第一章 二話 返答

 風切り音に続いて乾いた皮を叩く音が駐車場に響き渡る。


 太陽は既に大きく傾いている。夕暮れというには早いが、コンクリートに映る二人の影はお互いの身長より長いものになっていた。


「「………。」」


 キャッチボールを初めて数分、無言で続けている。


 先ほど唐突に彼女——久遠 夏波くおん みなみをキャッチボールに誘った。ダメもとでグラブを持っているのか聞いたところ通学鞄から赤い投手用のグラブを取り出した。まぁ無いと言われたら僕の予備のグラブを貸すつもりだった。


 客が居ないこともあり、バッティングセンターの駐車場に車はない。


 僕が彼女を誘ったのは確かめたいことがあったから。色々事情を説明してくれたが、結局のところ僕の気持ち次第だ。


 彼女たちに手を貸すのか、貸さないのか。彼女たちに手を貸す場合、十中八九負けるであろう試合に希望を持たせることになる。手を貸さない場合、彼女たちは三年間無勝利のまま終わるだろう。試合結果としては似たようなものになってしまうが、手を貸した場合希望を持った分、後に引きずるものが出てしまうのではないだろうか。僕のように。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


 一か月半前、夏の予選を勝ち抜くことができた。勿論目標は勝ち上がることだったし、それに向けて他の誰にも負けない努力をしてきたつもりだ。


 しかし、心のどこかで努力が報われない可能性も覚悟していた。そんな中、夢の舞台に行くことができた。 当然その時は歓喜したし、ほんの僅かな可能性であっても皆の努力次第で何とかすることができる。才能豊かな、強い奴らと渡り合うことができる。そう思った。


 そして、夢のその先の可能性も感じてしまった。それがあっけなく潰えた瞬間、残ったのは水を掛けられたように覚めた心と残暑の様に鬱陶しく残る体の熱だけだった


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 キャッチボールは不思議だ。

 その一挙手一投足にその人の個性、性格、特徴、考えが出る。


 例えばせっかちな人は捕球から返球までが早かったり。

 悩みを抱えている人は捕球、返球でミスが出る頻度が高い気がする。

 自信家の人は一球一球の投球動作が堂々としている。


 ゆっくりと左膝が自分の腰の高さまで上がり、相手の方向へ踏み出される。

 それと同時にグラブを握る左手が相手を指す。

 ボールを握る右手が半円を描くように肩口へ上がる。

 体の重心が踏み出された左足へ移動するのに合わせ、相手を指している左手を畳み、右手を振り下ろす。


 一連の投球動作によって放たれた白球は糸を引いたような真っすぐな軌道を描き、相手の胸元へ吸い込まれる。


 球速は110km/hくらいだろう。しかし、ボールが手元に収まった後に感触が消えない。コントロールも良い。彼女との距離はマウンドと本塁間より数メートル近いくらい。先ほどからしっかり胸元へ投げ込んでくる。


 何より彼女の目だ。ボールを受けてから投球するまで僕の構えるミットから視線が外れない。まるで何かを訴えるかのように。それから数十往復制服姿の男女の間で白球が行き交った。


「ん。ありがとう。」


 これ以上続けても彼女のボールは変わらないだろう。そう思って僕が捕球したタイミングで声を掛けた。最後まで二人の間に言葉はなかった。


 ゆっくりと駐車場から施設内に歩き出すと彼女は黙ってついてきた。


 先ほどまで居たベンチに二人で腰掛ける。


 回りくどい言い方はしない。不安と緊張が入り混じった表情を浮かべこちらを見つめる彼女に僕はこう言った。


「できるだけ協力するから頑張ろう。」


「っ……!!」


 そう告げると彼女は目尻に少し涙を溜め、嬉しそうに微笑んだ。

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