第15話 蟷螂の斧を掲げよ
本来火属性の魔法は水属性に対して本来の力を発揮できないという性質がある。だが、雷属性と竜属性が組み合わさったものでも同様の効果が得られる事はここ最近確認されていた。しかし、その二つを組み合わせても水属性と完全に同じ性質を持っているわけではないのだ。これに対してウィルの理論においては、属性エネルギーの性質が変化しているのではなく、エネルギーの衝突によって、この世界とは異なる世界にエネルギーが放出されているという考えで、その空間こそがクロッカス虚数空間なのである。まとめると特定のエネルギーが反応すると、別世界への扉のようなものが生まれるということだ。ちょうどセレスとルリナの魔法がかみ合った事で土壇場での防御に成功したというのだ。
「そんな力が、」
「もっともまだ確立した説じゃないけどね。それだけ強い火属性を初級魔法で打ち消せるとは、この理論には合体魔法に匹敵する価値がありそうだ」こんな状態でも、自分の考えの種になるものを見つけて喜ぶとはウィルの学者気質も大したものである。しかし今回はその即興講義も役に立ったようだ。一瞬でも女がウィルの言葉に注意を向けていたのをジークは見逃さなかった。再び間合いへと入り込み剣を振るう。陽炎を利用しようにも時間がない。
「くっ!」咄嗟に鎌を使って剣を受ける。しかし、間合いに入ってしまえば得物が軽く動きやすいジークの方が有利だ。
「<ウインド>!吹き飛べ!」風の刃が女を襲う。その勢いでジークも距離をとる。
「やるね、ネラーボを退かせただけはある。私もそろそろ本気出さなきゃね」女の体が炎に包まれていく。炎は瞬く間に渦をなして、セレスたちの前に立ちはだかった。そしてその渦を切り裂いて二つの大鎌とそれをもった巨大な影、いやそれを備えた巨大な怪物が姿を現した。
「まさか、このカマキリがさっきの人なのか⁉」カマキリは先ほどの女の声からは想像もできない恐ろしい声で名乗った。
「我が名はシャミア。人の姿は仮のもの。貴様らを焼き切り裂いて、任務を果たさせてもらう!」そう言うとシャミアは鎌をクロスさせ力をため始めた。クロスさせた鎌を開くと同時に彼女が変身した時のような炎の渦が立ちはだかった。
「おい!これは二人の魔法で何とかなるのか?」ジークがウィルに聞く。
「無理だ!失敗した時のリスクが大きすぎる!みんな離れて!」しかし、渦はセレスたちのすぐそばまで来ている。セレスは防御魔法を張ったが、すべてを防げはしない。セレスたちに熱風が襲い掛かる。
「きゃああ!」爆風により吹き飛ばされる仲間たち。ジークがいきなり攻撃しようとするもシャミアが鎌を上にあげカマキリの威嚇の体勢をとると
「ぐあっ!」体の自由が利かなくなる。
(しまった!こいつらみんな呪縛が使えるのか!」セレスたちも呪縛に苦しむ中、再びチャロが立ち上がった。ネラーボの時同様、この状況を打開することができるかと思われた。実際チャロも炎でシャミアを攻撃しようとした。しかし今回は何でもないようなただの火。こんなものでは到底かなわない。
「あの呪縛から逃れるとは、やはり貴様らは侮れぬ。しかし抜けられたのはわずかに一匹か。ならば!」チャロは再び呪縛に縛り上げられた。首の上だけ出された様はもはや斬首を待つもののようだった。そんなチャロの首元に二つの炎の鎌が襲い掛かる。その瞬間鎌とチャロの間に大樹の幹のような壁が生まれた。木であるはずのそれはシャミアの鎌では焼き切ることができなかった。この隙にチャロは再び拘束から抜け出した。
「まさかこれが、リジー様からもらった力?」ケイルスから得た力は撃退の一撃。攻撃にのみ発動したが、こうして身にまとうような戦い方もあるようだ。
「守護獣の力か、どこまでも生意気な奴め」シャミアは鎌の炎をさらに燃え上がらせた。そしてそれを打ち合わせると、セレスたちを取り囲むように炎の魔物たちが現れる。
