第37話 魔城の番犬

 黒い物体の拍動が強まるほどにセレスたちの地下空間も揺れ始める。このままここにいれば全員崩落に巻き込まれてしまう。そう考えたフーガンは最後の力を振り絞ってセレスたちを地上へと転移させた。魔力を得たことで呪いによる拘束を弱めたことがチャンスになったのである。セレスたちが地上で気が付くと大修道院はすでに大混乱が起きていた。ここに来ていたフーガンが事前に指示していたのだろうか、修道士たちのおかげで混乱の中でも人々は避難することができているようだ。しかし自分たちを助けるためにフーガンは地下に取り残されたまま、シアンやジークの判断力も今は役に立ちそうもない。どうすればいいのか混乱しているのはむしろセレスたちの方だった。そこに上空からチャロがやってくる。

「チャロ!」

「みんな無事?待ってるときに会ったフーガンさんと色々話したんだ。それでこのままじゃみんなが危ないなって」

「どうしよう、フーガンさんが、魔王が復活しちゃう!」慌てたセレスにチャロは

「一度ゴド村に戻ろう。ここからどうするかみんなで考えなきゃ」言われるがままにセレスたちはチャロに乗り、ゴド村のミナモの家へとやってきた。ミナモは突然帰ってきたセレスとその仲間に驚きはしたものの、彼らの様子に只事でないと察して優しく迎え入れてくれた。ミナモが出してくれた料理を食べて少しずつ落ち着きを取り戻した二人がようやく口を開いた。

「奴は、ガリウスは俺の祖父だ。行方不明だと言っていたが、まさか魔王の手先にまで落ちていたとは、俺は、俺はどうすればいいんだ」自分の過失によって魔王の復活を助長した挙句、敵の幹部は自らの本来であれば仲間であったはずの自分と血縁の者だという事実にシアンはひどく落ち込んでいた。

「ガリウスか、覚えてるぜ。イルヴァンが亡くなった年のレース優勝者だ。あいつの死には不可解な点があったんだ」

「そんなに獣人って生きられるものなの?長くても200年ほどだって、」

「寿命を延ばす魔術を使えばできますよ。私もそのうちの一人ですから。おそらくアウシィ様の襲撃にも参加していたはずです」セレスたちが次にどうやって動こうかと考えていた時、村の外の方で異変が起こった。家の外で村人が

「な、なんだありゃあ」セレスたちも急いで家の外へ出ようとする。が確認するまでもなく異変はセレスたちにも感じることができる姿で現れた。突然大地が揺れ始めたのだ。さらにべゼロ山の方の空から次第に不気味な黒い雲が広がり始めた。揺れが収まって改めて外に出ると、グィラベゼロ大修道院と形自体は似ているが雰囲気はどう見ても別物なものが上空に浮かんでいた。

「魔王のやつ、大修道院を自分のものにしたのか⁉」

「きゃああ!」村人が叫んだ。村の中にもあの不気味な手が現れてきた。今までにない数だ。

「魔王の力が強まっている。このままじゃまずい」しかしあまりの数だ。空間から手が、しかも無数に現れているという何とも悍ましい光景にジークたちが戦慄していると、

「はあああ!」なんと一番初めにセレスが不気味な手たちに突っ込んでいった。剣と魔法の力で次々と不気味な手たちを倒していく。

「セレス、」そこに外にいたチャロも入ることで村に現れた不気味な手たちはひとまず片づけることができた。

「セレス大丈夫?」チャロが心配する。

「私は大丈夫だよ。それよりも早く行かなくちゃ。きっとあの浮いてるところで魔王ガレニアがいるんだ」

「ちょ、ちょっと待てよ!本気か?」駆け付けたジークが驚いたように聞いた。ゴド村からでも伝わってくるほどの強い暗黒の力を放つあの場所にまるで自然に、何の疑念も抱かずに行こうとしているように感じたからである。ここまで戦ってきた仲間たちですら怯んでいたというのに、

