどうするかと雲雀に問う。

 真里奈は学年主任で生活指導も行っている為、部に顔を出す時間は遅い。加えて今日は木曜で、雲雀達の部活動も、雲雀が所持している青地球バッジがあるから行えている。つまり、今日に限って言えば、真里奈が顔を出す必要性は無い。

 基本的に普段から雲雀がトレーニングメニューを決めている為、他の五人はそれに従って射撃訓練を行ったり、体作りに励んでいた。

を背負って、第三グラウンドの周りを走る」

 雲雀が部室から持ち出したリュックサック────前の部員が残したそれを三人に手渡し、残った三つの内の二つを台の上に置く。

 中には一リットルの水が入ったペットボトルが二本入れられている。これを背負って走るというのは、かなりの重労働だ。

 しかし、肉体的、体力的には兎も角として、最早慣れた注文だと三人はそれを受け取って背負う。

 本来ならばもう少し本格的なサックマーチをしたい、と考えている雲雀だが、時間も場所も無い以上はこれが限界だ。

「三週走って、終わったら五分小休止。その後また三週、五分の小休止を、計五回」

 翌日に疲労を持ち込まない様に、と軽めのメニューを提示した雲雀だが、それに碧羽と魅明が抗議の声を上げる。

「私達は雲雀や古宮さんと違って、体力おばけじゃないの」

「明日筋肉痛で動けなかったら、どうするんですか」

 むう、と不満そうな声を漏らした雲雀が、渋々一周を三セット、という内容に変更する。

 それでも明日起きれるかどうか、と諦め半分に、碧羽と魅明の二人がランニングを始めるべく位置につく。

「競争する?」

 リュックサックを背負った雲雀が、有に"どちらが先にこの場に戻ってこれるか"という勝負を提案する。

「勝てないからやだー」

 しかし、どうせ雲雀の体力と脚力には敵わない、と有は自分のペースでのランニングを選択。有も部内では雲雀に次いで体力に自身があるのだが、幼少より体を動かし続けてきた雲雀と比べれば、多少見劣りしてしまう。

 私も適当に流すか、と走り始めようとする雲雀。その横の林の中から、彼女の名を呼ぶ声がする。

 何事か、と雲雀がそちらを向くと、木陰にショルダーバッグを手に提げた妙子が立っていた。

「えっと、田中島さん。何か用?」

 リュックサックを背負ったまま、雲雀がとてとてと妙子に近付く。

「今ちょっといいか?」

 妙子が林の少し奥────といっても十数メートル程度しか離れていないが、そこを指して雲雀の同意を待つ。

「問題無い」

 このランニングもいつもの日課だ。妙子と話すくらいの時間はある。

 雲雀の同意を得た妙子が、林の奥へと進む。そして向き直ると、申し訳無さそうに口を開いた。

「盗み聞きするつもりは無かったんだけど………。私、毎朝ここ通って登校しててさ。この前の話、聞いちまって」

 この前の話?と首を傾げる雲雀だが、すぐに流とのやり取りだろうと思い至る。祖父の話を初めてした時のことだ。

「本当に悪い。誰にも言ってねぇけど………あんま、聞かれたくない話だったよな」

「気にしなくていい」

 転入時には顔を背けられてしまったが、特別嫌われているという訳ではないらしい。妙子の襟に黄色地球バッジがあるのを再度確認した雲雀は、彼女を部に誘うのも良いかもしれないな、と頭の片隅で考える。

「言い触らす様なことでもないけど、隠す程でもない。田中島さんが謝る必要は無い」

 そっか、とまずは一つ安堵して、妙子が本題への前置きに移る。

「………あのさ、これも訊き辛いことなんだけど」

「何?」

 今一感情が読めないな、と雲雀の表情を見て、怒っているのか本当に気にしていないのかと観察しつつ、妙子が恐る恐る本題へと入る。

「あんたのお爺さんって、オルフェオって名前だったりするか?東雲オルフェオ」

 確信を抱くまでには至っていない妙子だったが、雲雀の表情が一瞬だけ変わったのを見逃さずに、やはりそうなのかとショルダーバッグから一丁のリボルバーを取り出そうと手を動かす。

「お爺ちゃんのこと、知ってるの?」

 喜んでいる様に見えるのは、気のせいではないだろう。社会人チームの無名選手を知っている人間など稀だ。それが唯一、自分に向き合ってくれた祖父ともなれば、喜ばない方が不自然である。

「残ってた試合の映像を見てな。名前を知ったきっかけは、コレなんだけど………」

 妙子が取り出したパーカッション式リボルバーを見た雲雀の表情が、明らかに変わる。動揺している、と表現した方が正しいくらいには、普段の彼女からは想像もつかない程に目を丸くしたのだ。

「この、グリップのところなんだけどさ………」

 妙子に手渡されたその銃────コルトM1848ドラグーンを撫でて、懐かしむ様に、雲雀が呟く。

「………お爺ちゃんが持ってた、ドラグーンだ」

 グリップには『Orfeo Shinonome - Aya Narai』と彫られている。その片方の名は間違い無く雲雀の祖父を示していて、三年振りに触れたドラグーンの感触は、彼女に否応無く当時の状況を想起させた。

「三年くらい………いや、二年半前?に、ネットの中古銃器店でそれ見つけてさ。その店が最低限の整備しかしてなくて、『グリップに人の名前があるから叩き売りです』とか書いてあったから。物の価値が分かんねぇ奴に買われてたまるか、って入札したんだけど………」

 三年前と言えば、雲雀が祖父と共に東京で暮らし始めた頃だ。当時────引っ越しの前に祖父がドラグーンを探していたことを思い出した雲雀が、何故この銃が売りに出されたのか、という経緯を想像して、眉の間に皺を作る。

