オペレーション:ポッシビリティ 14

「全っ然いねぇっすね。散々煽っといてかくれんぼかよ、ダッセェなぁ」

 7Cエリアの一画。六階建てのオフィスビル、その最上階の角部屋で、水原がつまらなさそうに吐き捨てる。

 北、西へと回り込み、一気に勝負を決めるべく奇襲を仕掛けてくる。その可能性を考えた元木は、雲雀達同様に、突入区画から戻るようにして10Cエリアに近付いていた。二対二の状況での遭遇戦はリスクが大き過ぎる為、より偵察と警戒に力を入れるべきだと考えたのだ。

 尤も、水原と元木は外縁部に沿って移動してきた訳ではない。6E、6Dと主要な通りの先を確認すべく一度は北に向かい、そこから南東へと移動したのである。

「腹減ったなぁ。先輩、何か持ってねぇっすか?」

「持ってる訳ないだろ。試合じゃあるまいし」

「っすよねぇ」

 好戦的な口調の水原も、ジュニア大会経験者らしく無理に突撃しようとはしない。相手の武装を考えれば屋内に籠るのはあまり好ましくないが、どこにいるのかが分かるまでの辛抱だ。

 ヴォルテックスの単眼鏡で周囲を警戒する元木だが、仮にも部長であるからか、一向に発見できないという事実に苛立つ素振りも見せない。

(黒髪の方は明らかに素人だ。問題は自信ありげな赤毛の方か。………少なくとも、接近戦じゃ敵いそうにないな)

 元木は、休憩所でのやり取りを直接目にした訳ではない。しかし、部員に聞いた話と水原が無力化されていた事実を踏まえて考えれば、あの赤毛は水原よりも実力が上だと分かる。

 となれば、先に発見し、距離を保っての射撃が勝ち筋か。

 黒髪はMP5Fを持っていたがサイトもグリップも無く、赤毛の銃に至っては骨董品だ。レールすら無いVz61では、HK416の交戦距離には届かない。

(向こうの勝機は、先に見つけてからの奇襲だけ。なら、やっぱ高い位置で索敵してると思うが………)

 どうにも見つけられない。場所を変えるべきか、と時計を見ると、終了時刻まであと十五分を切っていた。

「見つかったか?」

「いや、晴れの日のミミズみてぇにコソコソしてるっすね。………あぁ、いや、いたっす」

 水原が単眼鏡で敵を捕捉する。元木がそちらにレンズを向けると、道路の先に動く影があった。

 その影、雲雀が水原達の方へと視線を向けると、慌てた様に物陰に隠れ、数秒後に煙が道路に広る。

「9Cと10Cの間………七十メートルくらいだな。撃ってもよかったぞ」

「いやぁ、遮蔽伝って動いてたんで、当てる自身無いっす。………にしても、見ました今の?クッソ焦ってモク焚いてんの」

 明らかにこちらの位置を特定していたが、見られたと分かった途端に慌ててスモークグレネードを使うなど、素人以下の行動だ。

「罠だろうな。この距離でこの高低差だ。先に視認してても、見られてるかなんて分からねぇだろ」

 しかし雲雀は、慌てた様にスモークを焚いた。追い詰められる振りをして、ブービートラップなどで待ち伏せているのだろう。

 だが、制限時間も迫っている。見つけられたのであれば、こちらから攻撃を仕掛けて終わらせてしまおう………と、元木が動く。

「移動するぞ。このままだと、ただのかくれんぼ対決になっちまう」

 そいつは締まらないっすね、と笑いながら、水原は元木と共に階段へと向かう。

 階段に窓の無いオフィスビルは、ライトを使っても外からは発見されない。もう一人の居場所は気になるが、素人の方を気に掛けるよりも、赤毛を優先すべき場面だろう。

 素早く一階部分に繋がる踊り場に下りると、そこには見覚えの無い割れた鏡が置かれていて、

「────………っ、戻れっ!!」

 元木は水原を押して、階段を駆け上がる。

 それと同時に何かが踊り場へと投げ入れられる音がして、元木は耳を塞ぐ。そしてフラググレネードの爆発音、次いでスモークが焚かれ、外に走り去る足音がした。

 走り去る足音は、態と聞こえる様に立てたものだろう。もう一人が階下でスモークから出てくるのを、待ち伏せている可能性が高い。そう考えた二人が二階の角に移動し索敵すると、

