第29話 大量発生

 「どうしてあんたがその呼び名を」

「俺の父が好きでな。あの頃この街から出る用事といえばそれくらいだった」

「シアンよ、彼の実力は確かだ。それに、お前の思うものだけが覚悟ではないとわかったはずだ」

「...はい」そういうとシアンはオオカミとしての姿ではなく、獣人よりも人間らしい姿に変わった。

「あ!」その姿にセレスの中で点と点が繋がった。

「私がマップルを売っていた時に顔を隠しながら来た人だ!」

「どういうこと?」

「ルリナと会った後に来たお客さんだよ。光が怖いーみたいなことを言ってて不思議だなって思ってたんだ」それを聞くとシアンは顔を赤くして

「し、知らないぞそんなこと!」と事実を否認した。

「こらセレス、そういうことは思い出しても言っちゃだめでしょ?男の子って一度はそういうことしたくなる生き物だってお母さんが言ってたわ」ルリナがさらに追撃をする。セレスに対しての注意もあるがここまでのシアンへの報復の意味もあった。

「さて、魔物討伐の本題に入ろう。神殿まで来てくれ」こうしてセレスたちは月の街にやって来る魔物の大量発生について作戦を立てることになった。

「大量発生といってもある特定の地点から出てくるのか?それともラーヴァンㇳ全体で魔物が大量発生するのか?」

「この街に限っては特定の地点と考えていいだろう。魔力の集積によって魔物が発生する場合、それを予測することは不可能だ。魔力はどこにでも存在するからな。だがこの街の場合、魔力が初めから集まる場所が存在する。それが月呼びの洞窟だ」

「街の周辺は自警団が対応してくれる。こんな街に住んでいるくらいだ。腕はほかの街の比ではない。俺たちはいち早く洞窟から現れた魔物たちを片付け、魔物に数的有利をとられないようにするんだ」

「ねえ、今までもこんなことしてたの?」

「いいや、今回は魔王の影響が色濃い。こんなことは今までになかった。俺たちにしても初めての戦いだ」

「それで、その月呼びの洞窟はどこに?」

「一度街に戻ってべゼロ山の方面に向かう。すると不思議な形をした岩の洞窟がある。それが月呼びの洞窟だ」

「魔物討伐にはセグノ様も同行される。故に街中を進むことができない。君たちが可能ならば、ここで寝泊まりをしていただきたいのだが、」

「部屋あるの?」

「ここは俺も寝泊まりしている。それぞれの部屋はこちらで整えておいた」

「どうする?ここに泊まるのか?」

「旅費も浮くし、それでいいんじゃない?」

「チャロもそれでいい?」セレスに言われたチャロは渋々

「わかったよ、協力する」と了承した。

 その日の夜、セレスはオオカミの遠吠えに目が覚めた。窓の方を見ているとシアンが一人訓練に臨んでいる。ばれないようにこっそりとその様子を見に行くセレス。高圧的な態度からは想像もつかない地道な基礎鍛錬。更にはジークとの戦いで見せた拳爪を変えての柔軟な攻撃。昼の月と比べて、より暗い中で月明かりを反射する毛の光が美しく見える。

「すごいだろ、彼は。毎日ああしているんだ。魔物を倒して帰ってからも最近のように魔物が狂暴化してからも」突然セレスの背後にセグノが現れた。その巨体から想像もできないほどの気配消しだ。セレスもまだまだ戦闘の経験なんて足りない。

「シアンの家系はこの街で私の力を継承するという家でね。だが彼が大きくなってきたころ、彼の父親が亡くなったのだ。さらに彼の祖父は行方不明だったんだ。まぁ今では寿命だろうが。いきなり跡取りにされた上に彼らの技を伝えるものもいない。残されたわずかな書物から戦い方のヒントを受けてああして日々己の腕を磨いている」

「力の継承って?」

「おや?君たちもそれを受けて来たんじゃないのかい?知っての通りこの街は危険な立地でね、守護獣の私だけでは手が足りないんだよ。シアンも君の仲間たちのように私の力を使っている。だが、まだ覚醒はしていない。力は覚醒しなければほとんど意味をなさない」ジークがファードゥラと戦った時に見せたあの技はやはり覚醒によるものだったのだろうか?

「どうすればその力を出せるんですか?」

「そうだな。実力も当然だが、強い思いに呼応して力が発動する。もっとも一度使えればあとは簡単、というわけでもないがね」

「そうなんですか」

「彼はあれで何とかなっているが、人間がこんな時間まで起きていれば明日に答えるぞ。日の登らない街で朝を待つ言うのも中々酷だとは思うが、もうそろそろ寝るといい」セグノに促されてセレスは自分の部屋に戻りゆっくりと眠りについた。

 次の日、セレスたちが目を覚まし、朝の支度をしていると、

「しゅ、守護獣様!」と神殿の入口の方から声がした。急いでセグノが向かう。

「魔物たちが、守護獣様の懸念されていた大量発生が起ってしまったようで、街の周りや、街の中にも魔物が発生してきています!」

「やはり、時間はなかったか」セグノに少し遅れてやってきたセレスたちもその報告を聞いた。

「まだ街に来てほとんど経っていないにもかかわらずすまないな。例の大量発生が起きた。我々は月呼びの洞窟に急ぐぞ!」

「うん!」

「準備できてるよ!」

「私の上に乗れ、獣と人の足では速さがまるで違うからな」セレスたちは巨大なセグノの背中に乗り込んだ。

「シアンはどうするの?」

「俺なら心配ない。獣のように走っていける」

「ほかのものは全員乗ったな?よし、行くぞ!」森の木々をかき分けて二つの影が突き進んでいく。狙うは月呼びの洞窟ただ一つ。しかし、そんな彼らに追いつく影がもう一つ。影の主は蹄の音を打ち鳴らしてこちらに迫ってくる。街の自警団の援護だろうか?セレスがそっとその顔を見ようとするも、暗い森の中ではよく見えない。無理だとわかって視線を元に戻そうとすると、ジークが

「な、なんだあいつ!顔がねぇ馬だ!」そう言ったとたん馬はセグノたちを追い越して立ちはだかった。確かに顔がない。どころか乗っている騎手の首もないない。右手には鉈のような剣、左手には盾を持った。首なしの騎馬。

「デュラハンか、」

「我々に気づき追いついたのか?」デュラハンは月呼びの洞窟とセレスたちの間に立ちふさがった。ここを通してくれなそうだ。いや仮に抜けたとしてもまた同じ要領で追いついてくるだろから、それだけ力の無駄だ。ただの馬ではないようにちゃんと鎧を着ている。どこから出しているのかも、ましてやこの世のものなのかも怪しいような嘶きを上げてデュラハンが戦闘態勢に入った。

「ここは俺に任せろ。心配するなすぐに追いつく」そう言って勝負に出ようとするシアン。そこに、

「おっとっと、お前だけに手柄は渡さないぜ?その技の秘密を盗んでやる!」ジークがセグノから飛び降りて加勢した。

「盗めはしないがな」

「やってみなきゃわかんねえだろ!」

「...どうだかな」二人の様子を見たセグノはその場を任せ、洞窟へ向かおうとする。

「コオオオオオオアアアアアア!!!!」邪悪な吐息とともにセグノを追いかけようとする。

「させるかよ!」ジークのウインドが命中し、体制が少し崩れたところにシアンの拳が突き刺さる。

「顔がねえなら相手を選り好む必要ねえだろ!かかってきやがれ!」ジークの挑発によってデュラハンは二人を目標に定めたようだ。

「行くぞジーク。気を抜くなよ!」

「わかってるぜ!旋嵐の鷲の力見せてやる!」

 二人と別れてしばらくすると、言われていた通り不思議な岩でできた洞窟があった。明らかに自然物ではない。何者かが人為的に組み立てたような洞窟の入り口。セレスたちは決意を固め、洞窟の中へと入っていった。

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