オペレーション:ポッシビリティ 7
月は変わり、六月の三日。火曜日の昼休み。
雲雀達六人は手早く昼食を済ませた後、日本疑似近代戦闘連盟から届いた段ボール箱を台車に乗せて、第二事務室から延びる廊下を歩いていた。
この段ボール箱に入っているのは試合用のニューペクター弾だ。台車に乗せきれずに織芽と雲雀が一つずつ抱えているが、これでもまだ事務室横の簡易倉庫には幾つかが残っている。
大会への出場申し込みをすると、二、三日程度で試合用のニューペクター弾が支給される。
雲雀達は締切日、先週の金曜に、午後の授業を特別に休ませてもらい、市庁舎で出場登録を済ませた。締切日ということもあって他校の姿は無く、手続きに時間は掛からなかったが、流石に弾薬の支給には数日を要したらしい。連盟は土日も動いているのだが、この段ボール箱の山が届いたのは、今日の十一時頃だ。
普通ならばもう少し早く到着するのだが、これには理由がある。雲雀達が大多数の高校と違って、装備が統一されていないことが原因だ。
更にもう一つ、雲雀が提案した番外戦術………と言って良いかは分からないが、それによって、支給される弾薬の量が増えていた。
その番外戦術というのが、
「まさか、持ってる銃を全部大会登録するなんて………」
今織芽が口にした、『雲雀が個人的に所持している競技銃を全て大会登録する』というものだった。
大会に出場するには、使用する可能性のある競技銃を登録する必要がある。大抵の場合は装備は統一されている為、
しかし、昨年までの数年間、弘海学園女子疑似近代戦闘部はほぼ同好会としてしか機能しておらず、部員が各々気に入った銃を部費で集めていたこと。
そして何よりも、雲雀自身が所持している銃が二十四丁もあることで、それら全てを登録した結果、必然的に弾薬支給量が増えたのである。
雲雀が全ての銃を登録したのにも理由がある。
それは、大会では使用する可能性のある銃は一般にも公開されるからだ。その情報は当然、対戦校の生徒も見ることができる。その装備情報を基に戦術と戦略を立てるのが基本なのだ。
雲雀達は六人しかいない。その数の差を埋めるには、他校が得られる雲雀達の情報を分散させる必要がある。登録された銃から戦術と戦略を立てるのが普通ならば、その登録された銃の数が多ければ多い程、多岐に渡る作戦内容を考えなければならなくなる。
つまり、雲雀達がどんな装備で試合に臨むかが不明であれば、対戦校が取れる手段は限られる。それは『全て警戒』という、単純にして最も精神力を削られるものだ。
当然、それだけでは人数差で押し負けてしまうだろう。しかし、相手に明確なプランを与えないという点では、悪い考えではない。
「いいなー。私も好きな銃撃ちたいなぁ」
台車を押しながら、流が溜め息を吐く。
雲雀以外が試合で使うのは、ほぼ全てが前年までの部員が残したものだ。雲雀の様に好みで使う銃を変えることができないというのが、流にとっては不満らしい。
「活躍すれば部員も部費も増えて、ちょっとなら買えるんじゃない?」
小さい体のどこにそんな力が………と、
「ちょっ、ノグっちゃん大丈夫?すっごい声出たけど」
「だ、大丈夫です。膝痛い………」
「前方不注意、めんてー。怪我してないー?」
「してないです………。うぅ、膝がジンジンする………」
木曜の放課後から五日間、碧羽と魅明は雲雀の指導の下で、ひたすら射撃訓練を行っていた。しかしお世辞にも呑み込みが早いとは言い難く、十メートル先のターゲットにすら真面に当たらない状態だった。
「二人共、ルールは覚えた?」
段ボール箱を抱えたまま、雲雀が振り返って碧羽と魅明に問う。
「一応。複雑なルールじゃなくて良かったよ」
「えっと、コンソールフラッグ?の取り合い、なんですよね」
日本の高校生大会では、基本的に"コンソールフラッグ"という移動可能な大型デバイス────縦長長方形のデバイスが使われる。
両陣営に一つずつ"コンソールキー"と呼ばれるカードキーが渡され、そのキーを相手陣営のフラッグに差し込んだ方が勝利する………という、シンプルなルールだ。
当然、コンソールフラッグは防衛されている為、相手の数を減らしたり、或いは誘い出したりして手薄にする必要がある。
新人戦はどちらかが全員戦闘不能となるまで、或いは制限時間に達した時点で多くの人数が残っている方が勝利となるルールだった為、魅明も公式戦のルールは知らなかったのだ。
「こっちは六人だから、あんまり別行動はできないかなぁ。フラッグも守らないとだし」
「防衛戦じゃ、人数が少ないウチが圧倒的に不利よ」
「あたしの狙撃に任せろー」
撃ち抜くぜー、と気合を入れる有。
戦術面のことは、今日の放課後に考えれば良い。その為の演習場だ。
それにしても、と流が真里奈の名を口にする。
「まさか、マリリンが自腹で演習場の使用料払ってくれるなんて………」
雲雀に借金をするつもりで、とバイトを探していた流、織芽、有の三人だったが、その必要は無くなった。いつか返すと真里奈に伝えた時も「子供が小さいコト気にすんな」と言われてしまったし、非常に大きな借りが出来てしまったものだ。
何かしらの礼はしたいところだが、真里奈が喜ぶものは何だろう………と考えると、煙草と酒しか思い浮かばず、六人は苦笑いをするしかなかった。
玄関口の少し手前でふと雲雀が足を止め、背後に目をやる。
「ひーちゃん?どーかしたー?」
「足音が聞こえた気がする」
「やめてよ、まだ昼間よ?」
織芽がささっと流の陰に隠れる。大人びた雰囲気とは裏腹に、彼女はこの手の話に耐性が無いらしい。
逆にホラー映画などが好きという有は、どこだどこだと辺りを見回している。
「あーもう、ほら、部室に運ぶんでしょ。早く歩く!」
雲雀と有の背中を叩いて、碧羽が下駄箱からローファーを取り出す。
「ていうか、全員で来る必要無かったんじゃ………」
と、魅明が今更ながらに呟くと、五人は「確かに」といった表情をするが、特に改めないままに校舎を後にした。
その、雲雀達の後ろ姿が消えたのを確認して、用具入れの陰で身を潜めていた少女が大きく息を吐いた。
(あーもう、あいつ全然一人にならねぇじゃん。何だよ、友好関係モンスターかよ)
その少女、田中島妙子は、この数日間ずっと、雲雀と二人きりで話す機会を伺っていた。しかし雲雀は転入直後にあるまじき交友関係の広さを構築しており、朝も昼も放課後も、一人になる時間は全く無かった。
腰に下げた二つのホルスターの内、片方を上から撫でた妙子は、何時になったら話ができるのだ、と溜め息を吐く。
彼女は人見知りという訳ではないが、別段人付き合いを好む性格でもない。しかし今回ばかりは、話の内容が内容なだけに、第三者がいる場で雲雀に訊ねる、というのは気が引けると感じているらしい。
(なんかもう、私、ストーカーみたいだな………)
もう一度大きく息を吐いてから、傍から見たら不審者だよなーと思いつつ、妙子は教室へと戻っていくのだった。
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