「あぁっ、クソ!」

 隣のビルの二階、つまりは僅か数メートル先に雲雀の姿があり、Vz61から.32ACP-N弾がばら撒かれた。

「水原、グレ持ってるか!?持ってたら向こうの窓に………!!」

「さっきの練習で使って品切れっすよ!!つーか、あったとしても無理っす!!ソフト好きに見えるっすか!?」

 撃ち返しながら、如何にかして移動しなくてはと考える。

「ならモクは!?」

「だから、野戦エリアで全部使っちまったの、忘れたんすか!?」

 とやり取りしていると、室内にコツン、とスモークグレネードが投げ入れられる。

 何故フラググレネードではないのか、と疑問に思いつつも、二人は煙幕を利用して階下へと急ぐ。

「一瞬でしたけど、あいつ、何でかベスト着てなかったんすよね。何ででしょ?」

「私が知るか」

 階段を下りるが、しかし、やはり雲雀か碧羽が設置したのであろう鏡に姿が映ってしまうのか、煙幕が晴れた踊り場を抜けようとすると、銃弾が散発的に撃ち込まれる。このままでは外に出ることさえもできない。撃っているのは、どうやら雲雀の様だった。

「足早過ぎだろ、あの猿!!」

 雲雀のリロードのタイミングを見計らって射撃し、どうにか階段を下り切って部屋の中に退避する。と、そこで雲雀の足音が東へと遠ざかるのを聞く。

 ベストを着ていなかったことで、予備のマガジンも無いのだろう。そう判断した二人は即座にビルの南側から飛び出して、東へと走る。




 まず最初に敵を捕捉したのは、雲雀の方だった。

 10Dに建つマンションの最上階。そこから見える道路の先に、素早く、慣れた動きで移動する水原と元木を見つけたのだ。午後七時三十六分のことである。

 手早く碧羽に無線を入れた雲雀は、階段を使って一階へと駆け降りる。相手の位置が分かったのであれば、全周警戒など無意味でしかない。

 ベストを着てVz61を手にした雲雀は、暗闇で半泣きになっている碧羽を慰めつつ、東側面へと出る。そのまま目標地点である9D, DP地点へと走り抜けた二人は、瓦礫の山のある10Cを背に建つ、半壊した三階建ての建物へと身を滑り込ませた。

 先程のマンションで碧羽に集めさせていたワイヤー、そしてフラググレネードを使ったブービートラップを二つ。それを隠す為の目立つワイヤー────こちらはトラップでも何でもない────を取り付けた雲雀は、棚などの配置を動かして遮蔽を作り、かつ通路を制限した。

 尚、この間中、碧羽は雲雀の代わりに索敵を行っており、7Cのオフィスビルへと入っていく様を観察していた。

「向こうは今、7Cのビルの最上階にいる筈。碧羽はこの建物の北から外に出て、そのまま東側面に移動。そこから南下した後、全速力で10Cを走り抜けて南側面へ。7Cビルの下に着いたら………」

 と、先程から碧羽が質問しようとしていた物を見せる。マンションから持ってきた、割れた鏡だ。

「これを、二階が見える角度で階段の一階踊り場に設置。そしたらいつでもグレとモクを投げれる様にして、一階でそのまま待機。遮蔽に隠れてね」

 そして、階段を下りる音が聞こえたら鏡を注視し、破片手榴弾フラググレネード発煙手榴弾スモークグレネードを踊り場へと投げ入れる。そして即座に、東へと走り去るのだ。

「ついでに私の蠍のマガジンを、一階入り口の植栽の下にでも、一つ置いておいてほしい。

 もしそのまま追ってくるなら牽制射撃をするか、9D, DPの屋内に全力退避。でも直線移動は厳禁」

 追ってこずに周囲を確認する場合は、恐らく最も早い二階からの索敵を行ってくるだろう。

「準備ができたら、無線で連絡して。私が深海ザリガニ達を、一階に引き摺り下ろすから」

 制限時間が迫った中で敵を視認すれば、まず間違いなく攻撃行動に転じるだろう。

「二人でビルに入って、グレネード?で倒すのは駄目なの?」

「どんな遮蔽物があるか分からない屋内だと、決定打としては弱い」

 成程、と曖昧に納得する碧羽。しかし自分がやるべきことは全て覚えた様で、雲雀の合図で、作戦通りに行動を開始した。

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