第7話 時の流れ
宿屋ではクラフスクで飼育されているフーライヤクの肉を使った料理がふるまわれた。チャロは久しぶりの肉料理をもらって満足そうだった。風呂などを済ませてとっていた部屋に帰った二人。
「ねえねえ明日は何する?」
「そうだね、ジークさんの風乗りレース用の凧を作るのでも見に行く?」
「おお!いいね!マップルの木材、結構でかいけどあそこからどんなものが作るんだろうね」
「私もチャロも、見たこと無かったったものね。本当に楽しみ!でも、ジークさんは明日どこにいるんだろう?」
「ふっふっふ!それなら心配ないよ!僕がばっちり聞いておいたから!」
「すごい!さっすがチャロ!」
「へへん!もっと褒めて、」言いかけたところでチャロの雰囲気が変わった。体調の変化という風ではない。魔物や野生動物関係なく、自然界で暮らす生き物がほとんど持っているような本能がチャロにある予感を与えた。
「?どうしたのチャロ」
「いる、」
「いるって何が?」
「わからない、けどこの近くに僕たちの、この世界を脅かそうとしてるやつがいる」
「きゅっ急にどうしたの?」セレスが心配そうにしているとすぐさまチャロの様子が元通りになった。
「何が?」
「何がじゃないよ。さっき変だったよ?僕たちの世界を脅かそうとしてるやつがーって」
「ううん、ごめんまるで思い出せない。ほんとにそんなこと言っていたの?」
「言ってたって!ゴド村が寂しくなって変になっちゃったとか?」
「寂しいのは確かにあるけど、そんな変になるほどじゃないと思う」
「そうだよね、はぁ、村の事話したら余計に帰りたくなっちゃった。ミナモさん、もうずいぶん一人にさせちゃってるけど大丈夫かな」
「僕たちだけで行くわけにもいかないよ。約束もあるし、今日もいきなりあの不気味な手が襲い掛かってきたんだ。帰る途中でまた奴らに襲われたら危ない。商人さんなら僕たちより世界を旅してるから戦闘みたいなことにも経験があるし、心配なさそうだしね」セレスたちは明日のことも考えてこの日はもう休むことにした。チャロも眠った中、夜遅くになってもセレスだけが眠れずにいた。
(ミナモさん、私とチャロが来るまでは一人だったんだよねどんな生活だったんだろう)今更ではあるが、セレスもチャロもミナモの子供というわけではない。セレスが小さなとき、拾われてきたということ以外は二人も話を聞いていないのだ。村に戻ったらまた改めて聞いてみようか。
「はやく、帰りたいな。ゴド村にミナモさんの家に」無事という話はあるが、実際にこの目で確認しなければ信じられないというものだ。早く帰りたい、早く帰って村の無事を確かめたい。だが今ここで悩んでいても仕方ない。気持ちは焦るが帰る日まで体力を温存するためにも今日は落ち着いて眠りについた。
セレスがようやく眠りについたころ宿屋の一角ではとある人物が独り言をつぶやいていた。
「くそ!せっかくあのお方から力をいただいたというのに、さすがに街中で使うのはうかつだったか?」
「調子はどうだ、ネラーボよ」ネラーボと呼ばれた、独り言を話す男のもとに、不気味な手が出てくる靄が現れた。靄の中から何者かが語り掛けている。
「はっ主様よりいただいたこの力、すこし試してみたのですが、町の者に倒されてしまったようで」
「その力はいまだに万全のものではない、力を発揮するにはより大きな力が必要だ。今回貴様に命じたのはそのための計画。決してしくじるなよ」
「はっ」その言葉を聞き届けたのちに、靄はすうっと暗い街の中に溶けて消えた。
「あなたに見込まれたこの力、必ず役立たせて見せます。我が主よ」
朝は夕食に比べて随分とさっぱりとした献立だった。ここ数日だけで随分とたくさんの料理を食べたものである。ミナモやみんなのことは心配だが、帰った時にはこの小さな旅行で得た経験をみんなにも話そうと思いながら、二人は宿屋を後にした。
