オペレーション:ポッシビリティ 13
開始時刻は午後七時十五分。制限時間は四十五分で、午後八時になった時点でより多く人数が残っている方、或いは時間内に相手チームを殲滅することが勝利条件となる。
雲雀達が無線の周波数を試合用に変更し、S. 10C, CM地点で開始時刻を待つ。東に展開するのは雲雀と碧羽、水原と元木は南だ。
二子山山系の森はそれなりに広く、また周辺の町も都会とは言い難い。月は日の出ている間に沈んでいる為、僅かな星明りだけでは、廃墟群をイメージして作られているこの市街戦訓練場を照らすには足りない。
辛うじて電気が通っている────という舞台設定があるので、全く明かりの無い場所での戦闘、という訳ではないのだが、それでも照明器具無しでは視界が制限されるだろう。
碧羽がライトポーチから、真里奈がレンタルしてきたタクティカルライトを取り出す。
「雲雀。これ、どうやって使うの?」
手の中のライトで周囲を照らしていた雲雀に、碧羽は使い方を尋ねる。
「TxーIIIミニ?」
雲雀が少々顔を顰める。どうやらお気に召さなかったらしい。
「どしたの?」
「使い難いから、あまり好きじゃない」
とは言うが、何が使い易く何が使い難いかには個人差がある。手の形や大きさ、使用される条件下でも変わるだろう。
雲雀の所持しているガーディアン・ネオ03は、元特殊部隊員が設計したライトを改良した物だ。
テールスイッチの押し方のみで三つのモードを切り替えるガーディアン・ネオ03と違い、Tx-IIIはテールスイッチと二つのサイドスイッチでモードを変更する。サイドスイッチはテールスイッチ側にあり、人差し指と中指で操作するという、少々特殊な操作性を持っていた。
「サイドスイッチは、使う人の手の形とか大きさに左右される。小型化されたモデルだと、特に」
そう言いつつ、雲雀が碧羽に操作の仕方、モード切替の方法などを教えていく。
水原と元木が手にしているライトも碧羽と同じ物で、レンタルしてきた物であることが伺える。強豪校だと言い張るのであれば、ライトの一つや二つ持っているべきだろうに、と雲雀は時計に目を落とす。
午後七時十分十一秒。
「全裸で土下座する準備しとけよ、ちっこいの」
開始時刻まで五分を切り、それぞれが装備の最終確認も終えた。水原はHK416C────アンダーレールにバーティカルグリップ、トップレールにホロサイトとマグニファイア、サイドレールにウェポンライトを取り付けたそれを手に、雲雀と碧羽の装備を見て笑う。
元木の装備はHK416A2のトップレールに可変倍率式であろうスコープ、オフセットマウントされたドットサイト、アンダーレールにグリップライトを付けた物で、サブは二人共、シグ・ザウエルP220の.45ACPーN弾モデルだ。市街地での戦闘ということを考えれば、水原の得意交戦距離は数十メートル、元木は百メートル前後といったところだろう。
雲雀達と違ってアタッチメント類を乗せているというのは、普通のことではあれど、成程、無名弱小校にしては気合の入った金の掛け方である。尤も、雲雀の銃は基本的にレールの無い物ばかりなので、あまり関係は無い様にも思えるが。
「露出趣味は無いから遠慮する」
「勝てねぇからって逃げんなよ。そんな装備じゃ仕方ねぇけどさ」
「そうだね。手加減はしてあげる。でも君の全裸はいらない。汚そうだし」
今にも殴り掛かりそうな水原だが、雲雀は涼しい顔をしている。相手を逆上させることで判断を鈍らせる、という作戦を実行中らしい。これが公式試合であれば、観客席で親が子供の目を隠したのではないだろうか。
時計から、開始時刻の三十秒前を知らせるアラームが鳴る。
「帰ったら、長瀬と抱き合って慰め合いな。無名校ちゃん」
水原の煽り文句に、雲雀は大崎公園でのことを思い出す。有に抱き着かれた際に仄かに杏の様なの香りがしたが、良いヘアオイルでも使っているのだろう。
雲雀はバスグッズやスキンケア用品をほぼ全てラベンダーで統一している。しかし、偶にはフルーティ系も良いかもしれないな………と、家に戻ったらネットで探そうと予定を立てる。
