オペレーション:ポッシビリティ 8

 逗子市は上から見ると、不格好な深海魚の様な形をしている。

 かつての逗子海岸が口、大崎公園と披露山公園が上顎で鳴鵺公園付近が下顎、大崎公園の北西にある小坪の出っ張りが鼻で、池子の北端が背鰭せびれ、桜山の飛び地である桜山大山が尾鰭だ。

 そのの部分────桜山大山の市営演習場に、雲雀達は来ていた。

 市営二子山山系演習場、通称桜山演習場は、東西に長い作りになっている。単純な射撃場や壁などが配置された一般的な訓練所だけでなく、市街戦訓練を想定した八ブロック程の広さの建物群、狭いながらも野戦や森林での戦闘訓練を行える平野と森。それらに加えて、最大九百メートルまでの狙撃が行える場と、休憩場となる建物まで完備されている大型施設だ。

 他県に目を向ければより大きな、かつ充実した演習場は幾つも存在しているが、決してそれらと比較して見劣りするものではない。

「着いたー!桜山演習場ー!」

「着いたー」

 旧陸自の高機動車をベースとした、疑似近代戦闘選手の輸送に使われる車両────『道風みちかぜ』から降りた流と有が、大きく伸びをする。弘海学園から車で数十分程度の位置とはいえ、山道、それも砂利道を走ったことで、体の節々が張る様な感覚があったらしい。

 演習場北側の駐車場には、他に数台の車が停まっている。予約表を見る限り雲雀達以外の利用者は一組だけらしいが、恐らく従業員のものだろう。

「受付は私がやっとくから、お前らは先に演習場に行ってろ」

 真里奈が煙草を銜えたまま、荷台に目をやる。そこには部室から持ってきた一部の銃器と雲雀の装備に加え、複数のアモ缶、折りたたまれた台車が置いてあった。

 装備類を台車に乗せたのを確認した真里奈が、道風のドアをロックする。

 七人の服装は学園にいた時とは違い、特に雲雀は何処で手に入れたのか、自前の迷彩服に身を包んでいる。他の五人は部室に残されていた迷彩服、真里奈も動き易い恰好になっていて、気合は十分といった様子だ。

 更に迷彩服同様に、真里奈含めた全員が、部室で眠っていたBCMDを装着している。万が一の事故を防ぐ為にと、朝や放課後の練習時間でもシューティングレンジの近くにいる者は必ず装着する様にしていたのだが、今の真里奈も同様の理由で着けていた。

 流はメインにFN F2000タクティカル、サブにブローニング・ハイパワー。

 織芽はメインにクリス ヴェクター、サブにグロック21。

 有はメインにM21狙撃銃、サブにワルサーPPK。

 碧羽はメインにH&K MP5F、サブにV10ウルトラコンパクト。

 魅明はメインにUZIプロ、サブにシグ・ザウエルP228。

 雲雀はベレッタM93RとM84BB、Vz61、ワルサーP38、ハイスタンダード・デリンジャーに加え、ベルグマンMP18とモシン・ナガン1891/30、ベレッタM950を持ってきている。一人で三人分の装備を荷台に詰め込んだ雲雀を見た真里奈は、「一人だけの分隊だな」と呆れていた。

 また、流と織芽、有は他に、P90とSVDドラグノフ、IMI タボールTAR21、StG44の射撃訓練もすべく持ってきており、かなりの重量である。台車があるとはいえ、手押しでは練習前に疲れてしまいそうだ。

「カラノほしいなぁ」

「そんなお金無いわよ。道風のレンタルだって安くないんだし、そもそもアタッチメントすら殆ど無いんだから」

「ホロとブースターくらいはあってもいいのに」

 カラノとは、TFJが開発した半自動台車『TFJ D-11 KARANO C.S.Tactical』のことだ。工場での使用を想定した『D-11 KARANO』を疑似近代戦闘の装備運搬用に改修したもので、強豪校の多くに導入されている。

 現在時刻は午後四時二十二分。一度家に帰って準備を整えたのは雲雀だけだが、山の日暮れは早いと言う。早く演習場に行かねば暗くなってしまう、と六人はスロープを登っていく。

「ヒバりん、ナイフも持ってきたんだ」

「うん。お気に入り」

 流が雲雀の腰を見る。

 雲雀が腰に装備しているナイフはJK2NL────アイトールのジャングル・キングIIを疑似近代戦闘用に改良したものだ。試合では殺傷力を無くした近接武器ナイフの使用も認められているが、登録の必要は無い。

 また、試合ではグレネードも使われるが、こちらはプロチーム以外は所持が禁止されている為、演習場で購入するか、試合前に使用申請を提出して購入する必要がある。ただし、グレネードランチャーは例外だ。