「ジークさんがいるって言ってたところ、チャロは知ってるんだよね。案内してくれる?」
「任せてよ!」こうしてセレスはチャロに連れられてジークが風の利用の凧を作っているという小屋までやってきた。市街地から少し離れた小高い丘の上にあるこの小屋なら出来上がった凧をすぐに確かめられるということなのだろうか?参道ほどではないが、それなりに距離がある道のりにここに来るのに乗り気だったことを若干後悔しながらなんとかここまでやってきた。小屋の中からはさっそく何かの作業をしている音が聞こえてきた。セレスたちもそれなりに早く来たはずだが、もう明日のことを考えればそんな余裕はないのだろうか?それならここに来る方が迷惑ではなかろうか、そう思った時には
「おーい!ジーク!来たよー!」とチャロが声を出してしまった。
「こらチャロ!作業中なんだから声かけたりしたら」しかし、セレスの考えとは裏腹に小屋の扉が開き、中からジークが出てきた。
「ごめんなさい!作業してるのに来てしまって、」よくよく考えてみれば後先考えずここまで来たセレスにも責任はある。しかしジークは笑って
「いいんだよ。そのつもりで呼んだんだから!それにほら、もう最後の仕上げだ。せっかくだし見てってくれ!」そう言われて中に入ると
「すごい、これが凧?」そこにあったのはしなやかながら丈夫なマップルの木材を利用した美しい竜を模した凧であった。
「こ、こここここれって、」何やらチャロが怯えているようだ。
「ん?ああこの風を受ける部分は竜の飛膜を使っているんだ。って違う違う!これはしかるべきところから手に入れたもので決してチャロをこうしてやるという意味じゃないぞ?」怖がるチャロを何とかなだめて二人はジークの仕事ぶりを見ていた。ついさっきまでフレンドリーに二人と話していた。ジークも一瞬で仕事モードに切り替わった。見事な手さばきであっという間に形を整えていく。まるでそこだけ削れないようになっているかの如く迷いなく、わずかに残った荒い箇所もジークの手によって滑らかになっていき、セレスはおろかチャロですら話しかける前に出来上がってしまった。
「よっしゃ!ジーク特製風乗り凧第72号、これにて完成だ!」
「「おおー!」」
「ふふん、我ながら渾身の出来だな!68号以来の出来だぜ!」
「羽になった竜も、きっと喜んでるよ、うん」少し後ずさりしながらチャロが言う。
「わ、悪いな」
「ジークさんは、何年前から風乗りレースに出てるんですか?」
「そうだな。わしがガキの頃からだからもうかれこれ200年以上は出てるな。最初は勝てなかったし、優勝できても連覇とはいかなかったりと苦労したんだ」
「百戦錬磨と言われていても、最初から強かったわけではなかったんですね」
「まあな。年中風の吹くクラフスクだが、風の調子は毎年変わる。これをつかむのが難しくってな。特に人間なんかは一生のうちでそれをつかむのだって難しい。わしにはもうかなりの経験がある。もしわしと同じくらいのレース経験があれば、歯が立たなかったかもしれないやつも沢山いた。ほんとに残酷なものさ。寿命ってもんはよ。短くっても長くってもそれで万事OKなんてことはない」そう言うジークの表情は、どこか昔を懐かしむような悲しげな表情をしていた。人とエルフ、いやそれ以外にもたくさんの種族がレンビエナ地方では共に生きている。それはミナモとセレスも同じことだ。同じ時間でも時の流れのとらえ方はどこか違うのかもしれない。
「なんて、らしくないこと言っちまったな。レースは明日の朝の8の刻だ。明日もいるなら見に来てくれよな」そう言われて二人はジークの小屋を後にした。
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