オペレーション:ポッシビリティ 16
「ねぇ。今の見た………よね?」
"カフ"で戦闘を観戦していた流が、雲雀の動きを見て、誰にともなく確認する様に言う。それに最初に反応したのは、織芽の"カフ"で観戦していた有だった。
「ひーちゃん、跳んでたねー」
「怖くないのかしら。四階の窓から………」
「忍者だな、忍者」
ジタンを吸いながら、真里奈が苦笑する。その隣で、魅明が画面の中の雲雀を自分に置き換え、しかし窓枠に足を取られて四階から落下する姿を想像をしたらしく、「きゅう」と小さな鳴き声を上げて泡を吹いた。
碧羽含めて全員、雲雀の
画面の向こうで、雲雀が10Dのマンション内を跳び回る。その動きは最早、栗鼠や猿よりも更に激しく軽快で、一歩間違えれば即死も有り得るという事実を忘れて、五人は食い入る様に観察を続けている。
────訂正。魅明だけは、恐怖心から目を背けていた。
「雲母さん、撃たれたわね」
9D, DPの半壊した建物内で、碧羽と水原の戦闘が始まる。右太腿と左肩に被弾した碧羽を見て、時間的にもこれが最後の戦闘になるだろう、と画面端の時刻に目をやりつつ唸る織芽。
しかし、雲雀の方は兎も角として、碧羽の勝機は限りなく薄い。良くて引き分けか、と真里奈が自身の顎に手を当てて、戦況を分析する。
"カフ"での観戦は、公式試合も含めてだが、拾える音がかなり小さい。これは技術的な問題ではなく、観客に没入感と緊迫感を与える為の演出だ。故に、選手達が小声で作戦を話し合っている場合、その内容は殆ど聞こえない。選手達が試合時に耐水・耐衝撃性能の高い"カフ"を外す理由の一つは、正に観戦画面から敵の位置や作戦内容を知る、ということがないようにする為である。
一度壁裏に身を隠した碧羽だが、何を思ったのか、水原の牽制射撃の少し後に、先程まで水原と撃ち合っていた通路へと静かに進み出た。そして、グレネードトラップに簡易タイマーを設置すると、物音を立てぬ様にと室内へと入っていく。
簡易タイマーは、雲雀に作り方を教わった即席のものだ。通路の床近くを横断するワイヤーに別のワイヤーを縦に結び付けて、その先にバケツを括りつけ、斜めにした瓦礫の上を滑らせる。バケツに繋いだ方のワイヤーは一度天井付近を通過するが、これは前もって準備していた為、この場で碧羽が行ったのは、そのワイヤーの先端をバケツの取手に結びつけるというだけである。
バケツが通路の床には落ちない様に長さが調整されている為、物音で簡易タイマーだと知られる心配は少ない。また、これらは水原側からは見えない位置に隠されていた為、余程こういう場面に慣れてでもいない限りは、その存在にすら思い至らないだろう。
「東雲の作戦だろうけど、思い切ったな。相手が回り込むタイミングなんて、戦闘中じゃそうそう計れないぞ」
とはいえ、制限時間が押し迫っている状況で、通路で睨み合っていても仕方が無い。雲雀達が回り込むことすら想定して罠を張っていたとしても、少なくとも雲雀と元木の戦況は、誰がどう見ても雲雀に傾いている。元木の敗北が濃厚である以上、最低でも引き分けに持ち込むには、水原が碧羽を倒すしかない。
回り込んでくるであろうタイミングを教えたのも、間違い無く雲雀だろう。水原が通路をライトで照らし、牽制射撃を行った少し後に簡易タイマーを設置する。そしてそれが作動してすぐに室内へと入り、コンクリートの瓦礫の後ろに身を潜めていれば、後ろから水原を撃つことができるだろう………と。
言うのは簡単だが、大きな物音を立てた時点で、この作戦は瓦解する。提案した雲雀も、実行に移した碧羽も、正気の沙汰とは思えない。
かつての自分に足りなかったのは、あの二人の様な思い切りなのかもしれない。十三年前、高校に入学して疑似近代戦闘を始めた頃を思い出し、真里奈が携帯灰皿にジタンを押し付ける。
画面の向こうで、雲雀が元木を戦闘不能にする。それから然程間を置かずに碧羽が発砲し、その先には、背面を白く染められた水原が呆然と立ち尽くしていた。
練習試合という名の決闘が終わる。
暫くの
「フザけんじゃねぇ!アレが真面な勝負かよ!?猿みてぇにピョンピョン跳ねやがって!!サーカスやってんじゃねぇんだぞ!!」
雲雀の
弘海学園は内一人に負傷判定が出ているものの、二人生存。対して一色高校は、二人共に戦闘不能────つまり"死亡"判定だ。結果だけならば、雲雀と碧羽の圧勝に見えるだろう。しかし、雲雀の戦法は初見殺しに過ぎない。
