第4話 マイクロブラックホールを撃て

「お兄ちゃん。ジャンプしてくるよ。二時方向に回避」

「わかった」


 俺はルーの指示通り、機体を旋回させた。案の定、アウラレーゼはルーの予測地点に実体化して触手を伸ばすのだが、既に回避行動を取っていたので余裕でかわすことができた。


「どうするんだ?」

「アウラレーゼに取り込まれている戦闘機の反応炉はまだ生きてるよね」

「多分な」

「反応炉は重力子を使ってる」

「ああ、そうだ」

「反応炉を暴走させるとどうなる?」

「爆縮反応を起こす。ごく短時間だが超小型のブラックホールを形成し、周囲の物質を吸い込んで破壊……って、それをやるのか?」

「もちろんです。爆縮した瞬間にレーザービームで撃ち抜くよ」


 なるほど。作戦としては完璧かもしれない。


「そりゃそうと、アウラレーゼに取り込まれている機体の操作は誰がするんだ?」

「私がやります」

「へ?」


 どうやって? 母艦からなら機体の遠隔操作はだが、何光年も距離があるこの状態では不可能だ。機体に移動するのはもっと無理がある。


「お兄ちゃん。私はメチャ強いって言ったよね」

「そうだったな」

「私が強い理由はね。殴り合いが強いからじゃないの。敵味方、全ての兵器のコントロールを奪えるからなの」

「え?」


 そんな事があってたまるか!

 俺の理性はルーの言葉を全面的に否定している。


 しかし、彼女が俺の妹として空母に潜り込んだ手腕を鑑みればあるいは可能なのかもしれない。元々は俺たちの想像を絶する七次元存在の意識体なのだから。


「さあ、始めるよ」


 何が始まったのか?

 ルーの言葉と同時に、俺を追いかけていた宇宙スライムの動きが変化した。断続的に触手を伸ばして俺の機体を捕まえようとしていたその動きが止まったのだ。


「バートラスFF203号機の反応炉が臨界を越えています。機能上あり得ない現象です」


 AIのAHALが報告して来た。そりゃそうだ。理論上、重力子反応炉が臨界を越えて暴走すると爆縮反応へと移行する。実際にそんな反応を起こすと極めて危険なので、反応炉内の重力子を放出させて圧力を逃がし、爆縮させないよう設定されている。その設定リミッターをルーが解除したのか。


「爆縮まで20秒……19……18……」


 AHALがカウントダウンを始めた。


「お兄ちゃん。チャンスだよ。機首をアウラレーゼに向けて」

「わかった」


 俺はバーニアを吹かして機体の姿勢を180度変えた。今は後ろ向きですっ飛んでいる。


「レーザービームを最大出力で。タイミングは爆縮反応と同時で」

「了解」


 俺の機体は救助専門の装備なのだが、元々はマルチロール戦闘機だ。レーザービームも幾つかのパターンが使える。対空用の低出力モード、対艦用の高出力モードだ。最大出力の場合は一発撃つと次弾装填まで数分必要になるが、ここは一択だ。


「5……4……3……」


 AHALのカウントダウンが続く。アウラレーゼは腹の中の反応炉が暴走している事に気づいたのか、バートラスを吐き出していた。


「1……爆縮」


 黒い球体がアウラレーゼを包んだ。淡い光を帯びたその球体は瞬間的に空間の一点に収束する。俺は迷わずレーザービームの引き金を引いた。


 オレンジ色のビームは、途中でぐにゃりと軌道を変えながら爆心点に吸い込まれた。そして数秒間、太陽のような眩しい光球となり、その後に消失した。


「やったか?」

「目標は消失しました。私たち兄妹の勝利です!」


 俺は安堵したのだが、それと同時に何かきな臭いものが心中に沸き上がって来るのを感じていた。あの宇宙スライムがルーを追って来たのなら、これから先も襲われる可能性があるのではないかって事だ。

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