そして、水原の煽りに答える様に、ふっと鼻で笑う。
「格下の無名校相手にすら、威嚇しないと優位を保てない。強豪校も大変だね。精々頑張るといい。………無名の、弱小強豪校さん」
アラームが鳴り、雲雀と碧羽が東へ、水原と元木が南へと走る。
────何が起こった、と、水原は立ち尽くす。
武装はこちらが圧倒的に優位な筈で、動き一つを見ても明らかに素人を一人連れている弘海学園に、自分達が敗けるという可能性は無い筈だった。
にも拘わらず、これは一体何だ、と自身の背に触れて、手に付着した大量のペイントに目を落とす。
正しく猿の様な動きの赤毛の女に翻弄されて、気が付けば元木と分断され、
水原は、ジュニア大会の経験者だ。
高校生以下の大会は全て非公式とはいえ、そこでの実績と経験は決して、無駄なものではない。注目された選手ではなかったし、高い成績を収めた訳でもないが、それでも実戦未経験者よりも劣るということは、絶対にあってはならないことだった。
外見こそ特徴は無いが、昔から運動は得意で、体力測定でも体育の授業でも、学年でそれなりに高い位置にいた。銃の扱いも教わればある程度はすぐに覚えれたし、非公式大会でも、初めの頃は持て囃されていたものだ。
それだというのに、一体どんな間違いが起こって、こんなことになっているのだろう。
「────………次、雲雀に何か言ったら」
黒髪の少女が、水原を残して室内から出るその途中で、足を止める。
それを水原は、湯船に頭まで浸かっている時の様に音の判別ができない耳で、流す様に聞く。
「次、雲雀に何か言ったら、口の中に撃つから」
時は戻り、午後七時二十三分四十秒。
10Gから市街地へと侵入した雲雀と碧羽は、作戦を立てるべく北東一画内のビルに潜伏していた。
市街地と言っても、高層ビルが立ち並んでいる訳ではない。桜山演習場市街戦訓練場は、基本的には住宅地と商店街、六階から八階程度の高さのオフィスビルが中心となった、駅前から少し歩いた程度の閑静な街並みを表現したエリアとなっている。マンションなどもあるが、最も高い建物でも十階建てだ。
さてどうするか、と外を警戒する雲雀に、碧羽が提案する。
「何度も言うけど、私、運動神経悪いから。待ち伏せってのは、どうだろ?」
「なら、囮は動ける私がやる」
自分の作戦が即採用されたことに、碧羽は若干不安を覚える。しかしどうやら、雲雀も初めから待ち伏せとゲリラ戦を行うつもりの様だった。
雲雀の運動能力が如何に高くとも、相手の射撃精度次第では無意味どころか不利にも働くだろう。
しかし、だ。
映画などのフィクションの銃撃戦と実際の銃撃戦の違いは、交戦距離にある。簡単に言えば、実際の銃撃戦は想像よりも距離が短いのだ。
最大射程や有効射程も、その距離であれば確実に大きなダメージを与えられるというものではない。
映画などには拳銃で五十メートル以上離れた相手を殺傷する、というシーンが数多く存在するが、実戦でそれを真似するのは、プロ選手であっても非常に難しい。
つまり、水原と元木が既に世界トップレベルの実力を持っていない限りは、そうそう当たるものではない。
非殺傷弾を使用した鎮圧目的の銃撃戦でも、遮蔽物の無い廊下に出て数メートルの位置で撃ち合い、どちらも全弾外す………ということもあるくらいなのだ。
「グレもあるし、ブービートラップを仕掛けて、そこに誘導しよう」
雲雀は建物内────三階建てで、一階部分が小さな商店となっているその中を、物色する様に歩く。
「トラップの作り方、分かる?」
「分かる訳ないじゃん。ルール覚えるだけで手一杯だったし」
だよね、と雲雀が碧羽に近付き、碧羽に持っているフラググレネードを渡す様にと手を差し出す。
先程の練習で、この市街戦訓練場の地図は頭に入っている。誘導場所に適しているのは、やはり南東部分の10C付近だろうか。追い詰められたという演出が可能で、かつ多少の逃げ道もある。二対二の状況では包囲も不可能な為、突入された場合は反対側の窓から逃げれば良い。
