オペレーション:ポッシビリティ 6
女子疑似近代戦闘部の部室内は、陰鬱とした雰囲気に包まれていた。
夏の大会に出場し優勝を目指す、と決めたものの、最低人数にはあと一人足りない。昼休みや放課後に勧誘を行ったが、成果は出ずにいた。
電光掲示板に張り付けた部員勧誘のポスターも効果は無いし、各々教室で声を掛けては玉砕を繰り返した。そして、明日が出場申し込み受付の最終日だ。今日までに部員を増やせなければ、どれだけ決意を固めようと徒労に終わる。そのタイムリミットは、数時間後にまで迫っていた。
「無理矢理にでも連れてくるべきだったかなぁ」
魅明を再び勧誘した流が、もう少し強引な手段を使っても良かったのでは、と反省する。しかしそれに、雲雀は首を横に振った。
「強制するのもされるのも嫌い。夏の大会には間に合わなかったけど、まだ冬があるし、来年になれば新入生もいる。………今回は、仕方無い」
とは言ったものの、雲雀には懸念材料があった。生家にいる祖母のことだ。
雲雀の両親は既に彼女を娘とは思っていないが、祖母は寧ろ、雲雀に対して強い執着心を抱いている。祖父が死んだことでそれは酷くなり、逗子に来る前には練馬の家に人を寄越したこともあった。
一応は五百年の歴史がある、とされる呉服屋の当主である為か、雲雀の祖母は「お家の断絶だけは罷りならん」、と次代を育てることに躍起になっている。雲雀が一人っ子であることも理由の一つだ。
それ故に雲雀は、いつか生家に引き戻される日が来るのでは………と、漠然とした不安と小さな怒りの中で、日々を過ごしていた。
(五百年前の家とは血の繋がりが無いのに。馬鹿馬鹿しい。早く潰れればいい)
祖父の火葬にすら立ち会わなかった人間となど、二度と顔を合わせるものか────祖母と両親を頭から追い出しつつ、雲雀は顔を上げた。
「夏が無理なら、今の内に色々と練習すべき。秋季大会にも出てみたいけど………」
「秋季大会って、紅葉・銀杏杯?」
織芽の言葉に頷き、雲雀が"カフ"の画面に昨年の大会ホームページを表示する。
紅葉・銀杏杯とは、公式大会でない為に成績には残らない、言わばエキシビジョンの様なものだ。
紅葉杯は銀杏杯の予選大会だが、この二つを合わせて秋季大会と呼ばれている。秋季大会は、平和杯と呼ばれる世界的な大会がプロチームや社会人チームだけのものだった時代に作られたもので、かなり特殊なルールが設けられていた。
それが、『地区毎に出場選手がシャッフルされてチームになる』というものだ。
同じ高校に在籍していても敵同士となる可能性が非常に高く、即席のチームで勝ち上がっていかなければならない。更に一試合の時間制限が無く、春季大会とも呼ばれる夜桜杯同様に、準決勝からは会場が京都・奈良で固定され、ここからは全て夜間試合になるという特徴も有している。
「できれば最初の出場は、冬がいい。初出場でバラバラなのは………」
「寂しーよねー」
パリパリと音を立てながらサワークリーム味のポテトチップスを食べる有が、雲雀の心の内を代弁する。
雲雀がその袋の中に片手を突っ込んで一枚取り出し、パリッと噛む。
「冬の大会までに一人増やすだけなら、確かに練習時間も多く取れるわね。なら、今から色々とプランを練っておかないと」
織芽が"カフ"のOSに内臓されているメモ帳アプリを起動する。それに雲雀は、もう一枚のポテトチップスを手に取りながら、
「それなら、こみや食堂に行こう」
と、移動を提案した。
確かに、このまま部室にいてもやることは無い。冬の大会に出場するというのであれば、演習場を使える機会もあるだろう。ならば、今日無理して狭い簡易練習場で射撃を行う必要も皆無だ。
「もうすぐ月も変わるから、お金の心配もあんまりないしね。パーッと食べよう、パーッと」
流が鞄を手に取り立ち上がる。
四人が明るく振舞いつつも気が塞がる様な雰囲気を纏い、部室から出ようとした瞬間、
「うわっ」
「きゃっ」
………と、二人の少女の声が廊下に響いた。
いきなり扉が開いて、すぐ目の前に人がいたのだ。驚くのも無理はない。
「碧羽と魅明。何してるの?」
織芽の背後からひょこっと顔を覗かせて、雲雀が二人の名前を呼ぶ。帰宅部の二人が部室に、それも校舎から少し離れている第三部室棟に足を運ぶなど、珍しいどころではない。
魅明の名を口にした雲雀に、他の三人がおやと首を傾げる。
「あれ?ヒバりん、ノグっちゃんのこと知ってるの?」
クラスの違う雲雀と魅明に面識があることを疑問に思ったらしい。いつ出会ったのかは分からないが、魅明は雲雀の顔を見て、少し安堵の表情を浮かべた様にも思えた。それが尚のこと不思議だったのだろう。
「うん。友達」
「相変わらずの交友関係の広さ………」
「最早超能力の類ね」
「ちょーのーりょく、かっこいー」
雲雀も雲雀で、三人と魅明が顔見知りであったことに驚いた様子だ。それを質問すると、織芽がそういえば知らないんだったか、といった口振りで答える。
