第28話 旋嵐の鷲
翌日、ジークは誰よりも早くに起きていた。宿の外には季節外れの雪だるまが眠っている。さすがにティキはベッドで眠るわけにもいかないのでここで寝ることにしたのだった。セレスたち同様、特に起こす理由もないのでジークは起こさないようにそこを抜け、街の人気のない場所で一人剣の練習に励んだ。シアンとの戦いで情けない真似はできない。自分だって魔王と戦えるというところを見せなければ。そんなことを考えながら剣を振るっていると、
「ジーク!こんなところにいた!これからみんなで朝ごはん食べるよ」セレスがやってきた。
「いや、もう少しだけやらせてくれ」そういってまだやろうとするが、
「ご飯食べなかったら力出せないよ?それにいつまでもやってたら間に合わなくなっちゃう」そう言われて仕方なく鍛錬をやめた。
「ふぁあ~、それにしても今は本当に朝?薄暗くってよくわかんないよ、」
「確かに昨日の夜だと思う時よりは幾分か明るいわね。本当に少ししか違いがないけど」
「それだけ魔力があたりを包んでるんだね」
「そういえばティキはどうするんだ?メルキスじゃ雪食べてたけどここじゃそれもないだろ?」
「確かに、水あげたら凍らせて食べるのかしら?」
「ティキって本当に不思議な子だよね、」そんなことを話しながらセレスたちは朝食を済ませた。
「さてと、セグノさんたちのいる神殿に向かわなくちゃね」難しい顔をするジーク。
「大丈夫よ。きっと勝てるわ」ルリナが励ました。
「そうそう!ジークの剣術ならあんな奴には負けるもんか!」
「だけど、セグノさんは二人が戦うってこと知っているのかな?」
「た、確かにそうね」
「いずれにしても行かなきゃ始まらない。ティキも連れて出発しよう」こうしてセレスたちはシアンの待つ神殿へと向かった。
神殿の前でセレスたちを待っていたのはほかならぬシアンだった。
「セグノ様は戦うことは知っているの?」
「あの方にはすでに私の方から話をつけてある。これで思う存分戦える」
「上等じゃねえか。さっさと戦おうぜ」ジークは模擬戦用の木刀を構えた。しかしそれを見たシアンは驚きの言葉を口にする。
「なんだそれは、お前は敵と戦うときそんなものを使うのか?」
「あんたは守護獣に仕えてるんだろ?なら腐っても俺たちの敵じゃない。味方になるやつを傷つけるようなことはしない」だがシアンはそこからさらに煽っていく。
「随分と自信があるんだな。俺に攻撃を命中させるつもりでいるらしい」
もうこれ以上の言葉は不要だ。話していても何も変わらない。ジークは風の魔法を利用して一気に間合いを詰める。勢いそのままジークの攻撃がシアンへと迫る。もう命中する、だがシアンは必要最低限の動きでもってその攻撃を躱した。
「そんな!」その場から一歩も動かないシアンに対してジークも間髪入れずに攻撃を叩き込むジーク。剣でありながら槍による刺突のような素早さで繰り出される攻撃をシアンは余裕で回避していく。どんな剣筋もことごとく躱していく。
「ほう、口だけではないようだな。一般人では考えられない」そういうと今度はシアンの方が仕掛けてくる。一瞬距離をとった後、その大きな爪でジークを攻撃してくる。まともに食らえば致命傷だ。やはりジークの事は仲間と思われていないらしい。いや、仲間だとしても本気で戦うことがシアンなのだろう。模擬戦とはいえ決して妥協しない。それとも先ほどの口ぶりから、一緒に戦うつもりのないジークを始末してしまうつもりなのだろうか?ジークの方もやっとの思いで何とか躱す。高速の獣拳がジークの顔の真横を貫く。かと思えば先ほどの爪がジークの体を引き裂こうとしてくる。まさに手を変え品を変えた攻撃にジークは防戦一方と思われた。
