夏の前の挽歌 10

 第二職員室の扉を叩いた雲雀が、ひょいと顔を覗かせる。

「おー、東雲。早いな。まだ八時半前だぞ」

 真里奈が時計に目をやり、職員室の脇に移動する。そしてそこに掛けられているキーホルダーの付いたカードキーを手に取り、雲雀の前に移動して、彼女にそれを手渡す。

 通常は部長が部室のキーを受け取り、諸々の準備をしてから午前九時頃に部活動を開始する。しかし、昨夜に流から『三人共少し遅れるから、先に朝練初めてて』と連絡があった為、今日はこうして雲雀が来ていた。

「私は書類片付けてから行くから。九時までは撃つの控えてくれな」

 学生が競技銃を使う場合、通常は顧問の監督が必要となる。しかし、部員の中に地球バッジを所持している者がいる場合はその限りではない。

 余談だが、地球バッジにもグレードが存在する。比較的誰でも取れるのが"銃の所持と監督者同伴での射撃を許可する"という通称"白地球バッジ"で、雲雀が所持している青地球バッジは上から三番目のグレードだ。

 これは所持している競技銃の貸与が可能、かつ監督下であればその使用を認めるというもので、取得には年齢制限は無いものの、筆記試験や実技試験に合格しなければならない。現在、弘海学園の生徒でこの資格を有しているのは、雲雀を含めて二人だけだ。

 この一週間弱の部活動で、雲雀達が顧問である真里奈の同伴無しに射撃練習を行えていたのは、雲雀が所持している資格あってこそなのである。

「珍しくホルスターに入れてんのか。コルトの81tb」

 コルト81tbとは、雲雀が携帯している自衛用火器であるコルト・ノンリーサルSDP3 T081tbのことだ。自衛用である以上、大抵の者はホルスターで携帯しているものなのだが、雲雀はこれまでリュックサックに入れて持ち歩いていた。

「有のお母さんに怒られたので。女子高生としての意識に欠けるって」

「ああ、こみや食堂の。まぁ正論だな。何の為に持ってるんだって話だし」

 今週は毎朝こみや食堂に寄って、予約していた弁当を買っていた雲雀だが、どうやらその際に注意を受けたらしい。この辺りは然程発展していない為に治安は良い方ではあるが、有事の際の自衛目的で所持している物を咄嗟に使用できる状態にしていない、というのは確かに意識に欠ける。

「それと、これの確認をお願いします」

 そう言って雲雀は、リュックサックの中からベレッタM84チーターと.380N弾が入ったアモ缶を取り出す。

 雲雀の所持している資格であれば、この顧問への確認は必ずしも必要という訳ではない。しかし、部活で使うものである以上、最低限の筋は通すべきだと雲雀は考えていた。

「チーターか。他は?」

「その子以外は、全部前に確認してもらった物です。ハイスタと93Rと38、あと蠍」

「おけおけ、確認する」

 雲雀が転送した許可証ライセンスに目を通し、チャンバーとマガジン内に弾薬が入っていないかを確認する真里奈。

「これBB?」

「はい」

「なぁ、93Rもそうだけど、女が使うにはグリップ大きくないか?マガジンキャッチ押し難いだろうし、絶対85の方がいいだろ」

「こっちの方が格好いい………から?」

「ああ、うん。そうな、カッコいいな」

 確認を終え、M84とアモ缶を雲雀の方へと差し出す真里奈。

「部室に行ってきます」

「おー。………あ、そうだ。椿丘バッジな、もうちょい待っててくれ。中間テストのすぐ後だったから、生徒会の方がちょっと忙しくてな。まぁ、青地球バッジ持ってる奴にはあんま関係無い話だけど」

 弘海学園校内に自衛用火器を持ち込んでいる、という証明である椿丘バッジ。その許可が下りないということはほぼあり得ないが、一応生徒会にも通達は行く。というより、本来は雲雀が付けている白バッジを渡すのも生徒会役員の仕事だ。雲雀の場合、転校生だったことと、競技銃の確認などがあった為に、ついでに真里奈が手渡したというだけのことである。

