夏の前の挽歌 4
「だーめだー。ねー、やっぱノグっちゃんしかいないってー」
緩み切った空気の第三部室棟二階の角部屋。狭い室内で机に突っ伏していた少女が、一つ結びにした茶髪を揺らして古びた安いソファに座る二人の部員に視線を向ける。
その愚痴の様な言葉に反応して、ソファに座る金髪ショートボブの少女が呆れた声を放った。
「新人戦までって約束で、無理言って入ってもらっただけじゃない。彼女、元々銃とか興味無いんだから、再入部はしてくれないでしょ」
窓から差し込む太陽の光を背負い、陰になっている茶髪一つ結びの方を向く金髪ショートボブ。その隣で、だらしなく腕掛けに体を預けている黒髪ロング────ブラウスの上にスリーブレスパーカーを着て、蛙の顔がデザインされたフードを被っている少女が、
「そーだよ。無理強い、良くない。それにさー、興味無い人が入っても、結局急場凌ぎにもならないのは分かったでしょー」
「そうだけどさぁ」
このままでは廃部だ────と、茶髪一つ結びが再び机に突っ伏す。
「部員募集のポスター作ってさ、電光掲示板に表示しよっか?」
「新入部員勧誘の時期なんてもう過ぎてるんだから、誰も興味持たないわよ」
「じゃー、新入部員には最中一袋の特典を付けよー。もちろん小袋でー」
部員数が三人以下となった部活は、二週間以内に四人以上とならなければ廃部となる。ノグっちゃんと呼ばれた生徒がこの部室を去ってからまだ数日だが、五月も半ばを過ぎたこの時期に、新たな部員が都合良く現れる可能性は限りなく低い。
「夏の大会、出たいのになぁ」
「それまでこの部が残っていればいいけど」
「縁起でもないこと言わないでよ」
「事実でしょ」
「最中おいしー」
「………よし、やっぱポスター作ろう!行動しない者に勝利の女神は微笑まない!まぁどの神話の女神かにもよるけど………」
勢いよく立ち上がった茶髪一つ結びが、胸の前でむん!と拳を握る。
「ワルキューレには愛されてるかもね。女神とは違うけど」
「勝利を運んでほしいんだよ私は!生死の選別とかはいらない!」
「あたしらは死ぬ方だろうしねー」
縁起でもない!と黒髪ロングの茶化しに反応しつつ、しかし内心では彼女の言葉に同意する茶髪一つ結び。
いくらオリンピックに並ぶ知名度のある競技といっても、皆が皆興味を抱く訳ではない。まして毎年地区予選で敗退している無名校ともなれば尚更だ。
だが諦める訳にはいかない、と"カフ"を起動させ、部員募集ポスターの制作に取り掛かる。
「カモン、勝利の女神!プリーズヘルプミー、勝利の女神ー!」
茶髪一つ結びの言葉に反応したかの様なタイミングで、ガチャリ!と勢いよく部室の扉が開かれる。扉を開けた赤毛三つ編みの少女は、茶髪一つ結びの妙な姿勢に表情を変えないまま冷たい視線を送り────そっと、扉を閉じた。
が、即座に再び扉を開けて、部室内に視線を巡らせる。
「え、誰この美少女。二人の知り合い?」
「わたしは知らない」
「転校生じゃないのー?昼休みに何人か騒いでたよー。B組に何か小動物っぽい美少女が来たーって」
三人のやり取りを聞きながら、赤毛三つ編みの少女────東雲雲雀が部室内に入り、扉を閉じる。
「その美少女がうちに何の用事………あ、もしかして興味あるとか?入部希望者だったり………」
「そんな訳ないでしょ。間違えただけじゃないの」
「ですよねー………」
しかし、部室を間違えたのであれば入室するのは不自然だ。よもや転校生に廃部告知をさせる教師はいないだろうが、と不安になる女子疑似近代戦闘部部員三名。
その三人の視線を気に留めず、雲雀はリュックサックを背中から下して手に持つ。
「えーっと、入部希望じゃないなら何の御用で………?」
茶髪一つ結びの質問に、雲雀は"カフ"を操作することで答える。
表示されている画面を見ようと茶髪一つ結びが雲雀に近付き、そして数秒固まった。
「入部希望じゃなくて新入部員。入部届はもう提出してある。廃部にはさせない。この恩は夏の大会に一緒に出ることで返してほしい」
雲雀の言葉を聞いて、茶髪一つ結びだけでなく他の二人も暫し放心状態となる。が、その沈黙を破り、茶髪一つ結びが空いている方の雲雀の手を握って鼻息を荒くした。
「好きな銃は!?」
「一番気に入ってるのはハイスタ。
オートマならPPKと
リボルバーならコルトの
サブマシンガンならMP18とベレッタの
「ハイスタってどれだっけー?」
「ハイスタンダード・デリンジャーじゃない?」
「ゾウの横顔みたいなやつー?」
「違うけどそう。ゾウの横顔みたいなやつ」
黒髪ロングと金髪ショートボブが会話する前で、茶髪一つ結びがわなわなと肩を振るわせている。
何か気に障るようなことでも言っただろうか、と雲雀が小首を傾げる。自分の好みに合わない人間は入部禁止だ、とでも言われてしまったらどうしようか………と口を開きかけた雲雀の目の前で、茶髪一つ結びが両手を大きく広げて────
「ようこそ、CS部へ!!」
────と、歓迎の言葉を口にした。
「来てくれて嬉しいよー!いやホントに、もう廃部間近だったからどうしよーって!あ、私部長の
「東雲雲雀。よろしく」
雲雀の手を掴んでぶんぶんと上下に振る茶髪一つ結び────改め流。部室内を見回した雲雀は、幾つかの銃と練習用の弾薬が入っているであろう段ボール箱を見て流に質問した。
「この部の銃は全部備品?」
「そうだよ。私達全員地球バッジ持ってないから………あ、東雲さんは持ってるんだ、地球バッジ。しかも青じゃん、すご」
雲雀のブラウスの左襟を見て、流が指を咥える。流、織芽、有の左襟には椿丘バッジも付いていない為、自衛用火器も所持していないらしい。
「呼び捨てでいい。私も皆を下の名前で呼ぶ」
「おお、フレンドリー。んじゃヒバりん、早速行こっか!」
ついに疑似近代戦闘初経験だ、とリュックサックの口を開けようとする雲雀の前に、三人が並ぶ。その手には銃もゴーグルも無く、代わりに流と織芽が雲雀の両脇を抱えて、恐らく三人の荷物であろうショルダーバッグやらリュックサックやらを持った有を先頭に、部室から連れ出される。
「どこに向かってる?練習は?」
明らかに部活を終える流れだ、と口を尖らせる雲雀に、流が答える。
「部活もいいけど、折角美少女新入部員が来たんだし!やっぱり歓迎会はやらないと!」
「退部は認めないから、そのつもりでいてくれると嬉しいわ。もう部員探しに走り回るのは嫌だから」
「おいしーごはんー。何食べるー?」
「安くて早くて旨いとこならどこでも!」
「じゃー事務所だー」
れっつごー、と間延びした声で有が先導する。
早く撃ちたいのに、とぶつぶつ文句を言う雲雀を気にせず、三人はグラウンドを抜けて南西へと進む。
しかし、決まった行先が何処かの事務所というのはどうなのだろう。出てくる食べ物もカップ麺かおにぎり程度しか思い浮かばない。
せめて真面な店にしてくれ、と雲雀はされるがままになるのだった。
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