オペレーション:ポッシビリティ 3

(明日は木曜か………)

 今週はずっと、昼休みの殆どを屋上で過ごしている。といっても、まだ週の真ん中、三日目ではあるが。

 雲雀が連れて来た友人、猪ノ口魅明も加えて六人で昼食を囲み、予鈴が鳴ると駆け足で教室へと急ぐ。始めはおどおどとしていた魅明も、元々雲雀の距離感が近い所為か、少しだが会話に参加するようになっていた。

 その中で碧羽は一人、"カフ"で日付を確認している。

 雲雀の誘いを受けるにしろ断るにしろ、明日の放課後までに決めなくてはならない。雲雀が本気なのは分かったし、流達もそれに同調しているらしい。しかし、いくら本気になったところで、部員数が足りなければ大会には出られない。

(私が入れば、出場はできるだろうけど………)

 まだ一週間程度の付き合いだが、雲雀は良い友人だ。一見するとクールな印象を受けるが実際は逆で、顔の筋肉が怠惰なだけで表情自体はコロコロと変わる。口元のちょっとした動きと青い瞳の奥だけで、多彩に感情表現をしているのだ。

 基本的に裏表も無い為、女子同士でありがちな遠回しな罵倒も、無意味な牽制も必要無い。

 野生だった頃の習性が残っているのかは知らないが、兎に角女というのは面倒だ、と碧羽は日夜、溜め息交じりに思っている。

 そしてそんな女である以上、気を張らずに済む相手の存在は重要だ。相手の顔色を伺う必要性の無い関係は、に過敏に反応する女にとっては、ある意味で理想の一つなのかもしれない。

 流達とはあれ以来連絡を取り合っていない為、四人の間で何があったのかは碧羽には分からない。一つ言えることがあるとすれば、関係が修復された────いや、より親密になった、ということだろうか。

(お爺ちゃん以外の家族の話とか、したのかな)

 あの朝の会話を聞いた碧羽は、恐らく雲雀は育児放棄か何かを受けていたのだろう………と予想した。

 或いは彼女の無表情や、それでいて人付き合いを好む性格、周囲に人を集める空気というのは、その中で身につけていったものだったのかもしれない、などと碧羽は想像する。

 雲雀は碧羽との会話で、意識的に疑似近代戦闘や銃の話題を避ける様になっていた。しかしそれで疎遠になることもなく、こうして毎日、いつものように、普通の友人として接している。碧羽はそれが嬉しくもあり、心地良くもあり、また不安でもあった。

 雲母碧羽にとって、東雲雲雀は間違い無く、良い友人だ。

 では、その逆はどうだろう────と、考えてしまう。

 雲雀が弘海学園に来て、まだたったの一週間。しかし雲雀は、あの朝に"日数は関係無い"と口にした。彼女にとっては恐らく、出会った初日だろうと十年来の付き合いだろうと、そこに差などないのだろう。

 ならば、その雲雀にとって今の碧羽は、気が置けない相手なのだろうか。表裏の無い少女が明らかに話題を避けるというのは、遠回しな罵倒や牽制で塗り固められた関係と、どう違うのだろう。

 碧羽がそんなことを考えている内に昼休みの残り時間も僅かとなり、六人は各々片付けを始める。といっても、ゴミをビニール袋に詰めたり、弁当箱をランチバッグに仕舞ったり、雲雀の場合はホルスターを腰に巻いたり、というくらいだが。

(優柔不断だな、私)

 決断を先送りにするのは昔からの性格とはいえ、これからの人生もそうなのだろうか、と考えると、碧羽は憂鬱にならずにはいられない。雲雀の誘いを受けるか断るか、と迷っている理由の一つも、気に入らないらしい。

 つまり、まだ出会って一週間の相手の誘いに乗ってしまっても良いのだろうか、と考えているのだ。

 それが普通の感覚であるとはいえ、友人の真摯な態度に対して時間を材料に迷うというのは、礼を失する行為だろう。

「先に行ってて。この前のことで、碧羽に話したいことがあるから」

 碧羽の考えを読み取ったかの様なタイミングで、雲雀が桃子達に退室を願う。事情を知らない彼女達ははてなと首を傾げながらも、特に気にせずに雲雀と碧羽を残して階段を降りていく。

 気不味い雰囲気が二人の間に流れ、数秒、数十秒と時間だけが過ぎる。その沈黙を破ったのは雲雀だった。

「えっと………私は、あまり感情が顔に出ないタイプだから、分からないかもしれないけど。結構寂しがりだって、自覚してる。だから、碧羽が………流も織芽も有も、桃子、苺花、梨果、愛乃と恵漣や魅明もだけど、友達になってくれて、本当に嬉しい」