「そういえば、あいつも泥から仲間作ってたな、こいつもできるのかよ」
しかし今回は小さな魔物というわけではなく人の形をしているこれまた不気味な姿だ。顔もなければ言葉も発さない。こういう奴が一番怖い。
「チャロ!セレス!お前たちはシャミアを頼んだ!」ジークが炎の中からそう言った。チャロのまとう木の力は、今の周りの森同様、炎だけでは燃えていない。シャミアに呪いで拘束されているリジーが周りに術をかけて燃えないようにしているのだ。相性は悪いがここまでの抵抗を見せられるのはさすが守護獣である。
「小娘どもが!食らえ!」シャミアが炎の刃を飛ばしてきた。セレスも魔法で応戦。力が拮抗している隙にチャロの木の根が伸びていきシャミアの攻撃を貫いた。鎌を利用して根は断ち切ったシャミア。だがその頭上から巨大な木の幹が振り下ろされる。下を伸ばせるなら上の部分も然りだ。
「いけー!」ずしんという音とともにシャミアの身がぺしゃんこになる。しかし、そこに彼女の姿はない。瞬間セレスたちの周りをおびただしい数のシャミアが取り囲んだ。陽炎を利用した影分身である。これだけの数、科学的な現象として見えているだけではないだろう。大半は魔法によって見せられている幻覚だ。魔法?だとしたらまずい。手練れを相手に残像を殴るだけでも一手遅れたなんてものじゃないのにその一つ一つが魔法だとしたら。魔法が一斉に攻撃用に切り替わったら。猛烈な手数差で蹂躙される。
「セレス!僕が木の根を張るから下がって!」こちらに飛び込んでくるシャミアの残像を木の根の壁が防ぐ。どれだけ魔法でカバーされていても絶対的な相性の前には限度がある。残像たちの猛攻撃によって壁たちはあっという間に焼け落ちた。与えられた魔力が切れて壁とともに消えゆく残像をしり目に消えるはずのない本体が突撃してきた。ジークほどの剣の腕であればさばききれるだろうが、つい最近攻撃魔法を覚えたばかりのセレスには荷が重すぎた。一つ目の鎌は魔法を対処させる形で処理したが、もう片方はどうしようもない。かろうじて杖を突き出していたことによりその身は引き裂かれることはなかったもののチャロごと森の方へと吹き飛ばされてしまった。
「セレス!チャロ!」ジークとルリナの声が聞こえる。二人とも魔物の対処やウィルを守ることで精いっぱいだ。とてもこちらには来られそうもない。
「終わりだ。まずは貴様らから葬ってやる」鎌を振り上げたシャミアの前に立ちふさがるチャロ。巨大なカマキリを前に小さな竜が立ちふさがったのである。
「無駄だとわからないのか」あざ笑うシャミアにチャロは
「無駄だとか無理とかじゃないんだ!僕がセレスのことを守る!ずっとセレスと一緒にいるって決めたんだ!」
「小癪な、その生半可な心意気、貴様の命ごと刈り取ってやる!」シャミアの鎌が振り下ろされる。それをセレスの魔法が竜の姿となり攻撃をはじいた。
「なにっ!どこからそんな力が!」攻撃をはじいたことで生まれた一瞬の隙、これを逃せばもう片方の鎌が振り下ろされる。決めるならその前しかない。死神の鎌から少女を守るため、二匹の竜が牙をむいた。決意を固めたチャロの攻撃はネラーボの時同様に風と爆炎となる。そこに木の葉が混ざり、一枚一枚が炎の刃になる。この至近距離では鎌で防ぐこともできない。しかし、避けることならできた。だが、シャミアはしなかった。守護獣の力はともかくこの竜だけの力はシャミアにとってとるに足らなかったから。しかしそれらの攻撃全てが布石となり、シャミアの油断によって生まれたわずかだが致命的な隙。そしてそれは彼女の命が刈り取られるには十分だった。炎の刃の嵐によってシャミアの体はズタズタにされていった。
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