第31話 魔物の生
とはいえどうやって倒したものか、形あるものはいつか壊れる。生物は死んで朽ちるし、巨大な岩も雨風にさらされれば風化する。だがこの泉のような相手は最初から不定形だ。このままでは倒すことができない。武器による攻撃も残念ながら通らなそうだ。となると魔法攻撃が突破口なのだろうが、突然泉の部分が泡立ち始めた。斧でも投げ込めば女神が出てくるのだろうか。実際斧は出てきた。ただし持ち主は女神様なんて美しいものではなく、複数のゴブリンたちであった。
「こいつ自体からモンスターを生み出せるのか!」泉の方が直接動いてくるような様子はないがゴブリンたちは相も変わらずこちらに攻撃を仕掛けてくる。だがこの程度ならここまでの道中で戦った分余裕で対処できる。だがそのゴブリンたちのうち一匹が泉に足をとられていた。するとそこから泉がぶわっとゴブリンの体を飲み込んだ。共食いのようにも見えるその行動の後に現れたのは先ほどのような暗黒の力に目覚めたゴブリンだ。ほかのゴブリンと違って表情から常軌を逸している。どうも力を受けた本人ですら制御できていないようだ。魔物なりにすら生きることができないその姿に、魔物たちの目的なんかを勘ぐってしまう。彼らを生み出しているのは魔王の力によるものだろう。でははたして彼らがその魔王に会ったことがあるのか。見たこともない者の為にその人生をささげるというのも中々空虚ではないか。そう思ってしまうのだ。とはいえ、手心を加えるわけにはいかない。セレスたちはセレスたちなりの目的がある。
「ルリナ!一緒に決めるよ!」
「えぇ!わかったわ!」ルリナがプラントによってゴブリンたちの足を奪う。身動きの取れない獲物に群がるようにセレスの生み出す光の竜が襲い掛かった。暗黒の力を持つゴブリンも同様に餌食となった。対処法が分かっていて攻めてくることも把握していれば小型の魔物は恐れるに足らない。その非力な体を使っていかに狡猾な策を練るかが彼らには重要なのであって、正面切っての攻防は本領でないのだ。
「セレス!ティキの氷ならあいつ凍らせられるかな」チャロが策を思いついたようだ。確かに相手は液状の不定形だ。だがそれは相手が純粋に液体であった時の話だ。相手にこれといった姿かたちはないものの、その姿や質感はゲル状といった方がしっくりくる。砕くことも凍らせることもかなわない。そこにあるのは単に暗黒の呪いの概念的なものではないかとさえ思えてくる。概念ならば凍らせるといった簡単な話ではないかもしれない。魔物をかたずけている間に暗黒の泉が次の手を打ってきた。
「あれは、猪?」暗黒の呪いに侵されたような姿をした猪が一匹。泉の方から湧き上がってきた。もともと暴れれば手が付けられない生き物だが、そういった興奮状態とはわけが違うようだ。やはりこの猪も暗黒の呪いの影響だろう。こうなってくるとネラーボやシャミアの生い立ちも想像できる。現れた猪は二つの前足を地面に踏み鳴らした。途端にセレスたちはその地点に向けて引きづりこまれていく。あの猪のいるところに吸い込まれるように、
「魔法で攻撃するんだ!」セレスたちは魔法などで吸い込み攻撃から逃れようとする。しかしそれを泉から湧き出た不気味な手たちが防ぐようやくあの泉の突破口が見えはしたもののもう遅い。今味方のほとんどがうまく動けない状態である。チャロの攻撃も防がれてしまっており止められない。セグノに至っては完全に対策されており、攻撃の範囲外で不気味な手によって拘束されてしまっている。これまでの守護獣もそうだが、不気味な手には守護獣に対して特別強くなるような力があるのかもしれない。
「くっこのままじゃ!」あの猪に踏みつけられてやられてしまう。セレスたちがどうしようもなく足搔いていると
「はぁ!」一陣の風が突き抜けていった。そしてそこに闇の拳爪が切り裂いていく。ジークとシアンの加勢が間に合ったのだ。不気味な手としての姿を持っていた泉もまたダメージを受けそれぞれの拘束を解いた。攻撃するなら今しかない。全員で攻撃を叩き込もうとしたその時、シアンがその場で身構える。次の瞬間怯んでいたはずの猪がセレスたちの目の前に、高速移動という感じではない。そもそもこの猪のいる位置が急に変わったような感じだった。俗にいう瞬間移動である。よほどこちらを踏みつぶしてやりたいのだろう。猪といえば突っ込んでくるものという考えがあるがこの洞窟内ではより確実な方法を選んだのだろう。これまでの敵たち同様、戦い方を編み出している所がただの魔物とは違う。シアンがいなければパーティは大打撃を受けていただろう。
「いけ!お前たち!」最後の一撃をいなしたシアンがセレスたちにとどめを促す。ぼうっとしていては不気味な手もまた泉の中に消えていくかもしれない。ジークも含めてセレスたちの魔法が猪もろとも貫いた。月呼びの洞窟の魔力を用いた魔物たちの大量発生はこうして何とか幕を下ろした。
セレスたちが洞窟を抜け、少し休憩していたころラーヴァントのほうの魔物討伐も一段落していた。暗黒の泉が魔力の供給をいじっていたのだろう。大本がいなくなればペースは元に戻る。
「やれやれ、ようやく終わりましたか」グィラベゼロ大修道院から呼ばれていたフーガンは敗走する魔物たちを見ていた。
「そういえばセグノさんは魔力を奪われなかったんですか?」セレスがセグノの心配をした。ここまでの守護獣たちは魔力を奪われている。
「確かに、不気味な手に捕まっていたけど、」
「あぁ、私としたことが不覚だった。だが私を捕まえたところでほとんど意味はない。すでに私の力はシアンへと受け継いである。時間をかけて少しずつ。それに奴らの手口は知っていた。あそこで動けなかったのはそれに力を傾けていてな君たちには申し訳なかった」不気味な手の方が守護獣に一方的な相性を持っているとセレスやルリナも思い始めていたが、どうやらそうではないらしい。
「魔王は私の力がない分、復活するには至らないはずだ。そこで君たちに一つ提案がある。私の課す試練に挑んでほしいのだ」
「どういうことだ?」
「君はこの中で唯一、瞬間的だが守護獣の持つ力が使えるようだな。簡単に言えばそれらの力を発揮できるようにするのが目標だ」
「じゃあ、僕とセレスは力を授かってないから、」
「いいや心配ない。力を受け継いでいない君たちもよりパワーアップできる。今回こそ突破できたが本当に魔王と戦うのであればシアンも含め未だに実力が足りていないのだ。どうだろうか?」
「セレスはどうする?」
「魔王はまだ復活はしないんですか?」
「ああ、奴らも次の手を考えるだろう。この隙を利用しない手はない」
「それならやらなくちゃ、みんなもいいかな」
「私もかまわないわ。もっと力をつけたいし」
「ティキもがんばるよ」ティキも小さくうなずいた。
「僕はセレスがいいなら、いうことなし!」
「俺も賛成だな。あの力を自分のものにできるってんならぜひものにしたい」
「心は決まったようだな」
「はい。よろしくお願いします」
「うむ。ではまた明日神殿にくるといい。神殿よりも休めるだろうからな」
こうしてセレスたちは、戦いの疲れを癒すため一度シアンたちと別れるのであった。
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