「そうだよ。これまでの出来事でくよくよしてもいられない。私はお父さんとお母さんに託された使命を果たさなくちゃ」

「僕も同じだよセレス!一緒に奴らを倒して、世界を守らなくちゃ!」

「これまでの事でくよくよしてられない、か。お前たちに会った時は未熟者だと思っていたがどうやら未熟なのは俺の方だったようだな。祖父、いやガリウスの勝手な真似も防ぐために俺も一緒に戦わせてくれ」

「ティキもいく!ファイナのお父さんにひどいことしたやつがいるならそいつをやっつけなきゃ」

「そうだったわね。例え魔力が奪われたんだとしてもいま私たちに何かできることがあるなら、それをやらなくっちゃ」仲間たちが決意を固めたところで、驚いていたジークも

「そうだよな。っしゃ!これまでの旅でみんなと巡ったレンビエナを守らなくちゃ」

「チャロ!あそこまで飛べそう?」

「うん。だけどこれ以上遠くに行ったら、今の僕じゃ届かないかもしれない」セレスたちがチャロに乗り、空中に浮かんだ大修道院に向かおうとしたとき

「セレス!チャロ!」ミナモが二人を呼び止めた。家の方から何とか出てきてくれたのだ。

「ミナモさん。急に帰ってきたのにあんまり話せなくてごめんなさい。でも、私たち行かなくちゃ」言いかけたセレスにミナモは

「えぇ、わかっています。ですが一つだけ、必ず無事に戻ってきてください。それがきっとアウシィ様とモコ様の願いだと思います。そして何より、私の」

「うん。必ず戻ってくるよ」ミナモは空へと昇っていくセレスたちの無事を祈るのであった。

 上空に行くと、相手の本拠の全貌が見えてくる。地下から暗黒の力によって何らかのエネルギーを得て支えられており、大修道院というよりも城というような雰囲気だった。どこから攻めるべきかと周りを飛んで様子を見ていると入り口と思われるところから炎、氷、雷による魔法攻撃が飛んできた。見ると三つの首を持つ巨大な犬がご丁寧に待ち構えていた。

「流石にあそこからはいけないな」

「あぁ、別の道を探すしかない」

「なにあれ、なんであたまが3つもあるの?」

「あれはケルベロスよ、ティキ。冥界の番犬なんて言われてるしまさか本当にいるなんて」そう言ってセレスたちが迂回しようとしたところ、

「ウォーーーン!!」と凄まじい吠え声をあげてきた。そして次の瞬間セレスたちはそのケルベロスの目の前に転移されていた。先ほどは距離もあり簡単に躱せた魔法攻撃も避けるためにチャロが大きく動いてよけなければならなくなってしまった。

「くっ」チャロの事を気にしてこの中では自力で動きやすいシアンがいち早くケルベロスの前におり、攻撃に対して牽制した。この隙に他の場所から侵入しようとするが建物周辺にバリアのようなものが張られてしまっていた。

「俺たちを引きずり込んだり、周りにガードも張れるなんて番犬って呼ばれるのも伊達じゃないのか」

「シアンのところに急ごう。ケルベロスを倒さないと」チャロは迂回してシアンのもとへと向かった。

 ケルベロスはまさにこの世のものとは思えないような能力を持っているが、三つの頭に一つの体というアンバランスさがかえって戦いづらくなっていた。<夜が来る>の力があればあまりにも単純だ。しかし、他にどんな能力があるともわからない。

(魔法はケルベロスたちの頭から放たれる。正面に立たなければ命中することはない。能力は相手が何か使ってきそうなタイミングまで温存しておくか)そう思っていた時、改めて上空から炎のブレスがケルベロスに向かって放たれた。

「セレスたち!どうして、」

「多分ケルベロスの力よ、こいつを倒さない限り、元々外部からは侵入できなくなってるの」魔王たちの野望を止めるためにここで手間取っているわけにはいかない。セレスたちと魔王ガレニアの総力戦がついに始まったのだった。

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Wonder Hope 2 龍之世界 @worldrag0n

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