第一章 三十一話 自由人

「あ、あの扇さんこの人って……。」


 内心驚きを隠せていないから言葉が詰まってしまった。改めて校門前で仁王立ちをするその人を見る。背丈は私の知り合いには居ないくらい大きい。私の身長が162cm。その私と比べて扇さんは10cm以上大きいと思う。そして目の前に立つその人はそんな扇さんと比べてもかなり大きい。顔立ちは岩の様にごつごつしている感じで髪型は球児らしい丸坊主。扇さんの容姿が高校球児に見えない雰囲気なのでその男性とはまるで対照的だった。


「……紹介しようかどうか悩むけど一応名前だけは言っておこうか。このデカいのは剛力 直ごうりき なお。都立板東のエース。」


「や、やっぱり。剛力 直だ。」


「おう!!知ってるのか!!見る目あるなそこの少女よ。」


「少女って……。お前はどんなキャラだよ。」


「そして相変わらずつまらん奴だな。賢吾よ。」


 知っているも何もこの人は扇さんとバッテリーを組んで『都立高校の逆襲』を成し遂げた立役者の一人だ。夏の予選から扇さん達の活躍を知っていた私にとっては扇さんと並んで雲の上の人というような存在。


 ……テレビで観ていた時から思っていたけど改めて生で観ると何というか存在感すら大きく感じる。


「で?直は何でこんなタイミングでここに居るんだよ。ちょうど帰りか?……なら僕の間の悪さを呪うレベルなんだけど。」


「おう!!沢井からタレコミを受けてな。『扇先輩が何やら面白そうなことに首を突っ込んでる』、と。」


「向こうから勝手に顔出す……ね。完全に面白がってるよなぁ。沢井さん。」


 扇さんはこめかみに手を添えて、ため息交じりにそうボソッと吐き出した。何というか、今までに見たことがないくらいくたびれた表情になっている。


「一応聞いておくけど、それを聞いた上で何で待ってたのさ?」


「もちろん。ちょっかい掛けてやろうと思ってな。」


「まぁ、そうだよなぁ。……OK、ここで話しててもしょうがないし、取り敢えずグラウンド行こうか。」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「それで?この状況を作った張本人として何か言いたいことは?」


「私が言いたいことっていうより、先輩が私へ言いたいことの方が聞きたい感じですねー。」


「……ほんと良い性格してるよ。」


 会話の場所をグラウンドに移すとそこには『してやったり』と言わんばかりの表情で待ち構えていた沢井さんが居た。扇さんとの話の感じ、どうやら沢井さんが剛力さんに声を掛けたらしい。


「ということで満を持して都立板東高校野球部エース、剛力 直先輩の登場です。」


「はぁ、最悪って言いたいところだけど、正直良いタイミングではあったんだよな。」


「良いタイミング?」


「ま、それは後で追々。……そうだ、久遠さん。さっき校門前で何か言い掛けなかった?ああ、例の相談事の件?」


 扇さんにそう言われて私はハッとしたように思い出した。あまりにも剛力さんとの邂逅のインパクトが大きくてド忘れしていた。


「は、はい。その相談事って言うのが……あの私、変化球、投げれるようになりたいんです。だからその練習方法とかそういう事について相談しようと思って。あ、今日は投球禁止ノースローってことは分かってるんですけど。」


 今の私に足りないもの。それを昨日の紅白戦で改めて痛感した。


 それは変化球。今までは直球ストレートだけで何となく試合を作れてしまっていたことや私の不器用さを理由に諦めていた、いや……無意識に避けていた。けれど自分より遥か格上の相手にぶつかったことで壁を感じた。扇さんの言うところの手札カードを増やすこと。それが今の私が『もっと上手くなるため』に必要なことだと思っての相談だった。


「本当、良いタイミングだよ…………。」


「扇さん?」


 顎に手を添えて複雑な表情を浮かべて思案している感じの扇さん。


「……遅かれ早かれぶつかる話か……………………久遠さん、そういう話なら適任の奴が居るよ。良かったね、早速出番だよ、直。」


「ん?」


 扇さんから名指しされた当人の剛力さんは腕組み仁王立ちのまま、状況が飲み込めていないような様子だった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 剛力 直、都立板東高校三年。元野球部エース。その名前のイメージと長身、がっしりとした体躯とは裏腹にその投球は丁寧で繊細。正捕手である扇賢吾と共に多彩な球種を操り幻惑するスタイルで打者を翻弄した。『都立高校の逆襲』の立役者の一人と言われている。


