第27話 正義だけでは戦えぬ

 「魔王の力ってまさか」

「守護獣の動きすら封じ、魔力を奪う。ただの魔物であればそこまでの力にはならないが、強力な魔物であれば十分使いこなせる力だ」

「ウィル君の言っていた暗黒の力の事かな?」

「おそらくね、さっき戦った魔物たちが持っていたとしたらどうなっていたか」

「魔王の力ってのは、何でもないやつらにまで波及するんだな」

「今日すぐにとは言わない、決断もその時で構わない。長旅の疲れを癒してからまた明日ここに来てほしいのだ」そう言われてひとまずこの日はラーヴァントの宿屋へと帰ることになった。

 神殿から出たところで案内していたシアンが口を開く。

「セグノ様はあのように言われたが、お前たちには無理だ。明日にはそれぞれの街に帰るといい。あのお方には私の方から伝えておく」

「は?」これまたとんでもないことを言われ、思わず聞き返すジーク。

「あんた守護獣様の話聞いてた?俺たちは力を奪ったわけじゃないんだけど」

「そうよ!ちゃんと守護獣様から授かったんだから!」

「お前たちの力が奪い取ったものでなのは認めよう。俺が言いたいのはお前たちの戦いにする覚悟だ」

「覚悟、」

「いいか?相手は魔王なんだ。500年前このレンビエナを強大な力で支配しようとした恐ろしい存在なんだぞ。守護獣様に認められたからと油断していれば、命を落とすのも必定、安易に踏み入れていい戦いではないんだ」

「そんなことくらいわかってるよ。ここまでだっていくつものピンチを切り抜けてきたんだからな!」

「そうか、長々言っても伝わらないだろうか簡潔に言うがお前たちは、なんのために戦うのだ?魔王との戦いに自分が挑む覚悟だ。守護獣の力を授かったなどでは通じんんぞ」

「戦う理由、」セレスたちはしばらく黙って考え込んだ。その中でただ一人、迷うことなく語ったものがいる。

「ティキは、ファイナのお父さんを助けたい!まだよくわからないけど、皆がここにくるまでに言っていたまおうってやつにファイナのお父さんがつかまってるなら、それを助けたいんだ!」

「ファイナ、それはお前にとってどんなものなんだ?」

「ファイナはティキをつくってくれた人だよ!ファイナのためならティキも頑張る!」

「ふむ、そうか。できるできないかは別としてその思いは受け取った。その大切な人のために戦うというのだな」シアンの言葉にティキは頭が落ちそうになるくらいに振って反応した。次に答えたのはセレスたちだ。

「私の両親は魔王の手下に殺されました。私にこの世界の未来を託して、だから私は両親のために、両親に託されたレンビエナ地方のために、戦います」

「お前たち、まさか」シアンは何かを感じ取り驚いたようだが、すぐに顔色を戻して

「そうか、お前の覚悟も聞き受けた。それと」シアンはチャロの方の見た。チャロはシアンを見たりはしなかったが

「セレスと同じだよ。セレスの両親は僕のことも大切にしてくれていたんだ。ここで退くわけにはいかないよ」

「そうか、それでいい。俺のことをどう思おうがその気持ちだけは忘れるな」

「いわれなくたってそうするよ」

「それで、他のお前たちはどうなんだ?」

「私は、ウィルに勉強を教えてくれたリジー様に酷いことをしたあいつらが許せない。一時的とはいえ花の街からきれいな花々を奪われたくない」

「なるほどな。それもいいだろう」そういうとシアンは最後にジークの方を見た。

「なんだよ。さっきから聞いてれば魔王への恨みを聞いてるだけじゃねーか!世界を救う理由がそんなのでいいのかよ」

「もちろん戦うのは魔王から世界を救うためだ。だがそんな程度なら当たり前、俺たちは他者を打ち倒そうとしているんだ。正義の逆はまた別の正義。我々には理解できなくても彼らには彼らなりに通る筋があるのだ」

「なんだよそれ」

「我々は誰しも負の感情を持っている。恨みや憎しみ、嫉妬や恐怖。怒りといったそれらは多くの場合、悪影響をもたらす。しかし負の感情とはそれだけ大きな力にもなる。強大な敵を前にするなら、己の醜い部分やつらい過去に向き合える強さが必要だということだ」

「わしが魔王に何かされていなければならないっていうのか?」

「正義を掲げて戦うとはそういうことだ。そんな高尚なものだけ掲げて戦えるなんて絵空事だ。己の傲慢さを見直すのだ」

「わしは、わしは」

「見当たらないのか」

「確かにセレスたちとここまで来たのはわしが勝手に決めたことだ。断ったり別にくる必要などなかった。クラフスクの風も元通りだ。花と違ってな。けど、だけどここまでみんなときた!必死でここまで戦ってきたんだよ!それだけじゃ、それだけじゃダメなのかよ!」その真剣な表情を見たシアンは冷静に

「弱いな。だがお前、それだけではないだろう。何か重要なことを見落としている。いや、見て見ぬふりをしているな」そうジークに言ったのち

「明日俺と戦え、お前の中にあるその思い。強く持たなければ覚悟にはならない」

「つまり?」

「帰れといったのは俺が間違っていた。お前たちのことを深く考えずに判断してしまったことを詫びよう。しかし、そこのエルフ。お前は別だ。まだ認めるわけにはいかない」

「上等だ。わしの力を見せてやる!」そういってその日はシアンと別れた。

 ラーヴァントの市街地にまで帰ってきて、ふいにルリナが口を開いた。

「ねえ、そういえばティキは溶けたりしないの?サクトゥスほどじゃないけどメルキスよりも暖かいわよね」

「確かに、僕の炎を浴びたら溶けちゃうなんてことないよね?」

「ためしてみる?」

「いや、いいよ!ほんとに溶けちゃったら困るもの」

「...」仲間たちの会話とは別にいつもと違って黙り込んでいるジーク。仲間たちの他愛ない会話を盛り上げてくれたり、戦いとなれば誰よりも的確な判断を下してくれるジーク。彼がこんな調子だと誰かが話題を振ってもどこか盛り上がらずに終わってしまう。

「大丈夫だよ。あれはシアンさんが言いすぎていたわけだし、ジークはジークらしく戦えば認めてもらえるって!」セレスが励まそうとするも、かえって逆効果になっているように感じる。

「わかってるんだ。勝負には勝つつもりだ。だけど、あいつの言っていた言葉が気にかかって、」何か重要なことを見落としている。いや見て見ぬふりをしている。自覚はある。だが、それと今ジークが戦うべき魔王にどんな関係があるのだろうか。わからない。記憶の片隅の真実を見つけるため、ジークはその夜一人、物思いにふけるのであった。

 神殿に帰ってきたシアンにセグノが話しかける。

「少し、厳しすぎるんじゃないのかい?彼らは君とは違うんだ。それぞれの事情を理解しなければ、その穴を魔王に付け込まれてそれこそ窮地に立たされるよ」

「それはわかっています。だからこそ生半可なんだとしたら関わらせるわけにはいかない。我らのような一族なら仕方なくとも力を得てしまったがゆえに悲惨な目には合ってほしくない」

「気持ちはわかるけど、あんまり人の過去とか掘り下げようとしちゃいけないよ?それが戦うために必要であっても、ね」

「すみません」

「彼らの力を見極め、伸ばすことはできてもそれは強引にできるものではないんだ。明日あのエルフと戦って、君にも新たな学びがあることを願っているよ」

「...はい」シアンはセグノと別れ、神殿の上で一人、沈むことのない月明かりに向かって吠えるのだった。

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