第17話 あの日の味とあの時の涙と
セレスたちはサクトゥスから無事にゴド村へと帰ってきた。今までにないくらいの間帰っていていなかったせいで、村が見えてきたときにはセレスの胸にこみ上げるものがあった。
「おお!久しぶりに来たな!ゴド村。マップルの木材いつも買っていたお店やってるかな?」ジークは元々、風乗り用の凧のためにゴド村を目指していた。それが気になっていたのだろう。
「お店ならもっと行った先だよ。私は一旦家に帰ってくるから」
「おう!宿はこっちでとっとくからな」
「了解!またねジーク」ジークと村で別れてセレスは家に向かう。村の一番奥の家、懐かしい雰囲気だ。セレスが扉を開ける
「ただいまー」その声を聴くや否や奥の方から返事があった。
「セレス!やっと帰ってきた、よかったよホントに」いつもなら歩くことも難しかったミナモが何とここまですごい速さでやってきた。
「ミナモさん、立てるようになったの?」
「2人に何かあったって思ったらいてもたってもいられなくて、」
「心配してくれてありがとう。私たちも心配したよ」
「手紙は届いていたからよかったけど、あれもなかったら心配で」クラフスクにいた商人さんはきちんと届けてくれていた。後でお礼をしておかなければ。
「それで、帰ってこれなかったのには何か理由があるんでしょ?話してほしいな」
「それが、」セレスとチャロはここまでの出来事をミナモに話した。ミナモは最初こそ驚いたが、途中からは驚くことなくその話を真剣に聞いていた。
「ってことなんだけど、信じてくれる?」セレスが恐る恐る聞くと、
「...本当に来てしまったのね、」
「え?」
「いいセレス。これからとても大切な話をします。チャロにもかかわる大切な」
「僕にも?」
「ええ、セレスの両親に関する話よ」
「!私の本当のお母さんとお父さん、」
「こんなこと本当は起きてほしくなかった。でも最初にセレスとチャロが話してくれた不気味な手、それに二人の話で納得がいった。この世界に何が起きているのか」
「ねえ、その話って何?怖いけど教えてほしい」ミナモはまた少し黙った考えた後、ゆっくりとその口を開いた。
「あなたとチャロはね、500年前の人間なの。500年前の時代からこの現代に飛ばされてきたの」
「「え?」」どんな恐ろしい話かと思っていたが、まさか話がそんな突拍子もないことだったとは、あまりにも驚かされてしまった。というか、どういう意味なのかわからない。言葉の意味は理解できても、文章として理屈が通っていない。500年前から飛ばされてきた?そんなことが可能なのか?混乱する2人にミナモは続ける。セレスとチャロ、そしてこの世界に起きた500年前の出来事を。
当時レンビエナ地方は強大な力を持つ魔王ガレニア率いる邪悪な魔物たちと、人や獣人。エルフに加えて彼らとともに生きていた魔物たちによる熾烈な戦いが起っていた。人々たちは守護獣の力を借り、各地で戦果を挙げていった。強大な力を持つガレニアだけは大修道院によって封印されたのだった。封印に成功した勇者と魔女は結ばれ、その間には一人の娘が生まれていた。その娘はセレスと名づけられ、大切に育てられた。彼女は森で出会った小さな白竜にチャロと名付けた。両親のメイドでもあるミナモと三人で日々仲よく遊んでいた。そんな日々の中、セレスの両親であるアウシィとモコは魔王を封印させることができる剣、魔剣ルクシスを作る研究を続けていた。その研究の中、二人は自分たちが探し求めてる希望がその娘に宿っていることが分かった。そしてそれは同時に、わが子がこの戦いに加担することを決定づけることでもあった。
「あの子じゃ無理よ!まだ4歳なのよ?」
