第9話 暗泥纏うもの

 風の止んだクラフスクの街が混乱に包まれる中、ネラーボはエアログリフィンへの攻撃の手を緩めない。しかし、

「くっここまでの攻撃を受けておきながらいまだに抗おうとするか!」ついには呪縛を払いのけ、ネラーボに反撃した。無数の風の刃がネラーボに襲い掛かる。ネラーボ自身も躱してはいるが、圧倒的な刃の量によって追い込まれていき、ついに一撃が入る。そんな時、

「!我が主⁉」またしても靄とともに不気味な手が現れ、ネラーボの身を守った。

「用心しろ。貴様のうちにある力は奴に有効ではない。功を焦るな。相手を冷静に判断し、必要な呪詛でもって確実に力を奪い取るのだ。力さえ奪えば、そいつは要なし。我らに抗う力もなくなるだろう」

「はっ仰せのままに、主様にいただいたこの力、今こそ存分に奮いましょう!」そういうとネラーボの体が靄に包まれていき、次第にその靄が大きくなっていった。そして暗く不気味なその靄の殻をそれに劣らないほど真っ黒な嘴が突き破る。

「ガアアアアアアア!!」ネラーボは恐ろしいカラスの姿へと変貌した。羽や嘴など体中の至る所からあの靄をまとった泥のようなものがべちゃべちゃと落ちてきている。ネラーボの攻撃はさらに苛烈となり、呪縛も操ることでエアログリフィンの動きを封じていく。

「行け!奴の力を削ぎ、致命の一撃を与えるのだ!」不気味な手がネラーボに命令する。

「セレス!あれ!」その様子を山の頂上へとやってきた二人は目撃した。グィラベゼロ大修道院までの道に比べれば、大したことのない道だ。

「あの大きな魔獣、向こうにいるグリフィンを攻撃してるの⁉人だけじゃなく魔獣にまで攻撃するなんて」

「セレスあそこ!不気味な手もいる!大きな魔獣が操られてるのかもしれない、あいつらを止めないと!」

「うん!だけど、」セレスはここまでの通りほとんど戦うことができない。ここにいてはチャロの足手まといになるのではないか。しかし、ここまで来て退くわけにもいかない。相手があの不気味な手となれば、今回もまたよからぬことをしているのはまちがいない。

「チャロ、私が指示してみるからその通りに動いて!」今の自分にできることといえばこれくらいしかない。

「わかったよ!」しかし相手は巨大な魔獣、あんな大きさのやつ村の周りにもいない。いったいどうやって戦えばいいのか。すると魔獣が飛び上がり、二人に向かって羽についた泥を吹き飛ばしてきた。

「火であれを打ち消して!」チャロもそれにこたえて泥をけしていく。何とか二人にやってくる物は消すことができたが、間髪入れずに魔獣の方がチャロめがけて突進してきた。

「避けて!」しかし、その圧倒的な大きさにチャロは逃げ切ることができずそのまま直撃、空中で見事に体当たりを食らったことでチャロは勢いそのまま地面へとたたきつけられてしまった。セレスが攻撃しようにも、今の彼女にはそれだけの力がない。降り立ったカラスの魔獣が目の前の小動物を捕食するような勢いでチャロに迫る。もうこうなったら無我夢中でセレスも魔獣に向かって突進してしまった。

「セレス!来ちゃだめだ!」セレスに気づいた魔獣にあっけなく翼で払いのけられるセレス。

「くっうぅ」自分がチャロを止めていれば、あそこで冷静に逃げていれば、チャロも自分もこんなことにはならなかった。何の力もないくせに、思ったことだけで危険に突っ込むからこんなことになったのだ。今の彼女には魔獣に足でつかまれたチャロがどんなにむごい仕打ちを受けようとここで見ていることしかできないのか。そう思った時、セレスたちの間を素早い風が一陣、吹き抜けていった。

「ガァア⁉」魔獣が苦しんでチャロを離した。

「チャロ!」

「なんだ、今の攻撃は!」様子を見ていた不気味な手が驚いていると、そのすぐ横から声がした。

「女の子と小さな竜が魔獣に襲われてるってのに、お前は見て見ぬふりか?どこのどいつか知らないが、顔がわかったらその時は剣だけじゃなくて握り拳もプレゼントしてやるぜ!」そう言って持っていた剣で手を切り裂いた。

