オペレーション:ポッシビリティ 9

「んじゃ、女川と赤松は私が見るよ。狙撃は専門外だし、攻撃班は東雲がいれば問題無いだろ。………あ、あと、これな」

 受付所のある建物から現れた真里奈が、手に持ったグレネードケースの片方を台の上に置いて開く。

 中に入っているのは極々一般的な破片手榴弾フラググレネードであるM26手榴弾、通称レモンだ。

 もう一つのケースの中身はM18発煙手榴弾スモークグレネードで、真里奈はそれらを、雲雀、碧羽、流、織芽に二つずつ。そして有と魅明に一つずつ手渡した。

「BCMDは起動させてるか?」

 はい、と全員の顔が引き締まる。競技といえども、疑似近代戦闘の危険度は他と比べるまでもなく高い。遊び感覚で気を抜いていては、最悪死ぬ場合もあるのだ。

 レンタルしてきたらしいシグ・ザウエルSP2022をライト対応ホルスターから引き抜き、マガジンとチャンバー、アンダーレールに装着したオーライトのバルドル・Sを確認しつつ、真里奈が"カフ"で現在時刻を確認する。

「四時………三十七分か。六時四十分までにここに再集合だ。時間厳守だぞ」

 六人がゴーグルとグローブ、小型の通信機を装着するのを確認した真里奈が、パンッ、と手を叩く。すると雲雀達は一斉に、遮蔽物などを利用して仮想敵の視界に入らない様注意しつつ、それぞれの訓練場所へと移動を始めた。

 流と織芽は目の前のエントリー訓練所に。

 有と魅明は南の狙撃場に。

 雲雀と碧羽は西の市街戦訓練場に。

 学園の訓練でもサックマーチは行っているが、元々体力のある雲雀と有以外は慣れていない。特に碧羽と魅明はすぐに呼吸が乱れ、肩を上下に動かす様になった。




 ────市営二子山山系演習場・市街戦訓練場。

 木々の隙間で姿勢を低くし建物群を見た雲雀が、背後で呼吸を荒くして地面に座り込む碧羽に振り返る。

「疲れても座らないで。座ると疲労感が一気に襲ってきて、次の行動が数秒遅れる。休むなら片膝を付いて、顔を上げて胸を張って、深呼吸。でも姿勢は低くして」

「わ、分かっ、た」

 碧羽が呼吸を整える中、雲雀はポーチから伸縮式の単眼鏡を取り出して、それを覗いて市街戦エリアを見回す。

「何それ、お洒落」

「バルスカの………単眼鏡。………このアンティークな見た目がとても可愛い」

 そうなんだ、と碧羽が肉眼のままに市街戦訓練場に目を走らせる。

 単眼鏡やタクティカルライト、ナイフなどは部室には置かれていなかった。前年までの部員は銃本体にしか興味が無かったか、若しくは銃を買う為に少しずつ売り払ってしまったのだろう。

 といっても、雲雀が所持している単眼鏡もバルスカのみだ。試合での実用性を考えれば、あまり適しているとは言えない。

 試合までに一つくらいは、もう少し小型の単眼鏡か可変倍率のスコープでも買うべきかな、と考えつつ、雲雀はバルスカをポーチへと戻す。

「私達の役割は遊撃と奇襲。まずは仮想フラッグの位置を確認する」

 演習場内の全てのエリアには、ターゲットとコンソールフラッグを模した直方体が置かれている。直方体は時間によってランダムに出現する為、より実戦的な訓練が可能となっていた。

 雲雀が"カフ"の代わりに右手首に着けた電子時計の画面を見て、時間を確認する。四時五十八分だ。

 今この演習場を使っているのは、雲雀達弘海学園ともう一校、葉山町の一色高校だけである。真里奈が受付で聞いた話では、そちらは現在、野戦エリアにいるらしい。

 疑似近代戦闘の訓練や演習では、他チームとのブッキングが起こらない様に調整される。一色高校は六時三十五分からエントリー訓練場に移動する予定の為、まだ時間はあった。

(二人だけだと突入エントリーは愚策。隙を見て、一撃離脱で数を減らしていくしかない)

 碧羽にベストやマガジンなどに異常は無いかを確認させる。雲雀以外が身に着けているベストは、受付のある館内でレンタルした物だ。第一試合では会場でレンタルするしかないが、ブーツなども含めて揃えておかなければならない。

 雲雀の今の装備は、メインにVz61スコーピオン、サブにベレッタM84BB。両太腿の小さなホルスターにハイスタンダード・デリンジャーとベレッタM950ジェットファイアだ。折角持ってきたベルグマンやモシン・ナガン、お気に入りの93Rは、マガジンが嵩張るからと台車の上である。