 雲雀はこの他にも、タクティカルライトや単眼鏡などを持ってきている。

 階段を登り切り視界が開けると、六人は思わず声を漏らした。

「どうしよっか。てか、試合の時ってどう動こう?」

 少し進み、エントリー訓練場横の屋根の下で台車を止めた流が、振り返って言う。

 最大人数の十五人であれば、コンソールフラッグの防衛に一分隊五人。攻撃隊に七人か八人、そして狙撃手と観測手、と分かれるのが一般的だろう。

 しかし、雲雀達は六人しかいない。コンソールフラッグは初期位置のみが相手チームに知らされるとはいえ、この人数で移動しながらの防衛戦は愚策だ。

「ルールを見た感じ、私達だと防衛は最低限がいいんじゃない?速攻仕掛けて終わらせるくらいしか、勝ち目無いと思う」

 碧羽の指摘に、織芽がほうと感心する。雲雀に試合映像を見せられたとは聞いたが、少しルールを知っただけで行動方針を考えられるというのは、頭脳面で頼りにできるかもしれない。

 碧羽に賛成だ、と織芽が手を挙げる。

「二人ずつ分けるのがいいと思うわ。防衛二人、斥候と遊撃に二人、狙撃手と観測手………って感じで」

「狙撃手はゆっちかな?ヒバりんも狙撃できる?」

 雲雀が取り出したモシン・ナガンを指して、流が聞く。しかしそれに雲雀は、首を振って答えた。

「この子はまだ一回しか撃ったことない。それも二百メートルで外したから、選抜射手にすら向いてないと思う」

「何で持ってきたんですか………」

「九百メートルの狙撃場があるって聞いたから、つい」

 準備体操とストレッチをしながら、雲雀は桜山演習場の航空写真を頭に思い浮かべる。

 まず目の前には、エントリー訓練用の壁や障害物。

 そのすぐ奥、エントリー訓練場の南には、十、五十、百メートルの位置にターゲットが置かれている、第一射撃場。

 エントリー訓練場の西には野外戦訓練場が、その更に西には市街戦訓練場がある。

 第一射撃場の西、つまり野外戦・市街戦訓練場の南にあるのが、第二射撃場兼長距離狙撃場だ。

 各々体をほぐした六人が台車からマガジンとアモ缶を手に取り、マガジンに弾を込めていく。それが終わると銃を手にしてチャンバーチェックを行い、マガジンを挿した。

 碧羽と魅明も、この五日間で雲雀に散々注意を受けたからか、銃を手にした際にはトリガーに指を掛けず、チャンバーチェックなども行う様になっていた。それでもまだ時折、銃口を人に向けることはあるのだが。

「じゃ、どうする?二人ずつ分けて練習する?」

 四時三十三分。日が出ている間の方が都合が良い訓練は、今の内に終わらせておくべきだろう。

 桜山演習場は夜間の使用も可能だ。明日も授業はある為あまり遅くはなれないが、九時前後までなら問題無い。真里奈が態々平日の放課後を選んだのは、夜間試合を想定した訓練も欠かせない為でもあった。

「日が落ちたらここに再集合。その後、本能射撃インスティンクスの練習をする」

 狭い範囲での経験しかないとはいっても、雲雀は十年間射撃を続けている。訓練の方針は彼女に任せるのが良いだろう、と全員が頷いた。

「えっと、狙撃班はゆっちと………ノグっちゃんが観測手でいいかな?」

「おーけー」

「わ、分かりました」

 魅明は新人戦でも有と行動を共にしていた。その時一度だけとはいえ、経験のある役割の方が気負いせずに済むだろう。

「あとは………防衛班と攻撃班ね」

「攻撃は私がやる」

 当然のことだが、射撃経験が豊富な方が制圧には有利だ。逆に、防衛に必要なのは敵の行動を阻害する抑止力としての射撃で、要するにこちらは弾を散発的にばら撒いておけば良い。

 無論、射撃制度も重要だが、それは一朝一夕とはいかない。今できることを、となると、防衛班に求められるのはという戦術的な部分だ。

 しかし、攻撃班を雲雀一人に任せるのも負担と危険が大き過ぎる。雲雀が戦闘不能となった場合、防衛戦に徹するしかなくなるからだ。

「意思の疎通が早い人と組むべき、かな?そうなると………」

 流と織芽が防衛班、雲雀と碧羽が攻撃班、というように分かれるのが良いだろうか。

「私、運動神経悪いんだけど………。防衛の方が良くない?」

「攻撃って言っても、この人数だと遊撃………というより、奇襲くらいしかできないだろうから。走って撃てるなら、多分誰でも問題無いわ」

 それはそれで傷付くな、と苦笑しつつ、碧羽が雲雀の隣に移動する。

 雲雀達は"カフ"を外して、屋根の下で真里奈が来るのを待ってから、訓練を始めることにした。

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