第8話 途切れた風

 ここ数日とは比べ物にならない街の喧騒で二人は目を覚ました。今日は風祭り当日、本来風のように穏やかでほとんどの事には流されないクラフスクの者たちもこの日ばかりはこぞって楽しんでいる。街へ出てみればあちこちで風乗りレースのことが話されていた。

「この祭りの中でも一番のメインイベントなんだな」

「みたいだね」

「今日の8の刻って言ってたよね。そろそろ行こうよ!」2人が風乗りレースを見る場所を探しに向かったのとほぼおなじ頃、誰もが盛り上がるクラフスクを堪能する中、一人街とは反対方向へと向かうものに、セレスたちはもちろん、街の人々も気づいてはいなかった。

「さあ今年もやってまいりました風乗りレース!長い歴史を誇るこのレースも今年でとうとう500回目!記念すべき今大会の栄光は去年で驚異の100連勝を達成したレジェンド、ジークが優勝するのか?それともまさしく百戦錬磨の彼をここで止める猛者が現れるのか!」街の人々が、レースの開始を今か今かと待ちかねています!」実況が拡声魔法を使ってアナウンスをする。スタート地点ではそれぞれの選手たちがウォーミングアップをしたり今日の風を読んだりとレースの準備をしていた。そんな中でジークは部屋の隅でとあるお守りを見ていた。彼の脳裏に古い記憶が蘇る。

「わるいな、ジーク。俺はもう、お前と一緒に風に乗れない。ここまで一緒に高めあえて楽しかったぜ」それは昔、ともに高めあっていた仲間との思い出だった。

(お前がエルフだったなら、わしの100連勝なんて夢のまた夢だろうよ。せいぜい五分五分ってとこだ。お前が乗れなかった分まで俺がやって101連勝をお前に捧げるよ)

「レースに出場する方々は、スタート地点に集合してください」係員が選手たちに呼びかける。

(もう始まるのか。さて今年もやるだけやってみるとしますか!)ジークはそう言って己に喝を入れ、スタート地点へと向かった。

 風乗りレースで使われるのは、街中をぐるっと一周できる道だ。当然、コース内には立入禁止、風乗りの凧は特殊な技術が使われており、風がたまればたまるほど早くなる。最初の方なんて足に自信があるものであれば走って追い越せる程度だが、レースの終盤ともなればあっという間に視界から消えて行ってしまう。ぼうっとしていたらもう1周してきたなんてくらいだ。貯めた風を魔法の力で使うことで凄まじい加速を生み出したり、かと思えば滑らかなコーナリングを決めたりする。緩急直線の入り乱れるコースでどこでどのくらい風を使うのか、これこそ風乗りレースの醍醐味といえるだろう。ここまで読んだ読者であれば風はためて使うのだから風向きなんて関係ないし、凧が大きければその分多くの風を貯められるではないか。と考えたものもいるだろう。確かに終盤ともなれば、例え嵐の中の突風であろうと負けないスピードを出せるため、風向きは関係なくなっていく。しかし、序盤は風をためる関係上向かい風だとリソースが少ないのだ。こうした際の走者の判断もまた、このレースの見どころだ。ほかにも話せばきりがない風乗りレースの真髄だが、今回はこれくらいにしておこう。街中の熱気は最高潮。レース開始の合図はもうすぐだ。スタート地点にいるのはクラフスクの町長だ。立派な髭を生やした人物ではあるが、ジーク歳に比べれば半分も行かない。というかそもそも桁が違うのだ。あの年代の人間が今このレースに出ることはないだろう。

「それでは第500回風乗りレース、、始め!」合図とともに凧に乗った選手が進みだす。今日は運に恵まれ追い風。この序盤から激しいレースが展開されそうだ。ジークも他の走者とともにその凧に風を目いっぱい貯めながら進む。101連覇の夢に向かって。

