オペレーション:ポッシビリティ 15

 道路で派手にスモークを焚いた雲雀は、そのまま南の建物内へと侵入し、西へと駆けた。7Cのビル、その東隣の建物に移動した雲雀は、一階入り口近くの植栽下にVz61のマガジンが置かれていることを確認すると、ベストの無い状態での戦闘に臨むべく、二階の西側へと移動した。

 Vz61の予備マガジンは六つ。しかし、現在はスモークグレネードと共にダンプポーチに入れている一つしか、手持ちが無い。他は逃走経路となる場所と、先程のマンション内に配置してあるのだ。

 7Cオフィスビル、その一階付近で爆発音が響き、碧羽が駆けた後に、数メートル向こうから、ビル内を走る音を耳にする。その足音が止まったのを確認した雲雀は窓の横から体を半分出して、

「あぁ、クソ!」

 という元木の声を聴きながら、Vz61の引き金を引く。

 相手のリロードのタイミングでスモークグレネードを投げ入れた雲雀は、Vz61のストックを畳み、窓から二つのビルの敷地を分ける石塀へと飛び移り、リロードをしつつ7Cオフィスビルの中へと入って、階段に銃口を向けた。

 二十発を撃ち切ったタイミングで東隣のビルの入り口へと走り、碧羽に頼んで植栽下に置かせたマガジンを拾ってリロードすると、9Cの建物────初めにスモークを焚いて駆け込んだそこを目指し、予めそこに置いていた予備のマガジンを、スモークグレネードを使ったことでスペースが空いたダンプポーチへと仕舞う。

「屋内だ、9C東の建物の中を探せ!」

 雲雀の足音を聞いたのだろう、水原と元木が突入してくる。

 仕方無いか、と雲雀はVz61をガラスが割れている窓際の棚上に置き、階段で四階まで駆け上る。二手に分かれ、左右の階段からそれぞれ追ってくる足音を聞いた雲雀は────

 ────四階東側の窓から、身を外に出した。

 窓の縁を掴んだ雲雀はすぐに排水管に飛び移り、するすると下りていく。地面に辿り着いた雲雀は窓際に手を入れるとVz61を拾い直し、たたたっと瓦礫の山である10Cに駆け込んだ。

「いねぇんすけど!?あの猿どこっすか先輩!!」

「だから私が知るか!!」

 外から銃声が聞こえ、四階の外壁に着弾した様な音がする。水原と元木が外に目をやると、10Dの建物………あのマンションの敷地に、雲雀が入っていくところだった。

「はぁ?あいつ、何時下りたんだよ?ウチらはユーレイの尻でも追っかけてたってのか?」

「言ってねぇで追うぞ!」

 道路を突っ切ろうとする二人だったが、9D, DPの半壊した建物内から発砲され、中に押し込められる。

 もう一人いるのを忘れていた、と舌打ちした元木が、南側からの脱出を図る。外に出た水原は、元木にこれからの方針を聞いた。

「どうすんすか?あの猿、ウチが相手したいんすけど」

「いや、無理だろ」

「なんでっすか!?」

 食い下がる水原に、元木がHK416A2のグリップを握り締めて言う。

「あの赤くてちっさい子、多分外の排水管から下りたんだよ。あんな早く、足音立てずに階段下りるなんて不可能だろ」

「マジの猿じゃねぇっすか」

「あんだけ動けて、射撃だって普通に上手い。さっき外壁に当たったのは一発だったし、あれも誘いだったんだろうな。黒髪の方は兎も角、赤毛は私らより強いよ」

 苛立たし気に近くの椅子を蹴り飛ばす水原。しかし、元木の言い分にも納得してしまったのだろう。加えて運動能力だけでなく、作戦能力まで高い。

 こんなことならば相手に時間を与えず、即座に相手の突入地点エントリーポイントへと移動しておくんだった、と元木は後悔する。水原ではないが、元木も弘海学園は無名校だから、と甘く見ていたのは事実だ。更に、自分達が無名校であるということを忘れていた、という点も水原と同様である。

 残り時間は九分。雲雀達も決着をつける為、近くで銃口を向けていることだろう。

「狙うのは黒髪だ。赤毛を追う振りをしつつ、黒髪を二人で叩く」

「クッソ、あの猿やれねぇのムカつくわぁ」

「いいから行くぞ、さっき撃ってきたトコに」

 水原と元木が道路へと出てくる姿を見つけた碧羽は、一階の瓦礫の隙間から、MP5Fを撃つ。そして横のマンションからは雲雀の援護射撃があり、水原と元木は射線から逃れる為に、まずマンションへと駆け込んだ。

 それを確認した雲雀は、再度Vz61を置く。彼女の腰からはバルスカのポーチとダンプポーチが消えており、それは今机の上に置かれたVz61の隣に座っていた。

 四階共用廊下へと飛び出した雲雀は、態とらしく足音を立てる。左の階段を見ると丁度水原と元木が姿を表したところで、雲雀は二人に背を向けると、助走をつけて腰壁を飛び越えて、