「わたし達が入学した時、この部は廃部になってたって話はしたでしょ?」
「聞いた。流、織芽、有とあと一人で復活させたんでしょ?」
「その残された一人こそ、何を隠そうノグっちゃんなのだよ」
初耳だ、と雲雀は魅明を見る。確かに初対面で銃は良いものなのか、と質問されたが、まさか元部員だったとは予想していなかっただろう。
「珍しー組み合わせー。二人も仲良しー?」
有が碧羽と魅明を交互に見る。今度はそれに、雲雀が首を傾げた。
確かに三人の前で名前を出したことはあるが、碧羽と有が行動を共にしている場面は見たことがない。流と織芽も碧羽の顔を知っている様子だし、意外なところに接点があるものだと感じたのだろう。
「立ちっぱなしで疲れたから、入りたいんだけど。いい?」
「ああ、うん。どうぞ」
こみや食堂に向かおうとしていたことなど頭から抜け落ち、四人に二人を加えて部室内に戻る。狭い部屋だからか、この人数でも既に手狭だ。
それで、と流が要件を問う。一応、部長として対応すべきかと判断したらしい。
それに二人は、雲雀が初めて部室に現れた時と同じ様に、"カフ"の画面に入部届を表示する。
近寄って固まる流と織芽、ソファにポテトチップスを落とす有、その隣で珍しく目を丸くする雲雀。四人と二人の間に沈黙が流れる中、碧羽が画面を消して、これだけは言っておかなくてはと口を開く。
「正直、あんまり銃に興味は無いんだけど。でもまぁ、ちょっとくらいならやってみてもいいかなー、って」
しかし、あまり期待されても困る、と碧羽は続ける。
「私、運動神経悪いから。部員が増えて、私がいなくてもよくなったら、試合には出ない。………マネージャーくらいなら、してもいいけど」
流が勢いよく振り返り、雲雀の顔を見る。雲雀はまだ状況が呑み込めていないのか、貴重な呆け顔をしたままだ。
碧羽の隣で画面を消した魅明は、先程真里奈に言われたことを思い出し、物怖じしながらも一歩前に体を出す。そして深々と頭を下げると、『最低限の筋』を通すべく謝罪の言葉を口にした。
「あ、あの、何も言わずに勝手に辞めて、ごめんなさい。先生にも無責任だって言われたし、私も銃とかはよく分からないけど………。ダメじゃなければ、もう一回だけ、やってみようかな………なんて」
頭を下げたまま、伺い見る様に上目遣いをする魅明。条件付きで入部したのは事実だが、無断で退部したことにも変わりはない。
叱責されるのは当然だ、と身構えていた魅明だったが、予想に反して咎める声は無い。というより、部員四名全員が一言も発していない。
やはり怒っているのだろう、とスカートの裾を握って目を瞑る魅明だったが、
「再入部一人と、新入部員一人!これで六人だー!」
という流の大声に驚いたあまり、「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて、背中を壁に強打することになった。流の方も、思った以上の声量が出たことで自分で驚き、織芽に脇腹を小突かれている。
「やったよヒバりん、ギリ間に合ったよ!出れるよ大会!ビバ・大会!」
未だ呆けたままの雲雀の腕を取り、ぴょんぴょんと跳ねる流。その反対の腕に有が寄り掛かり、六人だーと気の抜けた口調で言う。
雲雀からすれば、勧誘の件を此方から取り下げたにも拘らず、碧羽が入部してきたことが疑問でならないのだろう。魅明は多少の義理があってのことらしいが、興味が無い筈の碧羽が何故、と思考回路が埋め尽くされている様だ。
「………いいの?」
漸く正気に戻った雲雀が、碧羽に本当に入部しても良いのかと問う。
「いいよ。………でも、あんま期待しないでよ?」
それに碧羽は、ショルダーバッグを下ろしながら答える。
手狭になった部室内を見回した流が、ちょっと待っててと廊下に出て走り去っていく。五人が何事かと開け放たれたままの扉の先を見つめて待っていると、数分後に流は、両手に抹茶ラテを六本抱えて戻ってきた。
「やっぱり、これやらないと!ね、ヒバりん!」
順番に抹茶ラテを手渡しながら、流が雲雀に笑い掛ける。まだ日暮れには早過ぎるし、建物に隠れて相模湾も見えないが、四人はそれぞれ缶をこつんと打ち鳴らす。
碧羽と魅明も見様見真似で同じ様にすると、あの日の日暮れと同じく、
「しようぜ、優勝ー!」
いや、あの時以上に力強く、流は缶を持った手を突き上げた。
雲雀がそれに、
「なら、出場申し込みをしたら、桜山演習場に行こう」
と返すのと同時に、六人の"カフ"に一斉にメールが送られてくる。
何事かと確認すべく各々"カフ"を操作し、メール着信画面を開く。送信者はこの部の顧問である真里奈で、件名の欄に『来週火曜の放課後は空けておけ』、本文欄には『桜山演習場予約しといた』と、それだけが簡潔に書かれていた。
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