勝負を決めに来たのだろうか。シアンの全身の力を込めた攻撃をジークは見逃さなかった。紙一重の差でその攻撃を回避する。これは余裕をもっての挑発的な回避ではない。むしろジークはこの攻撃を食らうつもりだった。食らってなお、自分も一撃を叩き込むつもりだった。戦いにおいて攻撃を仕掛ける瞬間だけはどんなものにも隙が生まれる。余裕の回避と縦横無尽な攻撃を見せるシアンにはその隙を被弾覚悟で生み出さなければならないのだ。そしてその目論見は攻撃すらも回避できる最高のリターンをもたらした。素早く木刀を構えなおしたジークはそれをシアンの方へと叩き込む。ただの打撃ではない。刀身は風の刃を纏っている。このわずかな時間で生み出せるのはそこまで強力なものではない。だがシアンにわずかでもダメージを与えるには十分だ。ジークにとってこれは模擬戦だ。これはそんな状況下でジークの見せた覚悟の一撃。
「食らえ!風魔切り!」うまく攻撃の隙に合わせられたシアン。なんとかそれを回避するがわずかに顔の毛が切り裂かれる。最初の攻撃とは違い、攻撃の指示を出した体全体を酷使してようやく距離をとる。
「相手の隙のタイミングを熟知し、そこに攻撃をねじ込む度胸も持ち合わせているか、」こちらを評価してくるシアンに対してジークはここまでの戦いを昔感じたことがあるように思っていた。そして、彼に秘められた記憶が吹き抜ける風のようにジークの思考の中で動き出す。
まだジークが50年と少ししか生きていないころ、彼とともに風乗りを極める人間の青年がいた。彼の名はイルヴァン、ジークとともに風乗りレースの新風として注目されていた選手だ。二人は目指すものも趣味嗜好も似ており、レースで顔を合わせて以降共にレースなどに関して議論を交わすようになっていった。そんなある日、ジークはイルヴァンに剣を教わることになった。
「俺剣なんてやったこと無いぞ、うまくできるのかな」
「大丈夫さ。君の動体視力とそれに伴う判断力は確かなものだ。将来魔物から人を守る仕事なんてのもどうだい?」
「んなもん興味ねえよ」
「そんなこと言わないで、俺とは違ってお前の人生は長いんだ。一つの事だけやっててもつまらないだろ?」
「なんだよ。お前だって若いんだまだ十分時間はあるだろ?」
「まあな、けどそんなこと言ってられるのは今のうちさ。あと10年と少しすれば俺なんてそう言ってられなくなる。一つのことを極めたり、いろんなことに挑戦できるのは今しかないんだよ」
「なるほどな」あの時はほんの軽く聞いているだけだった。まさかあの後、あんなことが起こるなんて、
「おい!何をぼけっとしている!本気で死にたいのか!」シアンの声でジークは現実に戻される。一瞬物思いにふけっていただけなのに、いや、今までの戦いの中でその一瞬が命取りなのは十分理解できたはず、それなのに気がそれてしまったのは、まるでこの戦いをさっきの記憶が待っていたような。だがそんな記憶がジークを窮地に追い込んでしまった。
「終わりだ!」シアンの攻撃が迫る。防ぐ手段もない。あわややられるそんな瞬間
「そこまでだ!」神殿の方から声がした。声の主はもちろんセグノ。二人の戦いを見ていた彼がこの戦いを止めに入った。その一言を聞いてシアンもすぐにジークから離れる。そして倒れこんでいたジークに手を差し伸べ、起き上がらせるとこんな声をかけた。
「さすが旋嵐の鷲、風乗りだけが取り柄ではなかったようだな」旋嵐の鷲は風乗りレースにおけるジークの別名だ。風を自在に操り、並み居る強敵を一瞬で抜き去るその姿は、一瞬の早業で相手をしとめる鷲のようであることからそう呼ばれている。そんなジークの名を呼んだシアンの表情は今までになく澄んでいた。
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