オペレーション:ポッシビリティ 17

 桜山演習場入り口に至る道は、三つある。

 一つ目は、横須賀逗子線から逗葉新道へと入り、沼間五丁目の西にある桜山山道を通る道。

 二つ目は、逗葉新道と三浦半島中央道路、鎌倉葉山線が交わる交差点────南郷トンネル入口から二子山展望台へと続く道を通って、東へと進む道。

 三つ目は、三浦半島中央道路と横須賀葉山線が交わる交差点────湘南国際村入口を東へ進み、横須賀葉山線から北東の道へと入って石井牧場という小さな牧場の隣を通り、二子山山系大桜線を抜ける道。

 雲雀達は、行きには一つ目を選択した。弘海学園からならば二つ目の道の方が若干早いのだが、雲雀に逗子を案内する目的もあった為、敢えて市街を横断する一つ目にしたのだ。

 その、二つ目に挙げた正しくその場所────南郷トンネル入り口交差点にある、ハイドランジアというファミリーレストランの店内で、二つのテーブル席を占領する形で、雲雀達は食事が運ばれているのを待っていた。

 真里奈の説教は二十分以上も続き、漸く訓練を再開したのが午後八時三十四分。そこから全員で野戦訓練場へと移動し、訓練を行い、市街戦訓練場も含めてマガジンなどを回収する頃には、午後九時十五分を過ぎていた。

 この時間からでは、流石にこみや食堂のラストオーダーには間に合いそうにない。そう考え、134号線を使っての帰宅を選択し、こうしてハイドランジアで夕食を摂ることとなったのである。無論、真里奈の奢りだ。

 ハイドランジアは、一九七三年に創業したイタリアンファミリーレストランのチェーン店である。その価格帯の安さから、少しの注文だけで深夜まで粘る学生もいる程で、財布に優しいファミレスとして長年親しまれている………のだが。

 場所が場所なだけに、午後十時前でも店内は閑散としていた。食事時であれば客も入っているのだろうが、如何せん都会から離れた土地である為、数年後に潰れていても不思議はない。

 窓際に雲雀、その隣に碧羽。雲雀の前に有、碧羽の前に魅明。隣のテーブル席には流と織芽、その正面に真里奈が座っている。見事に班………と言える程の人数ではないが、試合時に想定される組同士で集まっていた。

「マリリン、ノンアルビール頼まないの?」

 ジンジャーエールを半分程空けながら、流が真里奈に目を向ける。

「酔えない酒は飲まん。そもそもビールは好きじゃない。幾ら飲んでも酔えやしないからな。あとマリリン言うな」

 あんなもんは小便ピスと一緒だ、と言おうとして、店内でする発言ではないな、とトニックウォーターと共に飲み込む真里奈。

「面倒臭い大人だ………」

「おい雲母、聞こえてるぞ。やっぱお前の夏休みの課題、倍にしてやろうか」

 勘弁して下さい、とストローでアイスティーに空気を送り、表面をぽこぽことさせる碧羽。その隣で"カフ"の画面を見ながら、雲雀がアップルティーのカップを静かに置く。

「何見てるのー?」

 雲雀の正面でアイスティーにミルクとシロップを入れながら、有が雲雀に問う。今日の練習試合の映像を見て振り返りを行っている、という訳ではないらしいが、雲雀は真剣な眼差しで画面を見ていた。

 そろそろトーナメント表の発表がある頃なので、それを確認しているのだろう………と一同は予想するが、雲雀は顔を上げて、

「偶にはフルーティ系のヘアオイルもいいかなって」

 と、ネットショップのページをスクロールしていく。

「オイル変えるの?」

「有が使ってるやつ、いい香りだから。気分変える時に合うかなって」

 雲雀は碧羽に答えながら、あまり安過ぎる物は避けたいな、と適当に見繕う。

 祖父の遺産の一部を相続しているとはいっても、欲しい物全てを買える程ではない。バイトでも探そうか、と思い至った雲雀は、どうせ働くのであれば寮の近くで、かつ美味しい賄が出る飲食店が良いのだが、と有に質問する。

「こみや食堂は、バイトの募集とかしてる?」

 有の両親はあまり宣伝などに力を入れていない様だが、それらは有が担当していた筈だ。人手は足りている様にも思えるが、一応聞いてみた、といったところだろう。

 それに有は、うーんと唸って答える。

「あんまり流行ってる店じゃないからねー。あたしも偶に手伝うくらいだけど、休日の昼間以外はそこまで忙しくないし、今は募集してないかなー」

 部活のことも考えると、雇ってもらえたとしても出勤できる時間は限られる。部活終わりの夜八時頃からシフトに入ると考えても、ピーク時の後半部分程度から空いている時間帯になるだろう。態々人を雇う程ではない。

