第一章 十一話 うぉーみんぐあっぷ
「――……扇さん、差し当たって今日の練習はどうしましょうか?」
一か月後に行われる板東シニアとの練習試合。目下、僕が懸案していた二つの課題について、さっきまでのミーティングで解決したと言って良いと思う。
一つはチームのモチベーションの問題。野球に限らず、勝負事において『勝利への執着・執念』、そういったモノは必ず必要だ。それは先程までのミーティングで話した通りで、そこが一つ一つのプレイに影響を与える。
得てして勝てないチームは、そこが欠落していることが多い。選手は試合に勝つ為に辛く、苦しい練習を行う。そして勝つことで自分たちの行ってきた過程に対して『間違っていなかった。やって良かった』という自信を得る。そしてまた次の勝利へ邁進することが出来る。
しかし、そこで勝つことが出来なかったらどうだろう。選手たちは過程に対し疑いを覚えてしまう。『自分たちのやってきたことは何だったのか』、と。そうすると練習、試合で手を抜ようになる。誰だって辛く、苦しいことはやりたくない。そこに成果が無ければ尚のことだろう。そしてそうなると、いよいよ勝つ事が難しくなる。それの繰り返し。まさに勝負事におけるマイナススパイラルだ。
今回のミーティングで皆のモチベーションがある程度高いことを確認できた。負け続けたこと、中学三年最後という状況、そういった要素が絡み合って逆に皆のモチベーションを高いものとしたのだろう。
……あとはチームを引っ張るリーダーのあの言葉。ああいうことが言えるリーダーが居ることもプラス要素になっているのだと思う。
もう一つはチーム全体の方針の問題。『どういう野球を行っていくか』、そう言ったことを改めて皆で確認できたことが大きい。これは選手個々人の好みが出る部分だと思う。簡単に言えば、野球のオフェンス――つまり攻撃が得意、あるいは好きだと考える選手やディフェンス、守備が得意、好きと考える選手が同じチームにいた場合、チーム全体の方針として一方を採用すると、もう一方の方針が望ましいと思う選手との間に隔たりが生じ、場合によってはモチベーションに関わる問題になる。
この課題は『勝ちたい』という選手一人一人の思いが大きかったことで、「それに対する手段は問わない」というチーム全体の方針を決めることができた。
それらを踏まえ、まず僕がやるべきことは――。
「宮代先生、久遠さん、今日の練習は一旦僕抜きでお願いできますか?」
「扇さん抜きでの練習ですか……。」
宮代先生はズレた眼鏡を直しながら、こちらの意図が分かっていない様子で聞き返す。久遠さんの方を一瞥したところ、彼女も首を傾げいまいち意図をつかめていない様だった。
「はい。まずは皆さんの普段通りの練習を観ようと思っています。久遠さんに撮ってもらった練習風景の動画も観ましたが、それだけだと分からない部分も多いので。」
僕が各選手に技術的な指導も出来ると思うけれど、まずチーム全体のバランスを観て残り一か月でやるべきことを考えなくてはいけない。選手たちには『泥臭く勝つ』という方針を飲んでもらった。
けれど、精神面が目に見えるほど成長してもそれだけで勝てるほど甘くはない。『泥臭く勝つ』という方針はあくまで勝算であって、その土台となるのは知識、技術だ。もちろん技術は一朝一夕で向上するものではない、少しでも良いから技術の向上はしておくに越したことはない。
「とはいえ、このチームは人数が少ない。練習の中で僕に手伝って欲しいこと、選手の皆も技術的な部分で僕に聞いてみたいこともあると思います。そう言った事はどんどん言ってください。」
「宮代先生も久遠さんもその方向でどうですか?」、そう二人に尋ねるとそれぞれ「分かりました」との返事があった。
「……じゃあ皆。いつも通りアップメニューやっていきます。柔軟、ランニング、キャッチボールを十一時くらいまで。その後は一旦宮代先生のところに集合してのメニューの確認します。……ぼちぼち気温が上がってくると思うので水分取りながら、怪我無いようにやっていきましょう!!」
「「はいっ!!」」
久遠さんが慣れた様子でメンバーへの指示出しを行うとメンバーが息を揃えた返事で応え、それぞれ外野の芝面へ向かい、アップを始めた。
「基本的にアップメニューは同じメニューをこなします。強いて言うなら、夏はランニングを短めに、冬は柔軟とランニングが長くなるくらいでしょうか。」
「いっち、にぃ、さん、しぃ―……」と運動部特有の間延びした声出しを行いながら柔軟を行う選手たちをベンチで見守りながら宮代先生が補足してくれる。まぁこの辺りは無難なメニューだろう。
「うちの野球部は基本的に学校のグラウンドで練習を行うのですが、予約が取れた場合、今日のように河川敷のグラウンドでの練習になります。……この当たりの話は久遠さんから聞いていますか?」
宮代先生は練習メニューの話を続けてくれる。この辺りの話は例のバッティングセンターで久遠さんから聞いているので「伺っています」と返すとその返事を聞いて軽く頷いて説明を再開する。
「アップの後の練習メニューは学校の場合と河川敷の場合で変えています。河川敷の場合、グラウンドを広く使えるので打撃練習はロングティを中心に、守備練習はシートノックを中心にやっています。学校の場合、打撃練習はトスバッティング中心、守備練習はシートノックは一応出来ますが、少し手狭なので内野中心でやっている感じですね。」
「なるほど……少し気になったんですが、部員が総勢で七名でシートノックの時困りませんか?人数揃ってないのでポジション間の連係とかできないですよね?」
「おっしゃる通り、そこは困るところです。現状ポジションが足りていないのは
妥当な判断……というよりどうしてもそうせざるを得ないという表現の方が正しいか。野球未経験の人に内野を任せるのは厳しいだろう。
試合中の打球処理の回数が多い
そうなると候補として挙がるのが外野の三つのポジションになる。ここであれば打球処理の回数は少なくて済む。万が一、打球が来ても
「なるほど……それは……聞いてはいましたが、厳しいですね……。ちなみに今度の試合に呼ぶ助っ人はもう決まっているんですか?」
「あ、はい。そこはもう決まっています。いつも助っ人に来てくれる陸上部とテニス部の子に頼みました。ちょうどその子たちも最後の大会をやっているところなので、それが終わり次第、こちらの簡単な練習にも出てもらおうかと思っています。」
それは正直に言ってかなり助かる。練習がどの程度出来るのかわからないが、当日のぶっつけ本番になると思っていたので少しでも練習してもらえれば、付け焼刃程度にはなるだろう。まずはルールを教えることからになるだろうが、それが無いよりは全然マシだ。
そんなようなことを話していると選手たちのアップが丁度終わり、こちらへ小走りで向かっている様子が見える。選手たちの額には薄っすら汗が浮かんでいる。
――九月中旬、彼ら彼女らの夏はこれから始まる。
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