第21話 港の奥にて

 ファードゥラを追い払ったセレスたちは、宿屋に一度泊まり、日を改めてようやくメルキスへとやってきた。宿屋の時点でかなり肌寒かったがいよいよ街に来るとそれまでとは比べ物にならないほどの寒さだ。

「うぅ、さむい、」ジークが凍えた声を出す。セレスは元々寒い方の地域に住んでいたため、仲間たちよりは幾分かましだった。風の街と花の街の二人、特に温暖な地方である花の街にいたルリナは服というよりも体感温度そのものよりもずっと寒く感じているようだ。生まれた土地による影響は非常に強いもので、服をしっかり選びはしたものの始めてきたメルキスにすでにたじたじだった。

「ねえ先に服屋に行きましょ?このままじゃ凍えちゃう」

「ああ、そうだな。向こうのやつらみたいな毛皮でできた服が欲しいぜ」こうしてセレスたちはメルキスの服屋へと入った。ここにはトナカイやアザラシを使った服を取り揃えており、セレスたちはそれぞれに服を買い、店の部屋を借りて着替えを済ませた。

「さてと、これで何とか冷えることはなさそうだな」先ほどまでの寒波が噓のように遮断され、保温性抜群の服に驚きながら、一行は作戦会議を始めた。セレスは

「魔王の狙いは守護獣たちの魔力が狙いだよね。ルリナみたいにその町の守護獣について知っている人がいればな」

「確か、メルキスの守護獣ってフロストクラーケンっていう魔物なのよね?クラーケンといえば海にいる魔物だから漁師さんとかなら知ってるんじゃないかしら」

「それじゃ情報を探すために当たっていくか?」

「それがいいと思う。だけどこれだけの人数なら手分けをして探した方がいいと思うな」

「なるほどな。ファードゥラと戦った時も思っていたんだが、なんだかセレス、冴えてるというか変わったよな。前よりもはっきりと意見を言うようになったし、それでいて戦闘に関しての声掛けも的確になったし、何かあったのか?」セレスはこのことに関してはぐらかすことしかできなかった。そんなつもりはまったくなかったし、言われてみれば原因として思い当たる節はあったものの、それをチャロ以外の二人に話すことはなんとなく憚られたからだ。

(お父さんとお母さんの話か、したらびっくりするかもしれないし信じてもらえないかな、)

「ま、まあね」というとジークはそこに気をかける様子もなく

「おう!これからも頼りにしてるぜ!」と明るく返した。ルリナも彼に続いて

「セレスたちのおかげでリジー様も守られたし、私もセレスの事は信じてるわ。こんなところでなんだけどありがとう」今はまだ両親のことを話すことはできない。だがこの二人にならいずれ話してもいい。そう思うセレスだった。

 結局、4人はセレスとチャロ、ジークとルリナの二組に分かれてフロストクラーケンの情報を集めることにした。ジークたちは本命となる漁港で情報を集めることになった。出会った漁師にはもちろん、市場の人間たちにも聞き込みをしてみた。確かに言い伝え自体は知っているという者も大勢いたが、実際に姿を見たり、リジーのように会って話したことのある人間もいなかった。

「うーん、やっぱり情報はないか、」

「クラーケンといえばかなり大型の魔物のはず、出てきていれば誰かには見られてると思うの」

「海の深い部分に住んでいるとかか?だったら心配ないんじゃないか?相手もそうそう手を出せないだろ」

「そんなわけないでしょ?今までの相手は魔物よ?人間では考えられない氷海のなかでも潜れる魔物くらいいるわ」

「そっか、もしかしてほかのクラーケンが魔王の手下だったり?」

「可能性はあるわね、」

「まずいじゃねえか!そうなったらこっちは手出しできないぞ⁉」

「それはそうだけど、どうしようもなくなる可能性を考えるよりも少しでもこちらが動ける可能性を考えた方が効率的よ」

「お、おぉそうだな!」ルリナに言われたことで再び聞き込みを始めた二人。しかしこれといった情報を得られず、今日は一度引き上げてセレスたちと合流しようと思ったその時、漁港の方から物騒な音がしたのをジークが聞きつけた。寒く乾いた空気に響くもっと響いた何かをたたく音。

「なんだ?なんかドンパチやってるのか?」気になって向かおうとするジーク。

「ちょっと、ジーク。危ないからやめておきなよ」危険を察したルリナは止めるが、

「ルリナは近くのお店とか暖かいところにいてくれ、わしだけで様子を見てくる」そう言ってきかずに行ってしまった。

「もう、何かあったらどうするのよ。しょうがないわね」ルリナもジークに気づかれないようにこっそりとそのあとをついていった。

 漁港の中でも少し入り組んだところ、人目には映らないような場所で大勢の漁師に一人の漁師が暴行を受けていた。

「あーあ!無理だって言ってんのにしつこく乗りたいようにしやがって!お前みたいなやつ、海の上じゃ戦力外なんだよ!わかったか⁉」

「自分は、そんなつもりじゃ、船で漁に出るのは、あ、諦めましたし、」暴行されているのは若い漁師だ。体格も満足でない一人の漁師を大柄な何人もの男たちが追いつめている。戦力外だとか言っているようだがどうも両者で話が嚙み合っていない。よろめきながらなんとか立ち上がった若い漁師にさらに追い打ちをしようとする漁師の腕をジークがとっさにつかんだ。

「あ?なんだてめえ邪魔してんじゃねえ」

「あんたらこそ何なんだ?こんな大人数で一人をいじめて、そこの人だって船に乗るのはあきらめたって言ってるじゃないか」

「るせーな、あんたには関係ないだろ!」今度はジークにまで殴りかかろうとしてくる。が、若い漁師をつかんでいたジーク、風を生み出してそのまま後ろへと距離をとった。その影響で壁にぶつかる漁師たち、

「いてーな、人様に向かって魔法うってきやがったな!」そう言って漁師の一人がこちらに殴りかかろうとしたとき、

「やめておけ」大男たちの中でも特に大きなベテラン漁師がそれを制止する。先ほどまで切れていた漁師もその声を聴くや否や攻撃的な姿勢をやめて元へと戻っていった。大男はこちらに向かって

「すまないね、その感じだと旅行で来た人かな?私たちも船はあきらめるというのは今聞いたのでね。よくないものを見せてしまった。詫びさせてくれ。この辺りは漁港の中でも結構奥の方だから不用意に来ると危ないよ?」年長者として一発言ってやりたいところだが、これ以上深入りすると後ろでばれてないと思っているルリナが黙っちゃいないと悟り、大人しく若い漁師をかばいながらジークはその場を後にした。

「なんなのよ!あいつら!同業者一人つるし上げていじめてるってわけ?ムカつく!次会ったらひとこと言ってやるわ!」ルリナの様子を見た限り、やはりあそこで引いたのは正解だったようだ。

「あの体格を見ただろ?俺だってまともにやったらぼこぼこだ」

「あんな奴ら私の魔法で」

「ルリナ、人に魔法を向けることは本来あっちゃいけないんだよ」

「あんただってウインド使ったじゃない!」

「あ、あれはしょうがないじゃないか!」言い合っている二人に

「あの、さっきはありがとうございました」若い漁師は弱弱しい声で礼を言った。

「旅人さんでしたら、今日のこともあるし、私の家でお礼をさせてください」ちょうど今日の宿もなかったのでご飯だけでも頂こうと思い、二人はその誘いに乗ることにした。漁師の家に行くとそこにはなんと子供と遊ぶセレスとチャロがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る