「いちおー聞いてみるけど、多分無理かなー」

 ストローでグラスの中身を掻き混ぜる有。二人のやり取りを聞いた流と織芽も、そういえばバイトを探していたんだった、と思い出す。

 元々は桜山演習場の使用料を雲雀が払うのであれば、とバイトを探そうとしていたものの、真里奈の計らいでその必要は無くなった。とはいえ、自由に使える金はある以上に越したことはない。

「てか、マリリンほんとに大丈夫?お金的な意味で」

 演習場使用料と、今夜の食事代。一人暮らしの真里奈にとっては、かなり痛い出費の筈だ。

 しかしその流の視線を適当に流して、真里奈はさらりと答える。

「演習場の代金は、本来は学校側が出すべきモンだ。後でちゃんと請求しとくさ。飯代だって、生徒に払わせる訳にもいかんだろ。あとマリリン言うなって」

 態度や口調は男勝りだが、中々どうして、教育者としての信念を持っているらしい。それはそれとして、煙草や酒に対する拘りは面倒臭いことこの上ないが。

 流が真里奈を「マリリン」と呼んでいることに今更ながらに気付いた雲雀が、隣の碧羽に小声で問う。

「愛乃と恵漣も安斎先生をマリリンって呼んでるけど、流がそう呼んでるから?」

「あの二人と女川さん、接点無かったと思うよ。なんか、気付いたらマリリンって呼ばれてたんだよね」

 渾名など、何時の間にか適当に決まって広まるものだ。深く考えても仕方が無い。

 一人真面目な顔でスナイパー用手帳を睨んでいる魅明に、有が抱き着く。

「めいちゃんは真面目だねー。ほら、飲むのだー。飲み干せー」

「わ、ちょ、むぐっふ」

 飲み会で面倒になる上司の様に、オレンジジュースのストローを銜えさせる有。将来パワハラで訴えられる様な人間にならなければ良いが、と碧羽が苦笑していると、店員がサービスワゴンを押して現れ、テーブルに料理を置いていく。

 雲雀の代わりに、と煎茶を飲みつつトーナメント表が公開されているかを確認していた織芽も、"カフ"の画面を消して食事に集中する姿勢を取る。

 他の競技であれば、トーナメント表は一週間以上前に発表されるのが普通だろう。しかし、疑似近代戦闘は試合会場────フィールドがランダムに決まる為、その調整などで発表が遅れるのだ。一度の試合時間の長さも、この調整を難しくする要因の一つである。何しろ、夜間試合も珍しくない競技だ。フィールドの準備も、多少手間取ってしまうだろう。

 とはいえ、最低でも二日前には通知が来る。予選の第一試合は三日後だが、そろそろ組み分けが終わる頃かもしれない。

「本当に良かったんですか?結構頼んじゃいましたけど………」

 テーブルに置かれた料理を見ながら、織芽が真里奈の顔を伺い見る。低価格で有名な店とはいえ、七人分ともなれば一人の夕食とは比べ物にならない代金だ。食べることが命と言わんばかりの有と、有程ではないにしても食事好きな雲雀がいれば、尚更金額は増える。

「奢られる側のマナーってのを教えてやろう。気にせず好きなだけ食えと言われたら、破産させるつもりで食え。特にお前らみたいな子供が、大人の財布事情を気にするものじゃない。んな気遣いは、あと十年くらいは仕舞っとけばいい。………っても、こういうセリフは高級レストランで言わないと、カッコつかないけど」

 教職という収入の低さを感じさせない物言いだが、内心では今月大丈夫かなーと半泣きになっている。禁煙も禁酒も御免となれば、食費を削るしかないだろう。

 生徒の前で恰好を付けるのも教師の役目だ、ともやし生活も覚悟して、真里奈はハンバーグにナイフを入れ、フォークで一欠片を口に運んだ。

「ん、織芽。"カフ"光ってるよ」

 ペペロンチーノを口に運ぼうとした流が、織芽に通知が来ていることを教える。店内だから、と音を切っていた為、気付かなかったらしい。

 ドリアを一口頬張った織芽が"カフ"を操作し、スプーンを置く。

「トーナメント表、今発表されたみたいね」

 織芽の言葉で全員が食事の手を止め、"カフ"で大会公式ページを開く。

 地区予選の前半は、市内の高校同士でしか当たらない。後半になると他の競技で言うところの県大会と同じく、市の代表校同士での試合となる。逗子市には高校が三つしかない為、二勝した校が代表校として後半戦へと勝ち進むのだ。

 第一試合で雲雀達が対戦するのは、逗子市立池政ちせい高等学校。昨年の逗子市代表校である。試合開始時刻は午前十時三十分で、午後五時からは県立逗子高等学校と池政高校の試合が、翌日には勝利校同士の試合が予定されていた。

 昨年の逗子市代表校とは言っても、弘海学園にとっては他校全てが格上の様なものだ。人数も装備も充実した相手に、この六人と有り合わせの装備で渡り合わなければならない。

 やはり、もっと部員を増やすべきだな………と、カルボナーラを口に運びながら、雲雀は考えるのだった。

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