第24話 メルキスの守護獣
人はなんのために働くのか。まず思いつくのは金のためだろう。レンビエナ地方とて貨幣経済。金がなければ人らしくは生きられない。けれど金のその先はもっと大切なものがある。それは愛だったり夢であったり様々だ。金はそれだけでは意味をなさない。何かのために使ってこそ初めて価値を持つ。ただ持っているだけなら遊びの先手後手を決めるコインと変わらない。安全な家を持つために、おいしいご飯を食べるために、愛する人たちを守り共に暮らしていくために。アルカージもまたこのために日銭を稼いでいた。どれだけ辛くてもその幸せのために必死に耐えた。だが彼は知らなかった。心だけは金で買い替えることができないことを、いくらごまかしても心の奥では同業者たちへの恨みつらみがたまっていった。不気味な手に出会った。気づけばアルカージはその手に示された通りに街の守護獣を探し始めた。これであいつらを見返してやれる。自分を馬鹿にしたあいつらを、彼の心はその時から憎しみに支配されていた。守護獣を探している奴がやってきた。あの手が言っていた奴らだろうか。ようやく守護獣の手がかりをつかんだのに。いやまだだ、時間を稼げばいい。ちょうどあいつらへの憂さ晴らしも込めて奴らをけしかけよう。この間に守護獣から魔力を奪い取ってあの手からさらなる力を手に入れるんだ。そう思っていたのに、奴らの腕を侮っていたのか?守護獣に暗黒の呪いをかけ力を奪っていたその時
「アルカージさん!」間に合ってしまったか、やはり家で始末すべきだったか?それはどうにも気持ちが乗らなかった。大切な人たちの笑顔が久しぶりに見れたからかな。
イグナートに言われた通り、アルカージは氷の洞窟の奥にいた。
「もう守護獣に呪いをかけてる!」
「アルカージさんやめて!どうしてあなたがそんなことを、」
「君たちにはわからないさ」だって自分にもよくわかってないんだから。とはいえ見られたからには戦うしかない。そう思って彼が戦闘態勢に入った時、
「ねえセレス、あれ!」チャロが守護獣の方を示した。巨大な軟体動物の魔物、フロストクラーケン、一つ一つの巨大な腕が暗黒の呪いに抗おうとする。アルカージの力ではいくら暗黒の呪いであっても限界があった。凄まじい衝撃とともにフロストクラーケンが呪いを弾き飛ばした。
「うわあ!」至近距離にいたアルカージはその衝撃で吹き飛ばされてしまった。セレスたちは耐えられるが案の定チャロは吹き飛ばされそうになるしなぜかついてきたティキはあわや体がパーツごとになるところだった。セレスたちは何もしなかったとはいえ、守護獣は守られたのだ。まずはアルカージさんの話を聞かなければそう思っていたのだが。
「ヌウウウウウウウ」フロストクラーケンの様子がおかしい。明らかに興奮状態だ。ゆっくりと事情を説明することは難しそうだ。落ち着かせるには戦わざるを得ない。
こちらに狙いを定めたフロストクラーケンは漏斗の部分から墨ではなく猛吹雪を繰り出してきた。冷たさも相まって無数の氷の刃がセレスたちを襲う。チャロが反撃で炎を繰り出した。ここまでの戦いでチャロも成長している。守護獣の力を借りたときほどではないが初めのころよりも明らかに大きな火の玉を出せるようになった。炎は吹雪にも負けずにフロストクラーケンの方へと向かっていき見事命中。まずまずのダメージを与えたようだ。が立ち上った雪煙の中から触手がチャロに襲い掛かる。一本目は躱すものの次々と伸びてくる触手たちに取り囲まれ一瞬で捕らえられてしまった。
「チャロ!」
「ううっ離せ!」触手の締め付けが強くなる。さらに漏斗の方へとチャロを持っていく。至近距離であの吹雪を食らえばただでは済まないだろう!