まずは南へ向けて移動を開始し、その都度遮蔽に隠れて止まっては周囲を警戒する。
(北側以外は、森林部分から少し離れてる。中距離抜かれるのを警戒するなら、東側面に張り付くのがいいかな。市街地でカモフラージュネットは無いとすると、やっぱり屋内でカーテン閉めて撃たれるのが嫌、だな)
二対二という状況である以上、接敵は多くても二、三度だろう。その中で銃撃戦に発展するのは、恐らく一度きり。
(七時二十六分五十七秒………二十七分。相手の位置を知りたいけど………)
雲雀と碧羽は、市街地の東側面を抜けている。開始から十二分が経過し、碧羽の体力は既に枯渇しかけていた。重い装備類と張り詰めた緊張感が、疲労を溜めていくのだ。
体力のある雲雀も、初の実戦ということで普段よりも体力の消耗が激しい。早々に勝負を仕掛けて終わらせるべきか、とバルスカを取り出し、左手で筒のような形を作って対物レンズの周りを覆い、ボックスウッドの端から覗く。
その横顔を見ながら小さな水筒を取り出した碧羽が、一口水を飲むとそれを雲雀に渡す。
「どう?」
「市街地は比較的、外縁部に高い建物が多い。内側も入り組んだ地形ばかりだから、大きな道以外だと、こっちも向こうも近距離じゃないと視認できそうにない」
普段よりも言葉数が多いのは、情報を共有しようとしているからなのだろう。
一方的に狙撃される可能性は低いのか、と碧羽が小さく溜め息を吐く。大口を叩いたものの、雲雀頼みになることは目に見えている。
せめて水原だけは倒したいが………と、動き出した雲雀の背後に続く碧羽。
「────10D, ER。この中に入ろう」
「五階建てのマンション、だね。結構崩れてるけど」
「そういう風に建てられてる。安全だから、大丈夫」
煉瓦塀の崩れた個所を探し、マンションの敷地内へと入る。即座に庭の隅へと移動して、窓ガラスが割れているそこから侵入すると、中は暗く、荒れ果てていた。
「えー、ちょっと怖いんだけど………。何も出てこない?」
「仮想コンソールフラッグと敵以外は、出てこない。………多分」
「多分………」
碧羽は織芽程ホラー系が苦手という訳ではないが、やはり本能的に、暗闇は恐ろしいものだ。
ライトを点けようとした碧羽を手で制止した雲雀は、道に面した窓際へと移動して、身を隠しつつ外の様子を伺う。
(見える範囲にはいない。なら………)
静かに碧羽の下へと移動した雲雀が、小声で伝える。
「このままここで待ってて。五分以内に戻れない時は、無線で連絡する」
「え、いや、ちょっと待って。この暗い中に一人で五分?無理無理無理めっちゃ怖い」
「パニックにならないで。物音がしても、足音じゃない限りは撃っちゃ駄目」
「足音以外の物音って何怖いんだけどやめてよそういうの」
「偵察と陽動するだけだから、すぐに戻る。大丈夫」
全然大丈夫じゃない、と小声で講義する碧羽の前で、雲雀はVz61を置き、ベストを脱ぐ。そしてベストのグレネードポーチからスモークグレネードを一つ取り出し、ダンプポーチへと仕舞って蓋をして、ぐっぐっと体の動きを確認する。腰の装備類が動きをどの程度制限するかを確認する為だ。
「絶対に大丈夫だから、静かに待ってて」
「雲雀ぃ………」
「心配無い。二人で深海ザリガニ釣り、しよう」
そう言い残し、雲雀は東側の窓の縁をグローブで撫で、その縁に腰を下ろすと、上へと消えていく。窓の上の小さな屋根と排水管を使って、移動しているのだ。
そのまま最上階の一室に侵入した雲雀は、速やかに壁際へと移動して、
(────………三十三分、十六秒。あと、約二十五分)
公式大会では、一回当たりの試合時間は二百四十分。つまりは四時間となる。基本的に偵察が大半を占める為、初めから銃撃戦に、ということはまず起こらない。
それが二人だけのチームともなれば、偵察に時間を掛けるのは当然のことだろう。それがこの狭い範囲内であっても、だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます