第30話 不感の強者

 セレスたちが月呼びの洞窟を進んでいくと、壁のあちこちから魔物が現れてきた。なんでもない壁からそこに壁などなかったようにすっと出てくるのにはこれまでの魔物とは違い、どこか本能的な恐怖を感じる。アンデットなどを除いて魔物にも当然命がある。魔物の発生、誕生には違いないのだが言葉の感覚としてはスポーンといった方がしっくりくるだろう。完成された料理が出されるのとは違い過程のない生命の誕生は倫理観をどこかに置き去りにしているような感じがしてぞっとするものがあった。現れる魔物も多種多様。街にくるまでに戦ったゴブリンやコボルトのような小型の魔物もいれば、オークのような大型の魔物まで現れる。セレスたちはセグノと協力してそれらを着々と撃破していった。

「力を使い切るんじゃないぞ!目的はこいつらの本元だ!」セグノの指揮のもと、魔物の弱点をついて攻撃していく。だがそこに

「うぅ!」ルリナが攻撃されて動けなくなってしまった。

「あれは、魔王の力!」

「やっぱりウィルの言ってた暗黒の呪いの事だったんだ!」

「暗黒の呪い?そう呼ばれているのか?」

「うん、セレスもあの呪いを受けていて魔法が使えなかったんだよ!」

「おそらく不完全だったのだろう。しかし、魔法を使えなくできるとはな、」

「ルリナ待ってて!今助ける!」セレスがバーンを放ち、呪いの力を打ち消した。解放されたルリナにゴブリンが突っ込んでくる。ほかのゴブリンとは明らかに様子がおかしい。禍々しい雰囲気をもっており、ルリナが呪いから抜けて逆にできた隙をついてきた。こいつが呪いを放った張本人だろう。持っている短剣でルリナの腹部を貫こうとする。しかし、その前にティキが割って入り、魔氷鏡を使って反射した。そこにチャロが炎を叩き込んでゴブリンを打ち倒した。

「小型の魔物まであの力を使えるようになってきてる」

「ただ突っ込むんじゃなくて攻撃のタイミングまで図ってたね、呪いを解いて崩してなかったら」

「今までの魔物も呪いの力であんな風になったのかな、」

「急ぐぞ。これ以上あの力を持つものが出てくればただではすまない」再びセグノに乗り込み一気に奥の方へと急ぐのだった。

 セレスたちが魔物の本陣へと進んでいく中で、ジークとシアンは立ちふさがる首なし騎士と戦っていた。

「どこで見てるんだよ、あれ」顔がないなら視覚はもちろん、嗅覚も聴覚もないはず。味覚は関係ないし、触覚だってそこまで役に立っていないはずだ。なんせ、手は武器を持つのに忙しいし、そもそも鎧を着ているし。それなのに正確にこちらの位置を割り出して攻撃を仕掛けてくる。五感だけならとても実現できないその様は、デュラハンがとんでもない強者であるか、ひょっとして第六感があるかのいずれかだろう。魔物であるからして第六感のようなものを実用化していることも考えられる。だが、このデュラハンが強者でありほんのごくわずかな知覚情報だけで二人に渡り合っているとすれば魔物との戦いでありながら二人の心が熱くなるような感覚がした。今までの魔物とは違い、その力の根源を自分のものにしたいという気持ちが芽生えたのはこのデュラハンが初めてだった。乗っている馬でこちらとの距離を一気に詰めてくる。そのまま突進を食らえばそこまでだし、反応が遅れてしまえば持っている剣に斬られかねない。二人は距離をとって魔法で攻撃するが、それには盾を構えて防御、スピードや攻撃力はもちろん、防御にだって隙がない。前後に分かれて挟み込んでも前方は騎士が、後方は馬の後ろ蹴りが襲い掛かる。二人は最初2対1だと考えていたがそれは大きな間違いだった。騎士の方はもちろんのこと、乗せている馬ですら立派な戦力だった。二人はすでにこのデュラハンが第六感だけでない、れっきとした強者であると悟り、各々武者震いを覚えた。

「なにか倒す方法ありそうか?」

「今はわからない、だが必ずある。未来はきっと来る」

「あ?」この時のジークにはシアンの言っている意味が分からなかったがそれを聞く時間はなかった。ジークに向かってシアンが攻めかかってきたのだ。馬が踏み込んでから騎士の方が剣によって追い詰めてくる。剣の打ち合いでは互角でも馬が突進するかのように向かってくるため退かざるを得ない。ジークが距離をとったところですかさずシアンが攻撃する。凶悪な爪が馬の体を引き裂く、悲鳴の一つも上げようではあるが、この場合に至ってはその声を出す頭がない。

「コオオオオオ....」と冬の風が過ぎ去るような乾いた音がするだけである。とても生身の生物のものではない音がさらに不気味さを際立たせていた。と、

「危ない!!」急に距離をとっていたシアンがジークを突き飛ばして倒れこんだ。直後ジークのいた場所に黒い矢のようなものが突き刺さる。

「うおお⁉なんだ?」まるで気付かなかった。いつの間にこんな攻撃を仕込んでいたのだろうか?そしてよくシアンは気づけたなと驚いてしまった。そしてそのままシアンがジークに告げる。

「いいか、あいつはお前に狙いをつけてる。これからお前に闇属性の斬撃を5回飛ばしてくるはずだ。斬撃の方向は縦、横、右上から左下、その逆、最後に横だ。ここを越えればチャンスが来る。何とか耐えたら俺に合わせてくれ」

「どういうことだ」

「いいから目の前の敵に集中しろ!」そういうとシアンはその場を素早く離れた。

デュラハンが力をためている。シアンの言う通りならば避けることができるだろう。確証はない。だがあれこれと考えて行動するには時間が足りなかった。体勢を立て直してすぐに迫る攻撃、シアンの予言がなければあっという間にこま切れだろう。飛んできた斬撃は見事にシアンの言うとおりだった。デュラハンの攻撃を躱すと隙の生まれたデュラハンの背後をとったシアンが闇属性を爪に込めて攻撃する。物理攻撃を通さないデュラハンの鎧でも魔法を伴ったものは完封できない。抜群の威力により直接攻撃は受けていない馬の方も体勢を崩す。人馬一体の彼らにとってはこの時こそが最大の弱点、どちらかの体にして頭をつければいいのではないかと思ってしまうが。彼らにはそれが必要なかったのだろう。事実、五感がなくとも彼らの力は相当なものだった。ジークは魔力を思いきり込め、それをデュラハンに向けて解き放つ。木枯らしとは違った風の渦がデュラハンを鎧の上から切り裂いていった。風の中級魔法、サイクロンだ。渾身の一撃を食らったデュラハンは見たことのないはずの月を懐かしむように見上げる。顔はないし、見えているはずがないのにそう思ってしまうような気高さを二人に見せた後、鎧はバラバラになり、馬の方は消えていった。

「終わったか。さて、急ぐぞ。セグノ様たちのところへ行かなければ」

「おい、さっきからなんで奴の行動が分かったんだよ。斬撃の方向とかでたらめじゃないだろ?」

「今はそんなことを話している時間はない。ゆくゆく必要になれば話してやる。さぁ行くぞ」そう言って獣のようになり走ってゆくシアン。エルフのジークは完全において行かれてしまった。

「あ!ちょっと!俺も乗せてけ!コノヤロー!」

 2人がデュラハンを倒したころ、セレスたちは洞窟の最深部へとたどり着いていた。しかしそこにいたのは想像を絶するものだった。一面真っ黒の沼のようなものからモンスターが現れている。

「あれが、大量発生と暗黒の呪いの元凶、さながら暗黒の泉だな」泉という形無き相手とセレスたちの戦いが始まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る