「ぐおっ!この姿とは言え私に気配を悟らせないとは、貴様、やるな」

「ご親切にどうも、だが今やらしてもらってもいいんだぜ?」

「はっはっは、面白いことを言うな。そこにいるやつを倒すことができたなら考えてやろう。ネラーボ!任務は貴様に任せるぞ」そう言うと不気味な手は一瞬にして靄の中へと消えていった。

「ちっ手だけのくせに逃げ足はいっちょ前かよ」孫亜ことを言っている時間はない。先ほどの攻撃から体勢を立て直した魔獣、手は確かネラーボと言っていただろうか。そいつが再び、セレスたちに襲い掛かろうとしていた。

「させるかよ!<ウインド>!」魔法で牽制をかけるジーク。想像以上に聞いている様子だ。先ほどの不意打ちといい、こいつには風属性が有効なのだろう。

「二人とも何やってるんだ!こんなところまで来て!」

「ごめんなさい。私のせいです。私が、チャロを止めていれば、」思い詰めているセレス。向こうにいるグリフィンは随分と消耗しているようだ。

(見たこともない奴だな。それにあのただならぬ雰囲気、まさか!)

「なあセレス。回復魔法ならつかえるのか?」

「はい、なんとか」

「そうか、それならあのグリフィンを回復してやってくれ。時間はこっちで稼ぐ。俺の見立てならあいつはとんでもない奴だぜ」

「わかりました」

「チャロ!まだいけそうか?」

「うん、まだやれるよ!」

「その調子だ、けど無理はするなよ?お前だって万全じゃないだろうからな」

「そんな難しいこと言わないでよ」

「悪いな。俺もめったにない大きさの獲物だ。気合い入れてくぜ!」

「ガアア!」セレスがグリフィンのもとに向かい、チャロたちも体制を整えたところでネラーボが羽から大量の泥を飛ばしてきた。泥は地面についてしばらくすると、そこから泥のカラスが生まれてきた。彼らはチャロたちを攻撃したり、視界を妨げてきた。

「なんなんだこいつら!倒しても倒しても出てきやがる!」そこにネラーボの魔法が襲い掛かる。遠距離からの攻撃でセレスはもちろん、チャロの攻撃も届かない。

「ジーク!あの泥だ!あれを止めなくちゃダメなんだ!」

「なるほどな!」二人はむやみにネラーボを攻撃するのではなく、周りの泥を火や風を使って払いのけていった。もうすこし、もう少しで全てをどかし終わる。そんな時、

「しまった!また泥を」ネラーボが最初よりも大量の泥をまき散らした。

「ギャガッガギャギャギャ!」まるでこちらをあざ笑うような声を出すネラーボ、大量の泥カラスによって視界はおろか動きも封じられた二人。もはや万事休す、なのは二人ではなくネラーボの方だった。彼自身もその新しい力を得たことで注意が本来の目的から完全にそれてしまっていた。

ジークの魔法とは比べ物にならないほどの強風が二人を襲う泥を軒並み吹き飛ばした。

「おお!間に合ったのかセレス!」傷がいえたグリフィンと共に二人に合流するセレス。

「さぁ!ここから反撃開始だ!」ジークが言うよりも早くグリフィンがネラーボに襲い掛かった強靭な前足で攻撃を仕掛ける。しかし、ネラーボは飛び上がり回避、完全には回復できていないグリフィンでは届かないところまで上昇した。そしてそこから再び泥をまき散らす。風をまとったグリフィンによって、直撃は避けられたものの、やはり夥しい数泥カラスが襲い掛かってくる。セレスたちがそれに対処している隙にネラーボの周りにあの靄が集まり始めた。靄を最大まで貯めたのだろうか。ネラーボの体が先ほどよりも禍々しく光る。

「おいおいやばいぞ、」高所から勢いをつけて全力で突進するネラーボ。今のセレスたちでは対応するだけの力はない。

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