「なにか、何か方法はないのか?セレスの力を使わずにガレニアにとどめを刺せる方法は」すさまじい戦いだった。二人の仲間もまた何人も犠牲になったのだ。とどめの一撃とはいえ、その終止符を子供に打たせるのか?もし何かあったら、さらには自分たちの子供だ。とてもこの方法を続けようとは思えなかった。結果二人はルクシスをアウシィが、セレスの力を使わずに済むとどめの刺し方をモコ探す事で分担を決めた。幸い、ルクシスは完成が間近だったため、なんとか形にはなった。しかし、そこから2人で探し始めても、どうしても見つけられなかった。季節もあっという間に2巡していたころ、事件が起こった。ガレニアの残党が二人の研究をつぶすために襲撃したのだ。アウシィは家族を助けるためにその場を食い止め、モコはその間に少しでも距離をとっていた。カルデロの森の木で少しだけ休んでいたモコたち、
「モコ様!セレスとチャロは?あの二人はどこに行ったのですか!」あそこに置いてきてしまったと恐れるミナモにモコはあることを話した。
「ミナモ、よく聞いて。魔王は復活してしまう。封印の強度からしておよそ500年後には動き始めるでしょう。そこで私は時間を超える魔術を使ってチャロとセレスをその少し前に飛ばしたの」
「500年、」ミナモは獣人だ。人間よりもはるかに長寿な種であるもののさすがに500年は不可能だ。とても生きてはいられない。しかしモコはさらに続けて
「そこであなたにお願いがあるの、あなたの時の流れ、つまり寿命が延びる魔術をかけたい。私の寿命では、とても伸ばしても無理だから、」
「そんな、そんなに魔力を使ったらモコ様だって、」
「私はここであいつらを誘導する。だからあなたは逃げて、必ず生き延びて。いつかあの子たちが時を越えて現れたら、それをあなたが育ててほしい。私たちの、あの子を」すでに覚悟を決めたモコの瞳の前にミナモにはもう止めることはできなかった。
「わかりました。おふたりの子、セレス様は、私が必ず、必ず育てて見せます」
そう言ってミナモはモコの魔術を受けた。
「ミナモ、あなたにも長い時の重みが襲うでしょう。つらい思いをさせることになってしまってごめんなさい」魔術の後にモコはミナモを抱きしめた。冷たい雨の中、わずかに感じたモコの体温をミナモは500年忘れることはなかった。ミナモはその場を離れ、近くの街、ゴド村に住み着いた。住人にはこの話をしなかった。下手に話をしてガレニアに勘づかれてはまずい。そう思って話さなかったのだ。村で行われた葬儀には二人とともにセレス達も葬られた。それからの時間は長い長い悠久に思える時間を過ごした。モコに言われた通り、ミナモには周りの人々が生まれては死に、また生まれては死ぬ中で感じる自分の命への不気味さや恐怖が襲った。不老ではないため、ゆっくり老いてゆく体を呪おうとしたこともあった。だがミナモはそれをしなかった。あの冷たい雨の中で誓ったのだ。あの二人を、セレスとチャロは私が守るんだと、その思いだけがミナモを奮い立たせていた。500年を計算しようとも思った。しかし、そんなことも忘れていた頃、ミナモがマップルを育てていた時に、その時は訪れた。
「ねぇ、ここどこなの?」もう何年も聞いていなかった幼い声を聴いたミナモは気づけばその場にいた少女と竜を力いっぱい抱きしめていた。
「よかった、本当に良かった、」ここまで泣いたのは、モコと別れたあの日以来だった。しかし、この涙は違う、安堵や幸福、希望からくる歓喜の涙だった。その日からミナモの毎日は息を吹き返したように色づいたのだった。
気づけば夜になっていた。
「そんなことが、」啞然と涙を流すセレスとチャロを抱きしめながらミナモは
「いきなり理解しなくたっていい。明日、ご両親のお墓に行きましょう。ずっと行くのをためらっていましたから。今日はもう夕食にしましょう」
「うん、」泣きながら二人は久しぶりのミナモの夕食を味わった。数日ぶりなんてものじゃない。とてもとても、懐かしいような味がした
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