夏の前の挽歌 12
帰りのバスの中で、碧羽の"カフ"がメールの着信を知らせる。知らないアドレスだ、と件名を見てみると、そこには『突然ごめんなさい。CS部部長の女川です』とあった。本文には真里奈から碧羽の連絡先を聞いたことと、雲雀の居場所を知っていたら教えてほしい、という内容が書かれている。
雲雀なら一つ前の座席で愛乃と恵漣に挟まれ愛でられているが、しかし教えても良いものか………と碧羽は悩む。
どうやら昨日の朝以降、雲雀は部員達と連絡を取っていないらしい。寮の部屋を尋ねても出てこず、今日は朝から留守だったようなので、見掛けたら自分のアドレスに連絡してほしい────ということだが、碧羽達が雲雀と134号線沿いのコンビニ前で待ち合わせたのは午前十時だ。朝からというのが何時からかは分からないが、それ以前となると、雲雀の方が避けているとしか思えない。
それを女川に伝えることは、雲雀にとって良いことなのか、否か。
一分程唸った末に、碧羽は雲雀が今自分達と一緒にいて、これから寮に帰るところだと返信した。
(女川さんと話したことはないけど、この前の朝にどんな人かは少し分かったし………。赤松さんと、確か古宮さん?も悪い人じゃないみたいだから、大丈夫でしょ)
"カフ"の画面を閉じて背凭れに体を預ける。それを見た梨果が、碧羽の肘をつついてにんまりと笑った。
「何だ碧羽、彼氏からの連絡かー?」
なぬ、と桃子や苺花が後ろの席から頭を出す。
「裏切ったのか碧羽。答えろ被告人碧羽」
「アオーバス、お前もか」
囃し立てる三人にあれやこれやと言われる碧羽が、溜め息を吐いてそれを否定する。
「だったら楽だったんだけどね。いやいないけどさ、彼氏」
男からのメールならば、恐らくここまで精神を擦り減らすことは無いだろう………と、未経験でありながら想像をする。
ふと顔を上げると前の座席の背凭れの上にちょこんと顔の半分を覗かせて、雲雀が碧羽を見ている。そして、梨果、苺花、桃子と順番に視線を巡らせてから、
「………全員独り身か」
と、盛大に失礼な発言をした。
「余計なお世話じゃい」
雲雀が背凭れの上部に置いている手に、ぺしんと平手打ちを食らわせる碧羽。どうせ私は雲雀程可愛くないですよ、と口を尖らせる彼女に、雲雀を含めた六人が微妙な慰めを口にする。
『次は、大崎公園前。大崎公園前です。お降りの方は────』
車内のスピーカーから、人の肉声と判別がつかない程に精巧な機械音声が発せられる。それを聞いた雲雀が、右隣に座る恵漣の服の裾をついついと引っ張った。
「恵漣。私、次降りる。ボタン押して」
そう言って窓ガラスを指さす雲雀。
「え、次で降りんの?寮までちょい遠くね?」
「今日食べ過ぎたかんねー。歩くの大事」
「違う。私は太り難い体質だし、体重は維持できてる。少し歩きたいだけ」
恵漣が窓ガラスの隅に触れる。するとガラスの下部に広告などと共に降車ボタンが表示されて、それが押されると車内に涼しげな鈴の音が響いた。
(大崎公園………)
雲雀と祖父の思い出の場所だったな、と碧羽は窓の外を見る。確か、雲雀は昨日も大崎公園を訪れていた筈だ。亡くなった祖父に秘密の相談事でもあるのだろうか。それならば墓参りでもすれば良いのでは、と疑問に感じるが、そういえばと雲雀が東京から引越してきたことを思い出す。彼女の祖父の墓がそちらにあるのであれば、日曜の夕方に出立しては翌日に響く。
前の座席の背凭れの向こうに座る、出来たばかりの友人の心の内を想像してみる。しかし、まだ出会って一週間と経っていない。一見すると人付き合いを好む普通の少女に見える、しかし実際には家族のことを話したがらない雲雀の心境を推し量るには、まだ時間を積み重ねることができていない。
碧羽は、私も次で降りるよ────と口にしようとして、止める。
「雲雀ちゃん、幽霊探しに行くの?"カフ"の電池大丈夫?お塩持ってる?」
「幽霊探しじゃない。電池は大丈夫。塩は………体内に塩分があるから問題無い」
「塩分じゃなくて塩だよ、雲雀。ソルト。
「抹茶塩が好き」
「天ぷらに付けると美味いよなー」
会話を続ける雲雀達を乗せたバスが、伊勢山トンネルを抜けた少し先で減速を始める。そして少し切り開かれた左側へと入って、数十年前は小さな史跡だったという心霊スポットの辺りで停止する。此処が大崎公園前だ。
雲雀が出られる様にと通路に体を退けた愛乃が「んじゃねー」と手を振って別れの挨拶を口にして、膝の上に置いていたショルダーバッグを手に持った雲雀も、それぞれに手を振って降車口へと歩く。
降車口の脇に設置されている機械に、雲雀は表示した"カフ"の画面を翳す。それで料金の支払いが完了し、彼女は再度友人達に手を振って、アスファルトの上に降りる。
それから数分と経たない内に、バスは碧羽達が降車する披露山ハイキングコース前へと到着する。六人が順番に"カフ"で料金を支払い、バスから降りる頃には、時刻は午後六時になろうとしていた。
134号線に沿って歩き、寮を通り過ぎた辺りで、愛乃と恵漣の二人と別れる。
「んじゃー、うちらこっちだから。また明日ー」
愛乃と恵漣が134号線を南へ進む。それを見送り、二人が左に曲がって姿が見えなくなると、碧羽は大崎公園の方向に顔を向けた。
「私、ちょっと寄りたいところあるから。また明日ね」
「碧羽も幽霊探しー?」
「いやまぁ、幽霊も気になるけどね」
そう言って三人と別れた碧羽は、寮の方へと足を向け、"カフ"のOSに内蔵されているメールアプリを起動した。
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