勝負は時の運とも言う様に、開始直後に攻撃を仕掛けられていれば、少なくとも碧羽は早々に脱落させることが出来ただろう。先に相手を発見し、罠を張る時間があり、上手く初見殺しに掛かった。それがなければ、雲雀一人で相手取らなければならなかったかもしれない。
しかし、それは栓の無い例え話だ。
「試合でもそうやって、喚きながら無様に敗けていくといい」
鼻で笑う雲雀を、水原が睨む。
ルール違反でないならば、どの様な奇抜な行動も認められる。その雲雀の奇抜な行動に翻弄されて、水原達は敗北した。それだけが事実だ。
見慣れない動きをされようとも、正しく指揮を取れば、雲雀に銃弾を浴びせる程度ならば難しくない。競技経験者というアドバンテージを最大限に活かすことが出来ていれば、水原と元木が勝利していた可能性は十分にあるのだ。
例えば、これが二対二ではなく、双方の全員が参加していたとする。
弘海学園が六人しかいないのに対して、一色高校の部員は九人だ。この人数差ならば、最低限の警戒だけをしつつ一気呵成に攻め込んだだろう。そうなれば、雲雀一人で戦況を覆すことなど、ほぼ不可能に近い。
どれだけ雲雀が立体的に動いたとしても、一度に翻弄できる相手など、精々が二、三人程度だ。その間に包囲され、集中砲火を受けたのならば、殺虫剤を浴びせられた蛾の様に地に落とされることだろう。
戦いとは、結局は数だ。どれだけ個々の質が高くとも、圧倒的な物量の前では成す術も無い。フェアプレーなどと言うのは、要するにルールを守るというだけのことなのだ。ルール内であるならば、どの様な卑劣な戦術も許される。
なればこそ、と雲雀は確信を抱く。
疑似近代戦闘のルールには、パルクールを禁止するものなどありはしない。ある筈もない。それはただの、肉体を操る技術に過ぎないのだから。
故に、勝利したのは雲雀と碧羽で、敗北したのは水原と元木だ。それだけが全てである。
舌打ちし、柱を蹴った水原が、部員が待つ屋根の下へと去ろうとする。その背中を、雲雀が引き留めた。
「まだ話は終わってない。有に土下座して、謝って」
「ああ!?」
「敗けたのはそっち。勝ったのはこっち。君が言ってた、全裸土下座の方がいい?」
これで再び掴み掛かってくるならば、今度は引き金を引いてやろう────とコルト81tbを手に取った雲雀が、それをいつでも構えられる様にする。
そこまでしなくても………と雲雀の迷彩服の裾を摘まむ有だが、腸の煮え返り度合いは、水原よりも雲雀の方が強い。こういう輩は、徹底的に自分が属するコミュニティの前から排除する。十五年と九か月の人生で根付いたその価値観は、水原との勝負に勝った程度で引き下がることを、良しとしないらしい。
事情を全く知らない────いや、これは有と水原以外の全員に言えることだが、その一人である元木が、水原の後頭部を掴んで頭を下げさせる。
「事情は知らないけど、ウチの水原が突っ掛かって不快にさせた。申し訳無い」
歯を食い縛って抵抗していた水原だったが、元木の腕力に負けたのか、或いは諦めたのか、されるがままに腰を折る。そして、有以外には何に対してかすら分からない、謝罪の言葉を小さく口にした。
「聞こえない。ダンゴムシみたいに丸まって、もっと大きな声で」
私が要求したのは土下座だ、と冷たく言い放つ雲雀。その後ろ姿を見た流と織芽、魅明の三人が、胸の内で「決して雲雀を怒らすまい」と自分に言い聞かせる。
「聞こえない。さっきまでのホエザルみたいな大声は、どこに落としてきたの?」
水原の後頭部を踏み付けそうな空気を纏い、雲雀が謝罪の声が小さいことを責め立てる。当事者である筈の有が宥める程に容赦の無い雲雀の態度に、
「ヒバりん………あんた、鬼だよ………」
葉山町にいた頃、水原に何かをされていたのだろう────と有を心配していた流だったが、雲雀にも女子らしい黒い部分があるんだなー、と思わず呟く。
「天使だけど?」
その流の肩に指を食い込ませた碧羽が、笑顔に怒気を含ませて、速やかな訂正を求めた。最早、部内ではブレーキ役として振舞うことを放棄したらしい。
これにて一件落着、と雲雀が伸びをする。ただの訓練の筈が、中々どうして面倒な相手と顔を合わせてしまったものだ。
とはいえ、試合前に実戦形式の訓練が出来たのは、大きな収穫には違いない。まだ時間は残っているし、この後も気合いを入れて臨もう────とコルト81tbを仕舞った雲雀の後頭部を、真里奈が鷲掴む。
その顔からは表情が消えていて、雲雀は長い説教の予感を胸に、諦めた様にその場で正座した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます