夏の前の挽歌 3

「ねーねー、雲雀ちゃん。練馬ってどんなところ?」

 六限目が終わり、各々が部室や家を目指して教室を後にする中で、雲雀は数名の女子生徒と談笑をしていた。

「やっぱり、すっごい都会なの?高層ビルとか沢山あったり?」

「この辺りとあまり変わらない。二十三区も今は割と静か」

「東京って、戦前は日本の首都だったんでしょ?何かこう、首都っぽい名残りとかない?」

 桃子の隣、苺花まいかという名の女子生徒が雲雀に問う。

 第三次世界大戦中、東京は日本国内で三つ目となる被爆地となった。首都機能と多くの政治家、重要施設、そしてを失った日本は首都を京都へ移し────いや戻し、現在に至る。

 これは日本だけではない。"人類史上初の核戦争"である第三次世界大戦の影響で、幾つかの国が首都を移していた。

 アメリカの首都はニューヨークへ。

 イタリアはミラノ、オーストラリアはゴールドコーストへ。

 イギリスは連合王国から単一国家となり、首都はバーミンガムに。

 この他、北朝鮮と呼ばれた国は内部崩壊の末に旧大韓民国と統一され大韓民共和国となったり、敗戦国となったロシアは西部を失い、中国も国境こそ変わっていないもののほぼ共倒れとなった。

 現在の地球で強国と呼ばれているのは、主に五つ。新世界連ニューペクターの常任理事国であるアメリカ、イギリス、フランス、インド、オーストラリアである。

 日本は世界各国からアメリカと大韓民共和国の属国と見做されており、その影響は特にサブカルチャー文化に影響を与えた。

 首都っぽい名残りかは分からないが、と雲雀は東京を思い出す。

「東京ドーム跡は見たことがある。隣の遊園地が大きかったし、中にも入った」

「新千代田区は行った?」

「小学校の修学旅行で行った。皇居跡と議事堂跡。皇居跡は当時を殆ど再現してるらしい」

「あれ、練馬出身で修学旅行が東京?」

「小学校までは静岡の浜松にいた。だから修学旅行は東京」

「静岡!うなぎだ!」

「あんな高いものは食べたことがない。一度、寿司は食べたけど」

 寿司!まぐろだ!と互いの手を握ってはしゃぐ桃子と苺花。その様子を雲雀の肩越しに眺めながら、碧羽が頬杖を付いて昔を思い出しながら言う。

「修学旅行か。私は小中どっちも京都と奈良だったなー。ぶぶ漬け言ってもらえなかった」

「私も中学で行った。ぶぶ漬けは無かった」

「あれって都市伝説じゃないの?」

「ぶぶ漬けって何?」

「お茶漬け」

「いかかどす?」

「いかがどすー!」

「どすー」

 桃子と苺花に手を取られ、雲雀も表情を変えないままに燥ぐ。転入初日でここまで馴染むのも、雲雀にどこか小動物的な愛らしさがあるからなのだろう。

 ふと、苺花が時計の電子文字を見る。

「桃子、時間やばい。部活遅れる」

「え、まじだ。てかもう遅刻確定じゃん。部長に怒られるよこれ」

 ひー!と自分達の席に戻り、部活で使う体操着が入った鞄を肩にかける。二人はバスケ部に所属しており、夏の大会でせめて補欠くらいには入りたい、と意気込んでいるらしかった。

「また明日ね、碧羽、雲雀ちゃん!」

「うん、また明日」

「また明日ー」

「ばいばーい」

 教室から出ていく二人に手を振って、雲雀と碧羽が見送る。

 今日一日で、雲雀の連絡先に四人が追加された。碧羽と桃子、苺花、残る一人は用事があるからと既に帰ったが、桃子と苺花の友人である。梨果りかというその少女は映像研究部とやらに所属しているらしく、部活で使う資料を取りに図書館へ向かった。それも、態々少し遠い方へである。

 かつては小坪分室と呼ばれていたその図書館も、今では第二図書館として逗子・葉山駅前の第一図書館より多くの来館者数を出している。

「第二図書館といえば、この前近くの森で怪しい人影を見たって噂があるんだって」

「森?」

「そう、大崎公園の森。知ってる?」

 大崎公園は逗子市の西にある、海に面した都市公園だ。江の島や富士山を眺められる緑豊かな公園で、終戦後の近代化に逆らい、八十年前の姿を色濃く残しているのが特徴だ。

「大崎公園なら、二回行ったことがある。一回目は三年前、二回目は二か月前」

「あれ、噂も二か月前からなんだけど………」

「なら、その人影は多分私。一回目でお爺ちゃんが連れて行ってくれた森の奥に入った」

 噂の真相が分かり、用意していた話の続きが宙に浮いて肩を落とす碧羽。彼女は四十年前から件の公園にある幽霊話をしたかったのだが、雲雀はあまり興味が無い様子だった。

 碧羽の言う怪しい人影という噂も、その幽霊話に繋げて広まったのだろう。

「それより、部活はどうするの?やっぱりCS部に入る?一緒に帰宅部する?」

「CS部に入る。入部届も先生に送った。もう少ししたら部室に行こうと思う」

 時刻は午後四時二十三分。部活動開始の予鈴まではあと二分だが、雲雀は少し遅れて部室に向かおうと考えていた。

「うちのCS部、今廃部の危機なんだって。多分練習どころじゃないから、運が良ければ部室に行けばすぐ会えるかもね」

 雲雀も真里奈からそれを聞いた為、時間を遅らせることにしたのだ。

 現在、弘海学園には男子疑似近代戦闘部が無く、女子疑似近代戦闘部は部員数が四人に達していないことで廃部間近となっている。少し前までは四人いたらしいのだが、先週の金曜日に一人が退部したらしい。

 雲雀が入部すれば部員数は四人に戻り、一先ず廃部は回避される。新人戦には間に合わなかったが、夏の地区予選には是非参加したいものだ────と、雲雀はリュックサックの上から中の銃を撫でる。

「えー、転校生ちゃんマジでCS部に入んの?」

「転校初日でとか気合入り過ぎ」

 教室内にはまだ数人の生徒が残っている。その内の一組、髪の生え際が黒い茶髪の女子生徒と青のエクステを付けている女子生徒が、雲雀と碧羽の会話に参加してきた。

「確か、本村瀬さん達」

「ちゃうし、うちが本村」

「あーしが村瀬。ちゃんと分けて呼んで」

「分かった、本村村瀬さん達」

「合ってるけど何か違くね?」

 雲雀と碧羽の前、その席の椅子を引いて座り、本村と村瀬が雲雀の顔を覗き込む。雲雀は見られることに慣れているのか、その視線を受けてもやはり表情に変化は無い。

「いや、マジで可愛いわこの子。子猫っぽい」

「メイク薄めで全然天使。持ち帰るか」

「そういう店ではないので」

 "カフ"を起動した二人が、いぇーいとピースサインを作る。二人の"カフ"から表示されるエアディスプレイには、四人の姿が映っていた。写真を撮ろうとしているらしい。

「いぇーい」

「いぇい」

 雲雀と碧羽も本村と村瀬に倣ってポーズを取る。ポーズを変えつつ数枚の写真を撮り終えると、本村が雲雀のリュックサックを指さして質問した。

「この中って何入ってんの?体操着?」

「銃」

「あ、冗談じゃなくマジでCSやるんだ」

「まじでやる」

 本村と村瀬は互いに顔を見合わせて何かを言いかけ、しかし他人の趣味に口を出すのも無粋だと止める。この二人にとっての疑似近代戦闘は煩くて古臭いだけのダサいスポーツだったが、興味の無い人間からすればどれもそんなものだろう、という良識は持ち合わせていた。

「そっかそっか。爪とか割れない様に気ぃ付けなよ」

「グルーなら常備してる」

「メイク落ちない様にしなね」

「最低限はリュックの中に入れてある」

「万全だな………」

 碧羽が呆れ半分関心半分でリュックサックを見る。それから時計に目を移し、そろそろ時間だろうと雲雀の肩を叩いた。

 時刻は午後四時三十七分。桃子と苺花は、グラウンド五周の刑くらいには処されているのだろうか。

 雲雀が椅子から腰を上げ、リュックサックを背負う。

「部室に行ってくる。また明日」

「ん、また明日ねー」

「んじゃね転校生ちゃん。写真ありがとー」

「またねー」

 手を振り返しながら教室の扉を閉め、リュックサックを背負い直す動作をしてから階段へと向かう。女子疑似近代戦闘部の部室があるのは第三グラウンドの隅の為、到着する頃には四時四十分は過ぎているだろう。

 下駄箱からローファーを取り出して履き、第一グラウンドの脇を通り、南館との連絡通路を抜けて東へ向かう。

 部活動に打ち込む生徒達の声に混じって、車の排気音が聞こえてくる。

 音の少ない深夜なら、この辺りまで波の音が聞こえるかな────と、雲雀は一度振り返り、南西の方角に目をやった。

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