「は~。そんなに凄い人だったんだね!!流石、夏波。高校野球オタクは健在だね!!……校門で見た時には完全にヤバい人だったけど。」


「この雰囲気で軟投派……」


 高校野球にあまり明るくないれなとえりに簡単に剛力さんについて説明すると途端に目をキラキラさせるれなとちょっと引き気味の反応を示したえりで対照的な反応が返ってきた。


「まぁ、おおよそ久遠さんが説明してくれた通りの奴なんだけど…………何だろう。凄いって言われると微妙……見ての通り変な性格してるから。」


「……ですね。」


「違う。俺が変なんじゃなくて俺以外の人間が変なんだよ。」


「ま、まぁ性格のことはさておき、変化球……というか投球術全般に関して言えば信頼できるからそこは心配しなくていいよ。」


 ああ、野球のプレイスタイルはギャップがあるけど性格は見たままなんだ。珍しく扇さんと沢井さんの呼吸が合っている。


「久遠さんがどういう変化球を投げたいのか、話を聞いてみないと分からないけど、直はオーソドックスな変化球は大体投げれるから相談には乗れると思うよ。ええと、一、二、三……あれ?直、今いくつ何球種持ってるっけ?」


「あー最近数えてねぇから分からんな。多分、六~九くらいじゃねえか?最近、また研究してるしな!!」


「何?また無節操に増やしてるの?」


「おう!!今はナックルに再挑戦中だ!!」


「夏波、もう既にあんたの九倍近い数の持ち球が出たよ。」


 ボソッとれなに急所を刺された。確かに直球ストレートの一球種だから九倍だけどさ……。そうやって冷静に現実を突きつけられると虚しさが込み上げてくる。


「ということで直にはこの娘――久遠さんの相談に乗ってあげて欲しい。」


 甲子園出場校のエースに教えを請える。これは中学生活でまともな技術指導を受けることが出来なかった私にとってはまたとない機会チャンスだ。正直なところ聞きたいことは山のようにある。そう思ってほんの少しの期待を持った矢先――


「――――――それは断る!!」


 そんな考えはバッサリと両断された。


「…………一応聞いておいてあげるけど理由は?」


「理由がないからだ!!」


「……理由?」


「俺はこのお人好し、もとい変人と違って何でもかんでも引き受けるわけじゃないんでな!面倒はごめんだし、今日顔出したのはこの変人が面白そうなことをやってる、ただそれが気になっただけだ。」


 剛力さんは親指で扇さんを指差しながらガハハと笑いながら言った。……当然と言えば当然の反応だ。元々無償で色々引き受けてくださった扇さんや沢井さんが特殊なのだろう。高校三年生は進路のことで言わずもがな、二年生の沢井さんだってマネージャー業で多忙なはず。


「これだから自由人は……。」


「直先輩も相変わらずですね。」


 珍しく扇さんが苦虫を嚙みつぶしたような表情で吐き捨てるように言うと沢井さんは苦笑いで応えた。


「おっ!久しぶりに黄金バッテリーが揃ってる。」


 私たちが今陣取っているグラウンドの反対方向から突然聞こえてきた明るい声に反応するように振り返るとそこには昨日の紅白戦で投げ合った投手――確か扇さんは『トッキ―』と呼んでいたはず――がいた。


「あ、トッキ―やっほー!!そしてグットタイミング!!」


「うわぁ。沢井にそれ言われると嫌な予感しかしないんだけど。」


「いや、本当に良いタイミングだよトッキ―。」


「え?扇先輩までそれ言うんすか?何それ怖い……。」


「直のいつものアレが発動した今、代わりはトッキ―しか居ないからさ。」


「よっ!!都立板東現エース!!あっ、でも夏波ちゃんが可愛いからってちょっかい掛けるのは禁止ね。」


「…………何でもいいので事情だけ教えてください。」


 時さんはあっという間に、慣れたように諦める扇さん沢井さんの息の合ったコンビネーションで剛力さんのスケープゴートにされた。そして私は今日二回目となる相談内容を説明することになった。

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