プロローグ② 出会いはおんぼろバッティングセンターで
その後空振り三振でアウトカウントが五つ重なるまで女の子の様子を見ていたけれど、バットがボールを捉えることはなかった。
打撃の予備動作が入る前までの完璧と言って良いフォームからの圧倒的空振り。
ここまで当たらないのも珍しい。
数球観察してわかったのは始動以降の動作が全体的に力みすぎてボールを捉えられないこと。ボールを思いきり叩こうとして余分な力が入りスイングがぶれていることに加え、投手よりに体重が移動しすぎている。体重移動により目線がぶれ、力みによりスイングもぶれる。
気持ちが逸っている打席でありがちな打撃だ。
真芯で捉えることができれば打球の飛距離は出るスイング。しかし打ち損じも多くなってしまうスイングだと思った。
そんなことを考えていた矢先。
「あっ!!」
思わず声を漏らしてしまった。
金属に固いものを擦ったような音と同時にバットに掠ったボールが軌道を変えて女の子の脛に直撃した。
自打球である。
一般的に打球を捉えるポイントが投手よりになればなるほど、ファールチップにより軌道変化したボールによって自打球が増える傾向にある。
女の子の様子を見ると脚を抱えてうずくまっている。いくらバッティングセンターのボールがゴム製でも当たればそれなりに痛い。ましてやレッグガード――打者が脚を保護するために着用するプロテクターを着用するどころか女の子は制服だ。
見るに見かねてリュックからコールドスプレーを取り出す。
「あのー……大丈夫ですか?」
脚をさすってうずくまる女の子に防球ネット越しに声を掛ける。女の子は急に声を掛けられた為か、少し驚いた感じでこちらに視線を向ける。
「あ、あと打てないならケージから出たほうが良いですよ。危ないので。」
流石に痛みで続けて打つことはできなかったのだろう。女の子は少し脚を庇いながらゆっくりとケージから出てきた。
「す、すみません。」
自打球を目撃された恥ずかしさか、この暑い中体を動かしているからなのか女の子の顔が赤い。防球ネット越しでは顔がわからなかったが女の子は楚々とした感じで、可愛いと綺麗を足して2で割ったような顔立ちをしていた。クラスに数人はいる大人しい感じの子。髪の毛は黒色で長さは肩口まで伸びたセミロング。身長は学生にしてはやや高い気がする。160㎝以上はあるだろう。
「痛みはまだある?」
「まだ結構痛いです。」
女の子をケージ前のベンチに座らせると女の子が患部の様子を見る。スカートを履いている女の子の脚を見るのは若干気が引けるが、患部を見てみるとボール型に赤くなっていた。
「腫れは?」
「少し腫れているみたいです。」
患部をさすりながら女の子が答える。
「コールドスプレー持っているので良かったら使いますか?痣になってもいけないので。」
「お借りしても良いですか?」
流石に女の子の素肌にひどい痣ができてしまうのは気が引けるので、そう声を掛けると女の子も要らないとは言わなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
コールドスプレーは凍傷になる恐れがあるので、患部への直接噴射は厳禁だ。とは言っても女の子はスカートなので僕のハンカチを当て布にした。
「…………。」
スプレーを複数回に分けて短時間噴射する。痛みと腫れの具合を確認しようと女の子へ視線を向けるとばっちり視線が噛み合った。何故かこちらを凝視している。
「「あ、あの!!」」
見事に重なってしまった。若干気まずい中、目線で女の子に話の続きを促す。
「すみません。つかぬことをお聞きしますが、都立
おずおずとした様子で尋ねてくる女の子。見知らぬ女の子の口から突然自分の苗字が出てきたことに一瞬驚くも、すぐに返答することができた。
「はい。都立
この夏、地元で多少名前が売れたのでこのように野球関係者に声を掛けられるケースは偶にあった。もっとも、見知らぬ歳の近そうな女の子に声を掛けられたのは初めてだった。
返答を聞いて女の子が少し目を見開いた気がする。
「東京都予選の時から見ていました!!甲子園もテレビで見ました!!『都立高校の逆襲』凄かったです。」
立て板に水を流すように急に前のめりになって話し出した女の子に面を食らう。楚々とした大人しそうな見た目と裏腹に結構話す人なのかもしれない。そして何より地方大会から高校野球を見ているということは結構な野球好きだろう。
女の子が口にした『都立高校の逆襲』は奇跡的に東京都予選を勝ち上がっていった都立高校に都内のケーブルテレビ局が付けたキャッチコピーのようなものだ。活躍を取り上げてもらい、多くの人に興味を持ってもらう為とは言え個人的にこのキャッチコピーを言われると照れる。もっとも元チームメイトの快活な後輩マネージャ――
「あ、急に色々すみません。私は
女子中学生だった。身長が同級生よりも高いのと大人びた雰囲気があったので勝手に同い年くらいだと思っていた。
「あ、ご丁寧にどうも。初めまして。」
何故かお互いにペコリと頭を下げて挨拶をしていた。初めまして同士、ギクシャクした挨拶だった。
「脚はどう?まだ痛む?」
初対面の気まずい雰囲気をどうにかしようと当てていたハンカチを外してみる。
「大分良くなりました。ありがとうございます。」
「「……。」」
また沈黙。どうにも間が持たない。何か話題はないだろうかと考えを巡らせていると突然。
「あ、あの……私に野球を教えてくれませんか?」
緊張した面持ちでそう話を持ち掛けられた。
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