第13話 清浄の泉
風の強いクラフスクと違ってサクトゥスでの目覚めは穏やかなものであった。セレスたちは朝食にふるまわれたサクトゥスのエリゴノミツバチのはちみつをつけたトーストとコーンスープを食べ終えて、支度したのちにセレスはジークと別れ、昨日訪れたルリナの家に向かった。
「来たね。それじゃ早速行こうか」
「ウィル君は?まだ家にいるの?」
「あの子は朝早く行ったよ。今の研究がいいところだからって」
「そっか、帰ってきたらお礼言わなくちゃね」
「昨日は言ってなかったけど、清浄の泉がある森はグナ=イゼの森っていうんだって」
「グナ=イゼ?なんだか不思議な名前だね」
「1000年以上昔の魔術師の名前なんだって」
「その人のおかげでサクトゥスが魔法の研究が進んだんだね」
「そうって言われてるけど本当にそうなのかしらね。ウィルほどじゃないけど私も本は読むの。だけどグナ=イゼ何て名前出てないわ。森の名前の由来が何なのか、それが私の研究なの」
「おもしろそう!」
「ここのモンスターはそこまで強くないけど気を付けてね。いざとなったら私が何とかするけど」
「どんな魔法が使えるの⁉」その一言でセレスは興味津々だ。
「私は木と雷ね、まだ第三魔法は使えないけれど多分土らしいの」
「お母さんかお父さんがそうだから?」
「ううん、これもウィルの発明なのよ。その人が将来もち得る魔法の属性がわかるんだって」
「そんなものも作ってるんだ」あった時こそ喧嘩ばかりしていたがいざ普通に話すと弟のことをべた褒めしている当たり、素直になれないのかもしれない。セレスには兄弟と呼べる人はいない。チャロは弟というよりもずっと昔からいたような親友という感じだし、兄弟がいたらこんな感じなのかなと少しほほえましく聞いていた。モンスターに警戒こそしていたが幸い何ともなくセレスたちは清浄の泉の前まで来た。あたりに立ち込めるきれいな空気はカルデロの森のそれとも違う、心地いいというよりも本当に浄化されるような空気感だった。
「それで、ここで何をすればいいの?」
「ここの水は特別な魔力が込められてて、水面を見ると色んな邪悪な力を祓ってくれるの」
「見るだけ?」
「そう、見るだけ、そうすると水がその人の方にやってきて呪いを解いてくれるんだって」
「それじゃあ早速やろうよセレス!」チャロに促されセレスは泉を覗き込んだ。何か特別なものが映るわけでもなくただ普通にセレスの顔が映った。それから少しの間見てはいたがルリナの言うように水がセレスの方にやってくる様子もない。水面はいたって静かに乱れることなくセレスの顔を映し出している。普段鏡の前で何をするでもなくこんなにまじまじと自分の顔を見ることもないセレスは次第に
(ちょっと髪伸びすぎてるなあ、村に戻ったら切ってもらおう。あ、サクトゥスの方が都会だしいいお店あるかな)なんてことを考え出した。
「何にも起こらないけど?」
「うーん、ここじゃダメなのかな。私も直接呪いが解けたとこ見たわけじゃないからもう解けてたりして?」
「なんだよー、けどまあ解けるならそれでもいいか。どうするセレス?一度戻ってみる?」セレスはもう少し泉を見ていたが一向に変化がないため
「うん、そうしようか」そう言って立ち去ろうとしたその時、泉の様子が変わり始めた。あたりの空気も先ほどまでとは真逆の不気味な雰囲気になっていく。そして次の瞬間、セレスが苦しみ始めた。
「セレス⁉どうしたの?」ルリナが様子をうかがう。
「わからない、けど体が!うぅ、」セレスの体の内の何かが暴れている。それは苦しんでいるようにした後、セレスの体から出てきた。その正体はまたもあの不気味な手、ここまで散々セレスの前に現れたそれが今度はセレスの体内から出てきたのだ。
「きゃあああ!!何よこいつ!」