 そして少し隅へ移動して二階共用廊下へと降り立つと、そこから更に駐輪場の屋根へと飛び乗って地面に降り立ち、物陰へと身を隠す。

「コッチが黒髪狙ってるって気付かれてんな、コレ。あと………五分もねぇ。黒髪のトコへ急ぐぞ!」

 下りてきた二人に、雲雀がタクティカルライトの光を当てる。そして腰のホルスターからM84BBを取り出して引き金を引くが、元木が水原を碧羽が待つ半壊した建物の方向へと突き飛ばし、元木自身は階段の壁に隠れつつ反撃をしてくる。

「碧羽、戦闘準備。ザリガニが掛かった」

『了解』

 短く無線で呼び掛けタックロードをした雲雀が、ライトを消す。

 半壊した建物内から爆発音が響くのと同時に動き出した雲雀が、三段跳びで腰壁から元木の前に現れて、引き金を引く。

 ツーボディ・ワンヘッド………どころではなく、チャンバー内も含めて、十四発全てを撃ち切った。オーバーキルどころではないが、恐慌状態という訳ではない。単純に、激しい動きの中で正確に射撃することはほぼ不可能な為、"数撃ちゃ当たる"という信条に従った結果だ。

 反応が遅れた元木は、白いペイントを髪や服、ベストから滴らせて、小さく「クソ」と呟いた。




 突入を許した碧羽は予定通りに、水原をブービートラップの位置まで誘導すべく牽制射撃を行う。

 しかしやはり、素人と経験者では、根本的に立ち位置が違う。壁の角から体を大きく露出させていた碧羽だったが、その右太腿と左肩に、一発ずつ被弾してしまった。

 碧羽のBCMDから、継続的な電子音が鳴る。これは、即時戦闘不能────つまり"死亡"判定を意味するものではない。被弾箇所によって、どの程度の時間であれば行動を継続することができるのか、を知らせるものだ。当然、激しく動けば仮想出血量は増え、死亡判定は早まる。電子音の間隔が早くなっていくことで、それを判断するのだ。この電子音は骨伝導イヤホンに無線で送られる為、他人に居場所を知られる、という心配は無い。

 水原は深追いせず、壁の角から撃ってくる碧羽を確実に仕留める為、まずはタックロードをする。そしてさっと周囲に視線を走らせて、数か所でトラップらしきワイヤーを発見する。

(二人で持てるグレの数は、精々モクも入れて六から八個。装備を見る限りはそれ以下ってトコだな。なら、本命のトラップは精々二つくらいか)

 どれがその本命に繋がっているか不明だが、この棚などで明白あからさまに狭くされた通路内には、最低一つは設置されていると考えるべきだろう。

 この状況で碧羽がフラググレネードを水原へと投げないのは不自然だ。つまり向こうのグレネードも品切れか、と判断した水原は、遮蔽に隠れつつライトで通路を照らす。

 このまま睨み合っていても埒が明かない、と右側から回り込むことを決意した水原は、数回牽制射撃を行い、足音を潜めて碧羽の背後へと近付いていく。

 水原が一つ目の角を曲がった時、通路の先にライトの光が見えた。碧羽が周囲を照らしているのだろう。その光は、これから水原が曲がろうとしている箇所を、床に置かれた状態で白く浮かび上がらせている。

 これも罠かもしれないが、こちらの通路にはワイヤーは見当たらない。向こうから位置を知らせてくれるなら有難いが、ライトを当てられている角から顔を覗かせる程間抜けでもない。左手の室内を通るのが良いだろう。

 と、先程まで碧羽と水原が睨み合っていた通路から、爆発音が響く。木製の棚や積み上げられた机、椅子、その他諸々が、脚を折られたことでガラガラと音を立てて崩れていく。

(誤爆、かぁ………?素人のトラップじゃ珍しくもねぇだろうけど………)

 しかし、雲雀の方を単なる素人として扱うのは危険だ。これも何かの作戦かもしれない、と数十秒の間息を潜め、それからゆっくりと、姿勢を低くして左手の室内へと侵入する。そして、水原が碧羽のいる通路に面した窓際から、小さく体を乗り出して────

 ────しかしそこには、碧羽の姿は無かった。

 あるのは壁際に寄せられた廃材や家具、瓦礫の山。その右の方を、ライトが照らしている。他に目に付くものと言えば、そのライトの光の真横、恐らく何かの家具に掛けられているであろう布。

 そして、そのライトのテール近くに走るワイヤー。

 布の後ろに碧羽が隠れている。そう判断した水原は、即座に空いた窓からそこを撃つ。ついでだと言わんばかりに見える範囲に銃弾をばら撒いた水原は、これでどこかに隠れている黒髪も死亡判定が出ただろう、と立ち上がり、そして背後から、銃撃を受けた。

 水原の背中が練習用弾頭である白色ペイントに染まると、彼女のBCMDが"即時戦闘不能"を意味する電子音を長く鳴らす。

 室内隅に倒れている大きなコンクリートの塊、その後ろに立つ碧羽が、自身の左肩と右太腿に目をやりながら、横目で水原を睨み、室内を後にしようとする。

 そしてその途中で不意に足を止めて、水原を見ることなく、言い放つ。

「次、雲雀に何か言ったら、口の中に撃つから」

 雲雀と碧羽のBCMDが勝利を告げる鐘の音を響かせたのは、その数秒後のことだった。

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