「分かりました」

 そう言って、雲雀は第二職員室を後にする。平日であればこの時間は授業中だが、今は校舎内に生徒もおらず、静かなものだ。




 部室の机には、分解されたM84が置かれている。

 その一つ一つを手に取り、クリーニングキットで手入れをしていた雲雀が、ふと壁際の棚へと視線を移す。

 流曰く、去年の部員数は九人。しかし全員が三年生だった為に三月には廃部となり、流達が復活させる頃には銃などの備品も処分される寸前だったらしい。

 分解したM84のパーツを組み立ててスライドを数回後退させ、トリガーを引いて動作確認を終えると一つ伸びをして、M84をリュックサックへと仕舞う。

(そろそろ裏に行こうかな)

 椅子から立ち上がり、廊下に出て部室の扉をロックした雲雀は、すぐ隣の非常用階段を使って外に出た。簡易練習場に向かうには、こちらを使った方が早いのだ。

 簡易練習場に着いた雲雀が隅の台の上にリュックサックを置いて、M84を取り出す。どうやら今日はこの銃を使いたい気分らしい。

 軽量化特殊合金のアモ缶の一つを取り出して、スライドを引いてからM84のマガジンを抜く。マガジンに.380N弾を込めて本体へと戻し、スライドストップレバーを下げ、セーフティが掛かっていることを確認した雲雀は、コルト81tbを収めているホルスターを腰から外し、代わりにM84を別のホルスターに入れて、腰から下げる。そしてリュックサックからゴーグルとグローブ、そしてイヤーマフを取り出して装着し、地面に長方形の石材を埋めただけの射撃位置に立つ。

(真正面に撃つだけだと、やっぱり単調だな。距離も十メートルで固定。幅も無いからスティールチャレンジすらできない)

 これでは、射撃訓練というよりは射撃体験と言った方が近い。やはり、もっと広い場所での練習が必要だ。

 十三発を撃ち切り、雲雀は溜め息を吐く。

 マガジンを抜いてポーチに収めてからスライドを戻し、銃口を的に向けてトリガーを引く。そうしてチャンバー内に弾薬が残っていないことを確認してから"カフ"で時刻を表示すると、そこには九時十七分とあった。

(………来ない、のかな)

 昨日の朝以降、雲雀と流との間には少し距離ができている。自分の発言が彼女との温度差を明確にしてしまったと、雲雀は若干後悔をしていた。

 しかし、発言を撤回するつもりは無い。撤回するつもりは無いが………

(多分皆は、楽しく銃を撃ちたいだけ。それは別にいい。けど、私は………)

 祖父は間違っていなかったと、いや、祖父は正しかったのだと、生家の三人に証明する。その為に、束縛の強い祖母から逃げて此処まで来たのだ。

 だが、それが流達にとって重荷となるなら、この場所に残されるのは雲雀一人だけになるかもしれない。碧羽からの返事もまだだ。

 疑似近代戦闘に触れている者が、必ずしも勝利を追い求めている訳ではない。新たに部員を獲得することができたとしても、その人物が大会への出場を望むかどうかも分からない。その中で、雲雀だけが優勝とを目的として掲げるのであれば────

 雲雀が、右手の中にあるM84に視線を落とす。そしてそれを、ゴーグルやグローブ、イヤーマフと共にリュックサックに仕舞うと、彼女は部室棟裏から移動しようと振り返った。

「おっとと。あれ、もう休憩か?チーター撃ってるとこ見たかったんだけど………」

 建物の影から現れた真里奈とぶつかりそうになり、互いに一歩下がる。

「少し行きたいところがあるので、やっぱり今日は休みます」

「ん?そうだな………まぁ部員少ないし、この練習場でできることもあんま無いしな。女川達は………」

「多分今日は、来ないと思います」

 部室のキーを真里奈に渡し、雲雀が第三部室棟を後にする。その背中を眺めながら、真里奈は自分がいないところで何かあったなと察し、流達に話を訊くかと部室で待つことにした。

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