「ジークまだかなー、全然来ないよ」セレスたちはスタート地点から随分と遠いところで待っていた。宿屋自体がスタート地点から遠く、そこですら人が多かったため、この位置を見つけるのに少しだけ苦労した。

「もう少しで来るんじゃない?」

「まあ待つしかないか、」そういっていると奥の方が何やら騒がしい。

「そろそろ来たんじゃない?」実況者の凧が同時にやってきた。先頭を進むのはやはりジークだ。

「速い!速いぞジーク!まだ一週目だというのに、中盤レベルのスピードが出る勢いだ。長いレースの経験値が彼のスムーズな風乗りを実現しているのかー⁉」二人の見ていた部分は直線だったため、ぐんぐんと加速していくジーク。

「す、すごい、本当にあんなスピードが出るなんて」チャロは自分でも飛んだことがないような速度を見せられて驚いていた。その後も何度もセレスたちの前を風に乗って通り過ぎるジーク。周りは楽しんでいるが、チャロはなんだか残念そうで

「もっと全部が見たいなあ、そしたらどれだけ早いかとかわかりやすいのに」なんて呟いた。

「これから先、そういう魔法ができるかもしれないね」とセレスが言うと

「そうなったらおもしろそうだなー」と夢を描くチャロ

(魔法で風を操るんだっけ、私でもできるのかな)魔法の扱いにたけたものであれば風を存分にためて使えるのだが、魔法が苦手なものであれば初めから風をためる量を減らして、凧本体のスピードに任せることも可能だ。どんな事情を持っていても楽しめるのも風乗りが人気な理由の一つなのだろう。

(でも私、他の人と比べてもとろいし、あんまりうまくできないかも)全部が見れないことを残念がってはいるものの、レースそのものをチャロは楽しんでいるようだった。自分もチャロが喜ぶようなことをしてあげたい。そんなことを考えていると、突然チャロの雰囲気が変わった。最近よく見せる何かを警戒したような雰囲気だ。先ほどまで真剣に見ていたレースの方ではなく、チャロは背後にある山の方をにらみつけた。

「いる、」昨日と同じことを言うチャロ。意識も先ほどのようにはっきりしたものではなく、本能的に動いているようだ。

「ねえセレス。嫌な感じがする。向こうの山の方から、僕止めに行かなくちゃ」そういうといきなり山の方へと向かうチャロ。放っておくわけにもいかずついていくセレス。

「ちょっと待ってチャロ!レースが終わってからでいいじゃない」セレスの呼びかけにもチャロは反応しない。そのまま二人は街を抜け出し、チャロの示した山を登り始めた。

 レースは終盤、いよいよラストスパートといったところ。ジークも101連勝に向けて最後の力を振り絞る。白熱するレースの中で事件が起きた。

風がやんだのだ。風の街であるクラフスクではこんなこと起こらない。風乗りに関しても使う風はなくとも、凧が浮かぶには最低限の風が必要だ。それがなかったことにより、多くの走者が事故寸前。ジークもギリギリのところで踏みとどまった。風乗りで作られた風すら途切れたことで街中が異変に気付く。

「なんだ?どうしちまったんだ?」

「この街で風がめっきりなくなるなんて」

「レースはどうなるんだ、」人々が不安を募らせる中、ジークの鋭い目が山を登る二つの影をとらえた。

(あれは、セレスとチャロか?なんであんなところに)瞬間ジークは凧を乗り捨て二人の上っている山の方へと向かった。

「ああっとどうしたのでしょうか⁉ジーク選手このトラブルで試合を放棄か?」実況の声もよそにジークは何か嫌な予感を覚えるとともにその足を速めた。

 セレスたちが上っている山の頂上ではネラーボと呼ばれていた男が巨大な魔獣に呪文をかけていた。

「風の街の守護獣、エアログリフィンよ。貴様の力をいただいていくぞ。これもすべて我が主のためなのだ」エアログリフィンの悲痛な鳴き声を届ける風は今はどこにも届かない。

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