「チャロを離しやがれ!」ジークがウインドを放つ。しかし相手はまだ無数にある触手を集めて防御の体制をとった。
「そうはいかないわよ!」相手の触手が身動きを封じたり、攻撃を妨害できるのならこちらも同じ手を使うまでだ。ルリナがプラントを使い、出現させた根で触手のいくつかを捉え強引に守りを引きはがした。ジークのウインドはチャロをとらえている触手に命中。怯んだ触手から何とかチャロは脱出した。
「助かった、」
「まだだぜ、守護獣が相手となるとどう攻めるべきか」ただ戦えばいいわけじゃない。相手を落ち着かせて話をしなければ、
「致命傷になりそうな攻撃は控えよう!でも触手には気を付けて!」いうが早いかフロストクラーケンは鋭い牙で触手を封じていた木の根をバリバリと嚙み千切った。そして自由になった触手たちを洞窟の中でめちゃくちゃに暴れまわらせる。狙いがあるわけではないため、かえって対策ができない。全員がその場その場の判断で触手を躱す。が
「きゃあ!」洞窟内の石にセレスが躓いてしまった。その上から触手が襲い掛かる。もう命中する瞬間、イグナートの時と同様ティキが駆けつけ触手を受け止める。光のベールで受け止めようとするが相手は守護獣、先ほどとは威力が比べ物にならない。
「ぐぬぬぬぬ、、、おりゃあああ!」しばらく苦しんだのち、なんとティキが打ち勝ち触手を跳ね返した。
「おいおい、まじかよ」まだ生まれて一日と立っていないはずなのだがこの雪だるま、ポテンシャルが高すぎる。いやポテンシャル云々ではない。攻撃を跳ね返すところといい、もはや魔法の類ではない。一体どんな力なんだ?とはいえ、ティキのおかげでセレスが助かったどころか触手の乱打攻撃もやんだ。最大火力を叩き込むなら今だ。セレスたちはそれぞれの魔法で攻撃する。3人の魔法とチャロの炎によってフロストクラーケンに大ダメージを与えた。
攻撃を食らってぐったりしてしまったフロストクラーケン。しばらくすれば目を覚ますだろうか。
「さてと、こっちは何とかなったから」ジークがアルカージの方を見る。
「アルカージさん。説明してもらえますか?」
「くっ」
「こんなことしたらファイナちゃんやモニカさんもきっと悲しみます。やめましょうよ」セレスが必死に説得するが、
「今の僕には、彼女たちと合わせる顔がない。まだ僕にはやることがある」そういうとアルカージは持っていたフロストクラーケンの魔力とともに靄の中へと姿を消した
「逃げられたわね」
「アルカージさん、」逃げた彼のことを心配していると
「ぬ、ううう」背後から大きな声が聞こえてきた。どうやらフロストクラーケンが正気に戻ったようだ。
「君たちは、私をここに誘い出し暗黒の呪いを使ったものではないようだな」
「よかった、また襲われたらどうしようかと思ったよ」この戦いで最も被害を受けたチャロがしみじみとつぶやく。
「ふむ、君たちが私を解放してくれたようだな。すまなかった。わけもわからず暴走してしまって」フロストクラーケンはセレスたちに深く謝罪した。
「フロストクラーケン様、私たちは魔王の復活を阻止するためにここに来たんです」
「けど、魔力は奪われちゃったね」
「すまなかった。私が取り乱したばかりに魔王の手下も取り逃してしまったようだな。君たちのせいではないさ。むしろこちらが謝らねばな。そして感謝する。君たちが来なければよりまずいことになっていたろうからな」フロストクラーケンは大きな頭を下げた。
「ねえ君!名前は?ティキはティキだよ!」相も変わらず元気なティキ。
「む?なんだ君は。私の名はベイアオ、この街の守護獣だ」
(答えてくれるんだ)彼ら以外のだれもが心の中で驚いた。
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