第一章 八話 勝つ為に

「——それで、この後のプランはどうするんですか?」


 頬杖を突きながら器用に飲んでいた、この日二杯目のコーラが空気混じりの音を立てながら丁度空になったタイミングで、すっかり馴染んだ感じの後輩——沢井 羽菜が問い掛ける。


「……まずは顔合わせして実際のプレイを観ようと思っているよ。その後でチームとしての課題の洗い出し、相手チームの分析、その上で勝ち筋が何か見えれば良いんだけど……。」


「まぁ、無難にそうなりますよねぇ。練習試合まで一か月でしたっけ?」


「そうです。」


「……。」


 久遠さんが言い終わるなりジトっとした視線を向けられてしまった。沢井さんの言わんとしていることは、皆まで言わずとも分かる。状況は限りなく厳しい。


「やっぱり厳しいですよね……。」


「ぶっちゃけ厳しい。……でも勝負事に絶対はない。少なくとも僕はそう思っているよ。」


 俯く彼女にそう言ったものの、僕自身、心からの言葉でそう言えているだろうか……。


「ま、まぁ、この人一応、『都立高校の逆襲』の立役者なんてテレビで言われてたくらいなんで何とかできるんじゃないですかね。搦め手とか狡い手を使うのこう見えて上手いんですよ。」


 話の流れで重い雰囲気になりそうになったところで、沢井さんが分かりやすく明るい話題に転換する。というよりフォローが微妙に下手だし、その搦め手、狡い手を一緒に考えていた内の1人が沢井さんだ。


「何にしたって動かないことには何も変わらないし、変えられない。詰まるところチームの意思次第。課題の洗い出しや分析の前にまずはそこからだね。」


「ですね!」


「……そこから?」


 俯いていた彼女が顔を上げてそう言う。


「久遠さんはさ、野球ってチーム競技だと思う?個人競技だと思う?」


「……チーム競技ですよね?」


 突然投げかけられた質問に当惑したように久遠さんは答える。


 野球は九人で行うスポーツだ。複数人でチームを組み、試合を行う。確かにチーム競技だ。それはきっとあまり野球に詳しくない人でも知っている。でも僕は野球は個人競技の側面も多分に含んでいると思う。


「うん。僕もそう思う。そう思うからこそ、選手一人一人の意思、モチベーション、勢い、流れ、雰囲気が重要になってくると思うんだ。」


 野球は両チームが九回まで攻撃を終えた時点でより多く点を取ったチームが勝つ。 チームの勝敗を左右する得点。それは投手と打者の対戦を起点に発生する。そこに第三者の介入や手助けはない。もちろん、投手と打者の対決ではあるけれど、投球、打撃それぞれの行為の後には各ポジションの選手が走者をアウトにすべく連携するし、各塁走者は連携して得点を目指すことになる。けれど、やはり試合の中で投手と打者の対戦は重要度の高い、大きな要素になっている。極端な話、投打に渡り高い能力を持つ選手が一人居るだけで試合に勝つなんてこともあり得る。


「い、意思ですか?」


「そう。意思。勝ちたいと思う意思。聞く限り、今回の対戦相手は板東二中より選手個々の能力が高そうだよね?」


「そう思います。」


「これからの一か月で技術的なことも勿論教えるつもりだけれど、急に個々の能力が伸びることはない。各選手の能力が相手より劣る。その上で勝ちを目指すなら、相手のミスを誘発するような、ミスに付け込むような泥臭い戦い方をチーム一丸となってできるか。そこが勝負の分かれ目だと思う。」


 野球は個人の能力がものを言う。当然能力の高い選手はミスが少ない。だからこそ、試合状況的に心理状況的にミスする確率が上がるようなプレイを全力で全員で行う。投手と打者という第三者が介入できない対戦にどこまで第三者が爪痕を残せるか。そこにこそジャイアントキリングの芽が生まれると考えている。


「相手のミスに付け込む。それは傍から見るとあまり格好の良いものではないかもしれない。相手からも良い顔はされない。勿論、ルールは守る。だけどルールの範囲内で最大限汚いことをする。」


「だから『そこから』なんですね。」


「その通り。だからまず、チーム全体の意思統一をする。もしかしたらチームの中には普通に勝負して勝ちたいって子もいるかもしれない。それに昨日久遠さんから『勝ちたいから野球を教えてほしい』と言われたけれど、僕が教えられるのはこういうやり方だけ。」


 久遠さんは真剣なまなざしで僕の一言一言を頷きながら聞いている。


「だから久遠さんがもっと別の手段で勝ちを望むのなら今からでも別の人に頼んだ方が良い。」


 久遠さんに暗に「どうする?」と再考を促す。実際褒められたやり方だとは思わないし、ましてや中学最後の試合だ。できることなら綺麗な、格好の良い勝ち方目指すという選択もありだと思う。


「……わ、私は…。」


 何かを言いかけて口を噤む。


「……れなは小学校の頃から一緒に練習してきました。えりは元々やっていたバレーボールから私に付き合って入部してくれました。他の皆も試合ができないのに一緒に練習に付き合ってきました。だ、だから私はどんな形でも勝ちたい。勝ってそれを皆と分かち合いたいっ!」


 目尻に涙を溜め、思い出すように、溢れ出すように感情のまま伝える。そこから感じるのは勝利への強い渇望。ひょんなことから出会って、まだまだお互いのことは良く知らないし、話した回数も時間もそれほど多いとは言えない。だからこそ感じる。この子は本気だ。


「「……。」」


 ちらりと沢井さんの方を一瞥すると、沢井さんも久遠さんの迫力に気圧されたように目を見張っていた。

 ここまで気持ちをぶつけられて中途半端なことはできない。やるからには全力で、ここ最近抱えていた言葉にできないもやもやとした気持ちは一度置いておこう。


「……わかった。勝ちに行こう。」

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