「二人とも下がって!ここは僕が何とかする!」チャロが炎を吐きかける。しかし、それを不気味な手は払いのけた。
「そんな!」よく見ると今までの不気味な手とは何かが違う。その手の表面はごつごつしている。これまでの者はどこか人間のそれのようであったが今回のこれは以前とは比べ物にならない。魔物、それもかなり強力な存在のものだろう。
「なら私に任せて!食らいなさい!<プラント>!」ルリナが唱えたのは木の中級魔法、プラント。すると地面の下からすさまじい数の木の根が現れ不気味な手を縛り上げた。魔法だけでなくこの森の木々たちもそれに続いて不気味な手を拘束し始める。根の拘束はどんどん強まり、このまま行けばこの手を絞め倒せる。しかし、相手もさるもので強靭な木々の根を払いのけてしまった。
「これが、セレスの魔法の邪魔をしていた“暗黒”の呪い」
「こんな奴が人の体にいたなんて、恐ろしいわね」
「セレスは大丈夫?」
「う、うん平気」こんな状況でも助けられてばかりな自分を情けなく思うセレス。目の前ではチャロとルリナが戦ってくれている。あれが呪いの正体なのだとすれば今の自分でも魔法が使えるかもしれない。そう思ったセレスは回復魔法を使うときのように力を籠め始めた。
「きゃあっ!」ルリナが不気味な手の攻撃を受けた。
「大丈夫か!ルリナ」
「心配ないわ。それよりもこいつを何とかしなくちゃ」不意打ちに近い現れ方にかなりの強さ、二人にはかなりの痛手だった。
チャロたちが苦戦している清浄の泉から少し離れた場所でウィルは今日も師とともに魔法について見識を深めていた。その時、
「!行かなくては」
「お師匠様、どうされましたか?」ウィルが聞き返したころには彼の師匠はすでに清浄の泉へと向かい始めていた。
「あっちは今姉ちゃんたちがいる、まさか!」はっとしたウィルも師匠に続く。
2人が傷ついて動きが鈍ったところで不気味な手がさらに攻勢をかける。もう致命傷が入る。そんな時、
「やめて!」セレスが強く叫ぶと同時にセレスのもとから白く光る竜の顎が不気味な手に襲い掛かり、かみ砕いてしまった。すると辺りの空気も変わり、先ほどまでの清浄の泉の姿に戻った。
「た、倒したのね。良かった」どっとその場に座り込むルリナ。
「今のがセレスの魔法?すごい綺麗だったね!」さっきまでの戦いを忘れたかのような笑顔のチャロ。
「わからない。でも力を込めたら出たからきっとそうなんだと思う」
「あやふやだね、」頼りなさそうなチャロをよそに座り込んでいたルリナが口を開く。
「まさかセレスの魔法、竜属性だったとはね。それも第一魔法が竜属性なんてすごく珍しい」
「そうなんだ」ゴド村にはそこまで攻撃魔法を扱えるものもおらず、竜属性なんてほぼ知らなかったに等しいため、セレスには実感が持てなかった。
「でももっと不思議なのは、魔法の色ね。普通竜属性と言ったら赤黒いエネルギーのはずだけど、あなたのは白く輝いていた」
「そうなんだ、でも私はちょっとうれしかったな。さっきの魔法が少しだけチャロに見えたから」
「本当にあなたたちは仲がいいのね」ルリナがほほ笑む。
「もちろん!僕とセレスはこれからもこの先も一緒だからね!」チャロが得意げにそう言った。すると、
「まさか、あの呪いを自ら破ってしまうとは、まさかあなたは」と大人しい女性の声がした。森の木々が優しい風を送る。その先には蔦や葉の上に乗る不思議な女性とすっかり疲れて息の上がったウィルがいた。その女性は続ける。
「おっと、人の素性を聞くにはまず自分から話さねば、私の名はリジー。人間たちからはツリーアルラウネと言われている花の街、サクトゥスの守護獣です」
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