(離婚の腹いせにしては、度が過ぎてる)

 先程とは正反対に、雲雀の表情が明らかに不機嫌なものとなる。生家の人間になど、祖父とあと一人を除いて恨みしか抱いていないが、まさかこれ以上があろうとは、と奥歯を噛む。

 しかし、妙子の整備は完璧だ。当時と何等変わっていない感触に祖父の顔を思い出して、雲雀の瞳が若干潤む。

「青地球バッジ持ってるなら、手続きに時間掛かんないだろ?大事なモンっぽいし、返すよ」

 妙子の言葉に少し迷った雲雀だが、手の中のドラグーンを握り直すと、そのグリップを妙子へと向けた。

「撃ってくれてるなら、君が持つべき。私だと、ちょっと扱いに困るから」

 扱いというのは、当然反動の制御や取り回しという意味だ。ウォーカーよりも多少小型化されているとはいえ、重量は殆ど変わらない。約二キログラムのリボルバーは、雲雀が撃つには大き過ぎる。

「いや、流石に悪ぃよ。………これ、形見なんだろ?」

 確かに祖父の形見の一つではあるものの、祖父は雲雀に、このドラグーンを触れさせたがらなかった。一度だけ酒の入った祖父本人から「若い頃に贈られたものだ」と聞いたことがあるが、贈り主は間違い無く祖母ではない。このドラグーンは祖父からすれば、苦い結末に終わった記憶の断片なのだ。

 ならば、それは孫である雲雀が持つには、少々似合わない。

 何よりも、と雲雀がドラグーンを差し出す手を、更に妙子へと近付ける。

「金も銃も同じ。使われないと、死ぬ」

 このドラグーンは整備が行き届いているが、使い込まれているのが見て取れる。それはかつて祖父が使っていたからというだけでなく、妙子が射撃場で使用しているからなのだろう。

 これ程までに使い込んでくれるのであれば、祖父も悪い顔はすまい。しかし、流石に他人の祖父の形見を受け継ぐ度量は自分には無い、と妙子は首を横に振って辞退の意思を示す。

「形見なら、手元に置いといた方がいいだろ。私みたいなのじゃなくて、自分の手元にさ」

 正論なのだが、と雲雀が妙子の瞳を見る。

「………なら、君が私の近くにいれば問題無い」

「はい?」

 妙案だ、と得意げに胸を張る雲雀に、妙子は「何故なにゆえの唐突な告白?」と困惑する。

 対して雲雀は、やはり部員を増やすのであれば、まずは地球バッジを所持している妙子が良いだろう、と迫る。射撃経験があれば即戦力になるし、妙子がこの銃を手に入れたのが二年半以上前ということは、最低でもそれだけの射撃経験があるということを意味する。雲雀、有に続く、数年以上の射撃経験者が入部してくれれば、心強いというものだ。

 漸く雲雀に勧誘されている、と気付いた妙子は、場都合が悪いとばかりに目を逸らす。

「撃つのは好きだけど、CSは正直、やりたいのか分かんねぇんだ。興味が無い訳じゃないけど、射撃場にいるだけで満足だし」

 雲雀が大会に出場する目的を知っているが故に、自分との温度差が部内で軋轢を生むと考える。疑似近代戦闘自体に僅かばかりの興味を抱いていても、他の部員達の様に、雲雀と行動を共にする覚悟も無い。

 それに雲雀は、首を振って答える。

「皆は私に付き合ってくれてるだけ。適当に優勝を目指して、一緒にいれくれるだけで、私は満足」

 根本的な話をすると、有名な選手になるという雲雀の目的は、手段も含めて酷く曖昧なものだ。在学中に成績を収めて強化選手となり、プロへと移行する。漠然とした展望はあっても、その為に何が必要かは理解していない。

 まずは高校生大会で優勝を目指す、という目標は部員と一致しているが、それが可能だとも思っていないのだ。何しろ弘海学園は無名の弱小校で、部員数も少なく、装備も充実していない。注目されて、大学進学後にプロデビューする、というのが最も現実的だろう。

 雲雀個人は「敗北前提の記念出場に興味は無い」と言っているが、それを他人に強要する程無粋でもない。

 しかし、少しでも興味があるのであれば一度くらいはやってみるべきだ、というのが、雲雀の価値観だった。

「なら、こうしよう」

 ドラグーンを持つ手を下ろし、雲雀が一つ、提案する。

「明日の試合で私達が勝ったら、君は入部する。そしたら、このドラグーンは君の物。練習でも試合でも、好きなだけ撃ってほしい」

 唐突な交換条件に、妙子は「まだやるとは言ってないんだが」とその申し出を断ろうとする。その手の中にドラグーンを握らせて、雲雀は続けた。

「お爺ちゃんのドラグーンを大切にしてくれて、ありがとう。部室で待ってる」

 このドラグーンの現在の所有者は妙子で、妙子の地球バッジは黄色だ。雲雀の青地球バッジと違って、所持している銃器を他人に貸し出すことはできない。

「待ってるって、勝つの前提かよ………」

 リュックサックを背負い直してランニングを始める雲雀に、聞こえているか分からない程度の声量で、妙子がそう口にする。

 妙な表情をしていたな、と『Orfeo Shinonome - Aya Narai』と彫られている部分を指の腹で撫で、ほうと一つ、息を吐く。左の名が雲雀の祖父であるならば、右に彫られている人名は、彼女の祖母なのだろうか。或いは、その前の恋人のものか。

 何れにしても、雲雀達が勝利を収める可能性は低い。試合後すぐに所有者登録の変更が出来る様にしておくか、とドラグーンをショルダーバッグに仕舞って肩に掛け、妙子は帰路に就いた。

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