第一章 七話 作戦会議②

「それでスコアを見た感じどう思った?」


 ページをペラペラと捲りスコアと睨めっこをしている後輩マネージャーに尋ねる。


「う~ん……守備面の話は実際にプレーを見ないと分からないかもしれません。攻撃面は打線の繋がりがないように見えますね。特に7、8、9番の下位打線。クリーンナップの出塁が多いだけにもったいない気がします。」


「それについては僕も同意見。他の部活から助っ人を借りているみたいだけど、その人たちを下位打線に置いているんじゃないかな。」


「その通りです。下位打線を今年の春に入部した未経験者と助っ人にしています。野球の経験者で上位打線を固めて確実な得点を狙っているつもりなんですけど……。」


 なるほど。チームの状況を鑑みて確実性の高い打順にしたのだろう。優秀な守備陣がいるのなら確かに有効な作戦だと思う。


「でもそれだと三回毎に何もできない攻撃の回ができちゃうし、もしチャンスの場面で下位打線に打順が回ってきた時点で詰んじゃいませんかね。」


 それについても沢井さんと同意見。例えば前の回が下位打線の手前で終了した場合、次の攻撃の回にほとんど何もできずに攻守交替となってしまう。もし下位打線の前の打者がチャンスメイクしたとしても、ほとんどのケースでチャンスを棒に振ることになる。相手からすれば、自動的に三つのアウトを献上してくれる良い鴨が並んでいることになる。


 というよりこの後輩が協力してくれて良かったと思う。僕と同じ考えではあるけれど、考えの方向が一致することが確認できることが心強い。


 久遠さんの方に視線を移すと顎に手を当ててふむふむを頷いている。


「まぁ打順については残りの期間で何パターンか組み替えを試してみようか。」


「それが良いと思います。」


「よろしくお願いします。」


 沢井さんが入ってくれて少し話の流れがスムーズになった気がする。持つべきものは可愛い後輩である。


「あとは守備ですけど、これは練習見るしかないんじゃないですかね。」


「ああ……それなら大丈夫。動画撮ってきて貰っているから。」


「流石、用意周到ですね。」


 久遠さんがスマホの動画アプリを起動させ、僕に手渡してくれた。スマホの画面が小さいから沢井さんと二人でのぞき込む。


『れな。もう撮り始めてるからね。』


『嘘っ!!早いよー。ちょい待ち。』


 久遠さんの柔らかい声で動画は始まった。画面に映っているのは暗めな茶髪でショートカットな女の子。すらりとした体型で、手には金属バットを持っていた。久遠さんの撮影の合図に焦ったように構えてトスバッティングを始めた。


「先輩……第三者の視点で言わせてもらいますけど、かなりヤバい人に見えますよ。女子中学生に動画撮らせて、それを熱心に見ている男の人。」


 気が付くと後輩の視線が冷たくなっていた。


「僕も久遠さん以外にチームに女の子が居るなんて聞いてなかったんだよ。」


「すみません。言ってなかったです。この子は新山にいやまれな。同級生です。チームにはもう一人女の子が居ます。」


「先輩の趣味はともかく、この子見た感じ経験者っぽいですね。」


 スマホに目を落とすと、テンポよく上げられるトスに上手くバットをアジャストできている。細い胴体を起点に体を回転させ、バットを鞭のように鋭く振り抜いている。


「そうですね。この子は小学生の時に私と同じチームだったんです。野球歴は……小三からですから六年目です。」


 その後数分間トスの様子を見ていたけれど、特に打ち損じる様子もなかった。強いて言うなら、若干打球に力強さがなかったが、内野の間を抜けるだけの強さはあったので問題ないだろう。


 その後、動画が切り替わり、シートノック——各選手がそれぞれのポジションに付き、ノックを受けて捕球や送球、野手間の連携を確かめる練習——が映し出された。 ノッカーがバットを振り抜くと打球が高く上がっていく。ふわりとした飛球だ。打球の方向としてはセンター定位置からやや前。良く見ると、先ほどトスを打っていた新山さんが打球を追っている。早々に落下地点を見極め、危なげなく捕球する。内野への返球も素早い。


「普通に上手いじゃないですか。」


「今のは比較的正面の打球だったけど、判断は早かったよね。」


「そうなんですよ。れなは何でも卒なくできるんです。」


 友達が褒められたのが嬉しかったのか、自分のことのように話している。


 しばらくすると再び動画が切り替わる。

 今度はスタイルの良い、黒髪を背中で一つに束ねた女の子が移った。スタイルが良いからか中学生に見えない。身長も高い。というか僕よりも高いんじゃないだろうか。


「この子は漆原うるしはらえり。この子は中学一年の終わりに私が誘って入部しました。元々バレーボール部だったので運動神経が良いです。野球歴は短いですけど、ボールを追うセンスは元々あったみたいで、今はセカンドをやってもらっています。」


 確かにティでは未経験者らしい打ち損じも少しあったが、シートノックでは好守を見せていた。特に球際が強いみたいで、守備範囲ギリギリのボールによく追いついていた。


 気が付くと三人で一つの画面を食い入るように見ていた。正面に座っていたはずの久遠さんもいつの間にか僕の隣に移動していて、動画の合間に個々の特徴を説明してくれた。


「……でこの人は溝脇 宏みぞわき ひろショートです。守備は卒なくこなす感じですが、打撃はパンチ力があります。」


 沢井さんも僕も動画を見て気になったことがあれば、随時久遠さんに質問した。


 動画を一通り見終わったころには飲み物も無くなっていて、少し小休止を挟むことになった。

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