 市街エリアは上空からみると、正方形の右下が欠けた様な形をしている。雲雀達が今いるのは北側の森との境界線で、小さな崖の様になっていた。

 そこから西側に進み、市街エリアの北西端で森は終わる。斜面もなだらかになっていくが、遮蔽物が無く視認される可能性が高い。

「少し東に戻って、北東部の境界から市街地に侵入する。音を立てないように注意して付いて来て」

「おっけ」

 Vz61をコッキングした雲雀が、草木の隙間を縫って走る。

(射撃以外は初めてって言ってたけど、なんか慣れてる動き………)

 その後ろを転ばない様にと小走りで追いかける碧羽が、雲雀の動きを見て自分との差を感じる。

 パルクールなどにも手を出していた雲雀だが、その過程で森や山での歩き方や走り方も学んだ。こちらは祖父が選手時代に培った経験を教わったものである。

 雲雀は時折止まって後ろを振り返り、碧羽の様子を確認する様にしていた。雲雀と違って、碧羽が履いているブーツは山歩きには適していないものだ。足首部分が比較的柔らかい為、捻挫などの危険もある。

「無理に私に合わせなくていい。危ないと思ったら、すぐに無線で私を呼んで」

「これくらいならまだ平気………」

「駄目。怪我してほしくない」

 試合の為に、というのも勿論あるのだろうが、純粋に友人を気遣う様な口調だった。

 銃が人を殺す道具であった時代の市街戦であれば、森林部との境界に対する警戒は強いだろう。しかし、高校生大会の最大人数は十五人。敢えて外縁部にコンソールフラッグを配置し防衛を容易にする、という選択肢を取ることも十分に有り得るが、セオリー通りであれば、攻撃班に対して防衛班の人数が過剰だ。市街地でコンソールフラッグを隠すのであれば、少人数での突入に不向きな中央付近だろう。

 しかし、演習場でのコンソールフラッグの出現はランダムだ。目的地は市街地の中心部へと定め、適宜周囲を探索するのが良いだろう。

「ここから入って大丈夫なの?」

 碧羽が慣れない競技銃M P 5 Fを手に、落ち着かない様子で雲雀に問う。

「市街地は野戦………特に開けた平野とかと違って、近接戦闘C Q Bが大半。外縁部の警戒と遊撃に狙撃手がいても、警戒できる範囲は限られてる。ここは北西部と南西部が侵入に適した地形をしてるから、そっちを狙撃班に任せて、南東部に二人くらいの斥候を送るか、選抜射手を配置するのが普通だと思う」

「つまり?」

「北東部は比較的手薄。南東に選抜射手を配置してるなら斥候がいる可能性もあるけど、多くても三人程度だと思う。ただ、北西に狙撃班を置いてるなら、斥候部隊は狙撃手か観測手が敵を視認した後になるから、五分から十分程度の時間的猶予が生まれる」

 南東部が欠けた様な作りになっている以上、死角が増えるそちらを警戒するのは当然のことだ。であるならば、南西に狙撃班、北東に選抜射手という配置も考えられるが、何れにしても雲雀達の攻撃班は二人のみだ。入り組んだ地形で攪乱する方が勝率は高い。

「じゃあ、この煙?を使う?」

 碧羽がグレネードポーチを指す。しかしそれを、雲雀は手で制止した。

「警戒するなら高いところにいる筈。スモークは高低差が無い場所なら視界を遮れるけど、上から見られると寧ろこっちの行動を制限するだけになる」

 発煙手榴弾が煙幕としての効力を発揮するのは、中距離から近距離程度の戦闘に限られる。その距離でも、相手の武装次第では逆に不利になる可能性すらあるのだ。動きが制限されている中で煙幕を使えば、手榴弾やグレネードランチャーを放り込まれてそれまでである。相手の視界を遮るということは、こちらからの視界を遮るということでもあるのだ。

 屋外では更に、風による煙の霧散も考慮しなくてはならない。近過ぎればスモークの意味が無いし、離れすぎていても効果は薄いのだ。

「左右に不規則に動きつつ、一気に駆け抜ける。北東端のビルの下に着いたら、一度中に入って、西隣のビル内を抜ける。それから一ブロックは走り続けて、手頃な屋内に一時潜伏」

「い、一ブロック………」

「これは練習だから、動けなくなりそうだったら先に伝えて。止まるから」

「分かった」

 呼吸を整えてから、雲雀が「GO」と合図を出す。

 二人は市街エリアに向けて、木々の隙間から走り出た。

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