転生魔王と転移勇者

山岸マロニィ

第1話・魔王、転生

 隣の住人が引越しの挨拶に来た。

 引越しソバを差し出すとは、若いが律儀な人たちだ。


「き、今日から隣でお世話になります! よろしくお願いします!」


 キョドりながら女の方が言う。顔は悪くはないが頭は悪そうだ。


「お困りの事がありましたら、いつでもご相談ください」


 冴えない顔の男の方がそう言うが、それは普通、こちらのセリフではないのか?


「……どうも」


 半ナマのそばつゆ付き、二人前のそばのパック。

 脱酸素剤が入った、まあまあ日持ちするやつだ。


 どこのスーパーにでも売ってるそんなソバを渡してきた二人は、やたらニタニタして俺を見ている。


 ――何なんだ?


 めんどくさいから

「どうも」

 とドアを閉めようとすると、


「あ、あの!」


 と女が言ってくるから、


「まだ何か?」


 と聞く。

 だが二人はモジモジしているだけだ。


 仕方なく、俺は全く興味のない質問をしてみる。


「新婚ですか?」


「新婚!? い、いえ、そんなんじゃ……」

「ここここんな人と、け、結婚なんて――!」


「じゃあ、同棲ですか?」


「男と女で一緒に住むのが、同棲と言うものなら……」

「そ、そうね。同棲といえば同棲ね」


 ――ウザい。


「そうですか。じゃ」

 と、俺はドアを閉めた。



 散らかった部屋を抜けたキッチン。

 鍋を使った事など、数年来すうねんらいない。

 流しにはかつて食器だったものが積み重なっていて、触りたくもない状況だ。


 こんなんで、どうやってそばを茹でろと?


 俺は足元のゴミ袋にパックごと突っ込んだ。


 ……あぁ、忌々しい。

 あいつら、まだ二十代前半という感じだった。


 対して、俺は三十九。アラフォー最後の年だ。


 仕事もなく金もなく生きる気力もない。

 そんな俺に、イチャイチャ見せつけてきたあのバカップル。


 女は顔がいいだけのバカだし、男は冴えないことこの上ない。


 ――あんなヤツらが同棲できて、どうして俺が童貞なんだ――!


 魔法使いはとうに超えた。

 なら、魔道士か、それとも、魔王か。


「魔王、か……」


 ……まあ、なんでもいいや。


 何もかもどうでも良くなって、俺は口癖にしている言葉を呟いた。



「――死にたい」



 すると、チャイムが鬼のように連打された。

 開けてみると、隣の二人だ。


「あああの! ジャガイモを剥きすぎてしまったんで、おすそ分けです!」

「これは、そこのスーパーで特売だったニンジンです」


 ……なんか、渡された。


 剥きかけのジャガイモと、芽の出たニンジン。

 これを俺にどうしろと?


 そのままゴミ袋に突っ込んで、俺は呟……こうとしてまたあの二人が来るような気がしたから、声にはせずに心の中で呟いた。


 ――死にたい。

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