第89話 99話 人狼の国


99話 人狼の国

 俺にしか出来ないこととは何かを考えた。


 シュナリと出会って聞いた話。


 盗賊団に人狼は追われていて絶滅しかかってると。


 今回、チユに会いそれを身を持って理解した。 


 俺は大した力はない。


 前の世界では部屋に篭っていた普通の男である。


 ネットの世界に浸って暮らしていた、何の取り柄もない男である。


 その俺にもこの目の前の悲しみと絶望を喜びと希望に変換する術があるのを知った。


 俺はここに集まる全ての人狼の者に言いたい。


 聞いてもらいたい。


 


「みんな俺の話を聞いて欲しいんだが、不満も出るかもしれない。でも本心で言っている。俺はこの場でトカチを倒した。それはみんなも見てただろう。そう、みんなを苦しい生活を強いていた盗賊団の団長を。つまりこの町はこの現状誰の支配下にもない! それは気づいてると思う。過去のしがらみが消えた。もう誰の指図も受けない生活を迎えるチャンスが来たということだ。つまりは今居る人狼族は自由を手に入れたんだ。俺はみんなに宣言したい。トカチを倒した俺だから言わせてくれ」




 俺の話を聞く人狼の群衆。


 何を言うのかと、黙って耳を傾ける。




「俺はここに人狼の国を設立する! それは人狼族が人狼族の為に行う国造りである!」




 俺の突発的な発言に最初は何も意見は無かった。


 皆押し黙っていたのだが、時間が経つにつれて不可思議なことを言ってると思い始めたのか、ブツブツと呟きが聞こえ出した。




「人狼の国をつくるだと? いい加減なこと言うな!!」




「そうだ、俺達の何がわかる? トカチがいなくなっても別の盗賊団が直ぐに支配しに来るだけだ!」




「そうだ! 結局何も変わらねえ、変わらねえんだよ!」




 次々と俺に対する文句が噴出した。


 町の人狼にとってはトカチを倒したことは、ホンの一瞬のひとときに過ぎなかったのだった。


 直ぐに諦めの気持ちがまさり俺への不満に変わった。


 


「どうするんだよ進。トカチを倒したことで進を敵視してきたぞ」




 チユが言うのを聞き、失敗したかと思った。


 俺の浅はかな発言が招いた失態だったかと。


 言わない方が良かったかと。


 いいや、違うだろう。


 俺はそれでも言いたい。


 聞いて欲しい。




「俺を馬鹿者と呼ぶのはわかる。ただ何も策がなく言ったわけではないんだ。たとえ人狼の国を作っても他の強者が現れる。結局は支配者が入れ替わるだけのすり替えに過ぎないと。だから入れ替えを防ぐ策として国の護衛騎士団も同時に設立したい。強力な護衛騎士団が存在していれば、自由を手に入れることは不可能じゃないんだ。その団長には俺の横に居る女の子であるトカチを任命しよう」




 俺の護衛騎士団の団長の任命発言を聞いたトカチは頭に?が過ったようだった。




「ち、ちょっと進、団長て私の許可も無く決めないでよ。第一、護衛騎士団長になったなら町からは離れられないでしょ。嫌よ」




「夫の命令が聞けぬというのか。これは嫁への絶対命令であり、しつけだ!」




「なっ……しつけ……ですか?」




「俺の嫁になるのなら、まずは俺の命令をしっかりと実行するのだ。今のお前にはまだ嫁として未熟な女なのだ」




「…………わかりました。私は騎士団長になって進の嫁として立派に成長してみせる……」




「よし決まりだ」




 トカチを騎士団長に任命しておけば、万が一他の強者が来襲したとしても確実にこっぱみじんにしてしまうだろう。


 トカチの名前だけで、たいていの盗賊団は近寄らなくなると読んでのこと。


 もちろん最初は、みんなは抵抗があるかも知れないが、直に信頼関係を築けるよう努力してもらう。


 何よりシュナリと距離を置けるのが利点である。


 シュナリとトカチが一緒に行動しようものなら、ケンカは耐えないのは目に見えている。


 あの嫉妬深い性格であるからして決して俺の嫁など受け入れない。


 シュナリも嫁という存在は不満に思うだろうが、離れていればその不満も多少は減ると見込んだ。


 そして最大の理由はトカチがブチ切れた時に俺には防げる自信がない。


 魔族であるからして、魔力量を爆発させたらどうなるか。


 バジリスクが無ければ確実に死ぬ。


 そんな危険なのを近くに置いてはいけない。


 やがてみんなも理解してくれ始めたのか、笑顔も見え出した。


 


「ご主人様。人狼の国を作るなんて凄い発想です。みんな誰も考えもしなかったはずです。人狼の国が出来ればバラバラになった仲間も一緒に暮らせたり出来るのですね」




「そうさ、シュナリの仲間もどこかにいるはずだろ。きっとまた会えるさ」




「会えたら嬉しいな。二度と会えないとずっと思っていた。これからは会えると信じて生きていけます」




「おおーーーーー。進!進!進!」




 皆が俺を認めてくれたようだ。


 ブーイングの嵐から一転して大歓声へと変貌する。


 なんか気持ちいいな。


 スターになった気分だ。


 こんなオタクな俺でもやり方次第では、スターに成れる。


 会話能力ゼロで社会から冷たくされてると感じていた。


 歓声が聞こえる度に、昔の考えが壊れていくようであった。


 


「国を作るのだから、国王も必要だよな。もう国王は決めてある。新国王は……アヤカタ、君だ!」




 俺が宣言した方角には、信じられないといった顔をしたアヤカタが居た。




「わ、私が国王に……。無理よ」




「無理じゃない。みんなもわかってる。アヤカタがチユを逃亡させるのにどれだか苦しんだかを。みんなは君を必要としているんだよ」




「そうだ、そうだ、アヤカタさんが国王だ!!!!」




 国が生まれれば国王も必要が生まれる。


 誰も不満や文句を言う者はいなく、国王を望む声であった。


 むしろ待望すら感じさせる。


 この時アヤカタの新国王が決まった。


 本人は信じられないといった風な態度を示したが、みんなに歓迎されて自信が湧いてきていた。


 人狼族が国を持つことの意味を感じていた。




「進さん、私は国王として精一杯頑張ります。世界中に散らばる仲間を集めて一致団結したいのです。ただ課題もあるでしょうが……」




 やや不安な顔を作り言葉を詰まらせた。




「この国の国王が認めない。そう言いたいのだろ」




「はい、勝手に国を作るなんて真似は認めないはずです。そうなると国王がここを攻めてくるやもしれません。今よりも酷い仕打ちを受ける場合だって無いわけじゃないでしょう」




「話し合う時間が必要だな。人狼の国を認めさせる方法を考えてある。もちろん上手くいけばの話しだが。心配は要らない。アヤカタはまずは国造りに専念していてくれ」




「専念します。人狼の血にかけて」

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