 急に何を言い出すのだ、と碧羽が雲雀の真意を探る。入部の件かと思っていたが、思わず赤面するような小恥ずかしい話をされて動揺したらしい。

 雲雀の発言は、碧羽の予想通り入部の件に関してだ。しかし、彼女らしくない前置きである。有の真似でもしているのだろうか。

「前に言ったことは忘れてくれていい。何かを強要されるのは、辛いから」

 そう言って、雲雀は少し目を伏せる。浜松の生家での暮らしを思い出しているのだろう。

「流達にも言ったけど………悩ませて、ごめんなさい。CSとか、入部するしないとか関係無く、これからも友達でいてほしい」

 親に愛されなかった人間というのは、往々にして人間関係が壊れるのを嫌う。雲雀は、自分が碧羽を疑似近代戦闘部に誘ったことがきっかけで、彼女と友人でなくなることを恐れたのだろう。

 碧羽は、どう答えるべきだろう、と数秒口の周りで言葉にならない空気を揺らして、結局無難な返答しかできなかった。

 これではやはり、良い友人とは言えないな………と、自分の優柔不断さを呪いながら、碧羽は雲雀と共に教室へと戻る。雲雀は既に先程のやり取りを気にしていない様子だが、碧羽はそこまで感情の切り替えが早くない。務めて平静を装っても、曖昧な会話しかできなくなってしまった。




 部活動がある雲雀、桃子、苺花、梨果と教室で別れ、駄弁っている愛乃と恵漣に挨拶をしてから、碧羽は下駄箱へと向かう。

「………あ」

「へ?………あ、えっと、雲母さん」

 玄関口の前で魅明と鉢合わせ、互いに妙な空気感のまま数秒固まる。

 雲雀は基本的に、人との距離感が近い。それ故か、誰が相手でも態度は変わらない。

 しかし、碧羽も、ましてや普段一人でいることの方が圧倒的に多い魅明にとっては、二人は友人の友人程度の関係でしかない。数回昼食を共にした程度では、雲雀の様に打ち解けることなどできないのだろう。

 会話も無く別れる寸前に、魅明が碧羽を引き留める。今度は雲雀の時と違って、明確に自分の意志で。

「あの、えっと………東雲さんもそうだけど、雲母さんにも、他の皆にも、感謝してるんです」

 雲雀と同じ様なことを言うな、と碧羽が魅明に向き直る。こういう話題が流行っているのだろうか。

「私は、その、ほら、少しだけ中国人なので。昔ちょっとあって、色々と………その、怖くて」

 異次元の多国籍化の波により、七、八十年前には"キラキラネーム"などと呼ばれていた名前も、ある程度は平凡なものとして扱われる様になった。母国の名前に漢字を当てたりというのも、現代では普通の光景である。

 例を挙げると、愛乃や恵漣、織芽、そして魅明などだ。

 必ずしも母国の名前に漢字を当てる、という訳ではない。イタリア人の祖父を持つ雲雀やロシアにルーツがある流などは、血筋に関係無く日本人らしい名前を与えられている。

 この時代では、下の名前を見れば多少は血筋の推察も可能だ。魅明の血筋が中国にルーツを持つというのも、見れば分かる程度のものでしかない。そしてそれは、多民族国家となった日本に於いては個性ですらないのだ。

 しかし、敗戦国から移住してきた人間の子孫というのは、少なからず好奇の視線に晒される。碧羽は魅明の過去など知る筈もないが、何があったかの推測程度は可能だ。

「目立つとまた何か言われるんじゃないかなって、思ってたんですけど。なんか、皆意外と気にしてないみたいだし、東雲さんもあんな感じで。………ビクビクしてたのが、ちょっと馬鹿らしく、なったりして」

 雲雀は昼休み以外にも、朝などは魅明と話していることもある。碧羽が魅明と面識を持ったのは昨日のことだが、それでも今はその時よりも、幾分彼女の表情が明るくなっている様にも感じた。

 雲雀の人柄だろうか、と碧羽は魅明の言葉の続きを待つ。

「あの、雲母さんにこんなことを聞くのは変かもしれないんですけど………私が銃を撃っても、何か言われたり、しないですかね」

 どうやら魅明は、流の誘いを受けるつもりの様だった。

 魅明が二週間前まで疑似近代戦闘部に所属していたのは、新人戦までという条件があったからだ。しかし、何も告げずに退部したことが、少なからず心に引っ掛かっていたのだろう。

 国同士の諍いは国民には無関係であるべきだ、という雲雀の言葉が彼女の背を押したのか、少しは周囲を気にしないという決意を固めたらしい。

「しないと思うよ。お年寄りはどうか分からないけど、私達の世代でそんなの気にする人はいないでしょ」

 今の日本では、人種というのは重要視されない。人口の四割が大和民族ではないのだ。そんなものは考えるだけ時間の無駄である。

 ある意味では、日本という国は既に崩壊していると言える。これは学生でも知るところだ。雲雀の「戦勝国にも敗戦国にも意味は無い」という言葉も、他国ではどうか分からないが、この国では正論となる。

 安心した様な表情をする魅明が、頭を下げて別れの言葉を口にする。

 碧羽は一人、第三部室棟の方向に目をやった。校舎に阻まれて見えないそちらからは、今日は銃声は聞こえない。雲雀達は今頃、部員集めに奔走しているのだろう。

 五人程度では優勝どころか一度の勝利すら難しいだろうが、兎も角大会には出られる訳だ────と、碧羽は決断が不要になったことに安堵し、同時に自分に嫌気が差した。

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